第34話「荷より、子を」
守るというのは、奪うより、難しい。
それを、灰は、この夜に知ることになる。
奪うのは、易しい。
守るのは、奪うより、難しい。
二つ目の依頼は、護衛だった。
商隊が、ルーウェインから東へ向かう。
ハルメン王道を、内地の町まで。
荷は、毛織物と、塩と、鉄の道具だ。
護衛は、俺たちのほかに、二人。
どちらも、俺より若く、剣を提げていた。
報酬は、スライムの十倍。
十倍でも、銀貨には届かない。
だが、パンなら、十日分だ。
十日、飢えずにすむ。
それだけで、受ける理由になる。
王道は、思っていたより広かった。
石は、敷かれていない。
乾いた土を、無数の轍が刻んでいる。
荷馬車が、ゆっくり揺れていく。
すれ違うのは、行商。
牛を引く、農夫。
巡礼らしい、痩せた男たち。
みんな、それぞれの町へ歩いていた。
灰は、その全部を見ていた。
値踏みの目で。
奪うか、奪われるか。
この子の世界には、まだ、その二つしかない。
昼の休みに、俺は灰に訊いた。
「俺たちは、何を、している」
灰は、荷馬車を見た。
見て、答える。
「……守ってる」
「何を」
「荷を」
俺は、首を振らなかった。
振れば、答えを教えることになるからだ。
「荷だけか」
灰は、考えた。
考えて、商人を見る。
商人は、汗を拭きながら、馬を急かしていた。
灰は、それ以上、答えなかった。
答えが、出なかったのだ。
それでいい。
守るというのが、何を守ることなのか。
それは、言葉で教わるものじゃない。
夜営は、王道沿いの、ホレツ村の手前だった。
火を、焚く。
商人たちは、馬車の陰で眠り、護衛が交代で見張る。
俺の番は、夜半だ。
灰は、眠らなかった。
眠れないのか、眠らないのか。
たぶん、両方だ。
火の向こうの闇を、ずっと見ていた。
その目が、ふいに細くなる。
風が、止んだ。
止んだ風の中に、低い唸りが、混じっていた。
闇から、青い毛が湧いた。
青牙狼。
夜の王道を、群れで狩る獣だ。
月の光で、毛並みが青く光る。
その光る牙が、馬の脚を狙っていた。
六頭。
いや、もっといる。
「起きろ」
俺は、商人たちを叩き起こした。
若い護衛の一人が、剣を抜く。
抜いて、震えていた。
もう一人は——いない。
逃げたのだ。
最初の一頭が、火を飛び越えて跳んだ。
俺は、跳んだその一頭の顎を、下からつかむ。
つかんで、ひねる。
骨の鳴る音。
だが、六頭は多い。
囲まれる。
またこの、かたちだ。
灰が、動いた。
低く、潜り込んで。
棒の先で、狼の前脚の継ぎ目を打つ。
崩れた狼の喉を、返した棒で突いた。
一突き。
慣れた、狩りの手だ。
穴の底で、奪う者を、そうしてきたように。
灰にとって、狼も人も、同じだった。
倒すべき、奪う側。
それだけだ。
——だが。
その時、悲鳴が上がった。
商人の、子供の声だった。
馬車の陰に、隠れていたらしい。
その子に、一頭の狼が迫っている。
それと同時に、別の狼が、積荷の銭箱に爪をかけた。
守るべきものが、二つ。
子供と、荷。
俺の手は、もう塞がっている。
灰が、どちらを選ぶか。
俺は、荷だと思った。
灰は、物として育てられた子だ。
物の価値を、誰よりも知っている。
銭箱の価値も。
——違った。
灰は、子供の方へ跳んだ。
物として育った子が。
物より、人を、先に選んだ。
跳んで、狼の首を、棒で薙いだ。
子供を、背に庇って。
銭箱は、狼に引きずられていく。
だが、灰は、それを追わなかった。
残りの狼は、銭箱の中身が食えないと知ると、闇へ消えた。
夜が、また静かになる。
俺は、灰を見た。
灰は、子供を、まだ背に庇っていた。
その子は、震えながら、灰の外套を握っている。
——かつての、灰のように。
震えながら、外套を握る子供。
かつての、灰の、ように。
……物として育った子が。
物より、人を、先に守った。
なぜか、とは訊かなかった。
訊いても、灰は答えられない。
だが、その答えられないものを、灰は、もう持っている。
守るというのが、何を守ることか。
俺が教えるより先に、この子の手が、知っていた。
夜明けに、俺は、倒した狼の毛皮を剥いだ。
青い毛は、厚く、暖かい。
冬に、灰に着せられる。
売っても、いい値になるだろう。
肉も、少し切り取った。
狼の肉は、硬いが、食える。
飢えた夜の、備えだ。
商人たちは、銭箱を半分、失っていた。
失ったが、誰も、死ななかった。
子供の親が、俺たちに、何度も頭を下げる。
俺は、銅貨を受け取り、頭を下げ返した。
商隊は、また東へ動き出す。
灰が、半歩前を歩く。
昨日まで、奪うか奪われるかしか、なかった子が。
いまは、荷と人を、守って歩いている。
守るというのは、奪うより、難しい。
それでも、この子は、選んだ。
俺たちは、荷を、町まで。
運びに、行く。





