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灰のレン  作者: K3/KASANE
第三編・冒険者

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第34話「荷より、子を」


 守るというのは、奪うより、難しい。


 それを、灰は、この夜に知ることになる。


 奪うのは、易しい。


 守るのは、奪うより、難しい。


 二つ目の依頼は、護衛だった。


 商隊が、ルーウェインから東へ向かう。


 ハルメン王道を、内地の町まで。


 荷は、毛織物と、塩と、鉄の道具だ。


 護衛は、俺たちのほかに、二人。


 どちらも、俺より若く、剣を提げていた。


 報酬は、スライムの十倍。


 十倍でも、銀貨には届かない。


 だが、パンなら、十日分だ。


 十日、飢えずにすむ。


 それだけで、受ける理由になる。


 王道は、思っていたより広かった。


 石は、敷かれていない。


 乾いた土を、無数の轍が刻んでいる。


 荷馬車が、ゆっくり揺れていく。


 すれ違うのは、行商。


 牛を引く、農夫。


 巡礼らしい、痩せた男たち。


 みんな、それぞれの町へ歩いていた。


 灰は、その全部を見ていた。


 値踏みの目で。


 奪うか、奪われるか。


 この子の世界には、まだ、その二つしかない。


 昼の休みに、俺は灰に訊いた。


「俺たちは、何を、している」


 灰は、荷馬車を見た。


 見て、答える。


「……守ってる」


「何を」


「荷を」


 俺は、首を振らなかった。


 振れば、答えを教えることになるからだ。


「荷だけか」


 灰は、考えた。


 考えて、商人を見る。


 商人は、汗を拭きながら、馬を急かしていた。


 灰は、それ以上、答えなかった。


 答えが、出なかったのだ。


 それでいい。


 守るというのが、何を守ることなのか。


 それは、言葉で教わるものじゃない。


 夜営は、王道沿いの、ホレツ村の手前だった。


 火を、焚く。


 商人たちは、馬車の陰で眠り、護衛が交代で見張る。


 俺の番は、夜半だ。


 灰は、眠らなかった。


 眠れないのか、眠らないのか。


 たぶん、両方だ。


 火の向こうの闇を、ずっと見ていた。


 その目が、ふいに細くなる。


 風が、止んだ。


 止んだ風の中に、低い唸りが、混じっていた。


 闇から、青い毛が湧いた。


 青牙狼。


 夜の王道を、群れで狩る獣だ。


 月の光で、毛並みが青く光る。


 その光る牙が、馬の脚を狙っていた。


 六頭。


 いや、もっといる。


「起きろ」


 俺は、商人たちを叩き起こした。


 若い護衛の一人が、剣を抜く。


 抜いて、震えていた。


 もう一人は——いない。


 逃げたのだ。


 最初の一頭が、火を飛び越えて跳んだ。


 俺は、跳んだその一頭の顎を、下からつかむ。


 つかんで、ひねる。


 骨の鳴る音。


 だが、六頭は多い。


 囲まれる。


 またこの、かたちだ。


 灰が、動いた。


 低く、潜り込んで。


 棒の先で、狼の前脚の継ぎ目を打つ。


 崩れた狼の喉を、返した棒で突いた。


 一突き。


 慣れた、狩りの手だ。


 穴の底で、奪う者を、そうしてきたように。


 灰にとって、狼も人も、同じだった。


 倒すべき、奪う側。


 それだけだ。


 ——だが。


 その時、悲鳴が上がった。


 商人の、子供の声だった。


 馬車の陰に、隠れていたらしい。


 その子に、一頭の狼が迫っている。


 それと同時に、別の狼が、積荷の銭箱に爪をかけた。


 守るべきものが、二つ。


 子供と、荷。


 俺の手は、もう塞がっている。


 灰が、どちらを選ぶか。


 俺は、荷だと思った。


 灰は、物として育てられた子だ。


 物の価値を、誰よりも知っている。


 銭箱の価値も。


 ——違った。


 灰は、子供の方へ跳んだ。


 物として育った子が。


 物より、人を、先に選んだ。


 跳んで、狼の首を、棒で薙いだ。


 子供を、背に庇って。


 銭箱は、狼に引きずられていく。


 だが、灰は、それを追わなかった。


 残りの狼は、銭箱の中身が食えないと知ると、闇へ消えた。


 夜が、また静かになる。


 俺は、灰を見た。


 灰は、子供を、まだ背に庇っていた。


 その子は、震えながら、灰の外套を握っている。


 ——かつての、灰のように。


 震えながら、外套を握る子供。


 かつての、灰の、ように。


 ……物として育った子が。


 物より、人を、先に守った。


 なぜか、とは訊かなかった。


 訊いても、灰は答えられない。


 だが、その答えられないものを、灰は、もう持っている。


 守るというのが、何を守ることか。


 俺が教えるより先に、この子の手が、知っていた。


 夜明けに、俺は、倒した狼の毛皮を剥いだ。


 青い毛は、厚く、暖かい。


 冬に、灰に着せられる。


 売っても、いい値になるだろう。


 肉も、少し切り取った。


 狼の肉は、硬いが、食える。


 飢えた夜の、備えだ。


 商人たちは、銭箱を半分、失っていた。


 失ったが、誰も、死ななかった。


 子供の親が、俺たちに、何度も頭を下げる。


 俺は、銅貨を受け取り、頭を下げ返した。


 商隊は、また東へ動き出す。


 灰が、半歩前を歩く。


 昨日まで、奪うか奪われるかしか、なかった子が。


 いまは、荷と人を、守って歩いている。


 守るというのは、奪うより、難しい。


 それでも、この子は、選んだ。


 俺たちは、荷を、町まで。


 運びに、行く。


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