第28話「名前のない墓」
塒へ戻った。
火はまだ残っている。
俺は肩の傷を洗った。
冷たい水が沁みる。
深い。
だが、骨までは届いていない。
針を火で炙る。
糸を通す。
鏡はない。
感覚だけで縫う。
一針。
二針。
三針。
痛い。
痛いが、慣れている。
医者は、自分を縫う練習まではしない。
だから毎回、下手だ。
結び終える頃には、額に汗が浮いていた。
横を見る。
子が見ていた。
瞬きもせず。
俺の肩だけを見ている。
「見るな」
言っても、見ていた。
やがて子は、自分の脇腹へ触れた。
俺が縫った場所だ。
それからまた、俺を見る。
……比べているのか。
自分の傷と。
俺の傷を。
◆◇
翌朝。
俺は鍬を持った。
子がついてくる。
林へ向かう。
昨日、死肉食らいと戦った場所だ。
三体いた。
残っていたのは二体だった。
頭を潰された一体。
もう一体は、首から上が半分なくなっていた。
仲間に食われたらしい。
獣より始末が悪い。
俺は黙って穴を掘り始めた。
土は固い。
霜が残っている。
鍬を振るうたび、肩が痛んだ。
それでも掘る。
子は見ている。
何も言わず。
何も分からないまま。
穴ができた。
俺は死体を落とす。
土を戻す。
踏み固める。
墓標は立てない。
名も知らない。
誰だったのかも知らない。
だから祈りもしない。
ただ。
獣に食われるよりは、ましだと思った。
それだけだ。
子は土を見ていた。
不思議そうに。
食べないのか。
そんな顔だった。
胸が痛む。
そうか。
穴では、死体は食料だった。
埋めるものじゃなかった。
この子は、それしか知らない。
◆◇
帰り道。
兎が一羽、罠にかかっていた。
暴れている。
まだ生きている。
俺は短刀を抜いた。
首筋へ当てる。
一息。
それで終わる。
苦しまないように。
それがせめてもの礼儀だ。
子は、それも見ていた。
血が流れる。
俺は黙って手を合わせた。
前世の癖だ。
祈る相手なんて、もういない。
それでも。
命を貰うなら。
何も思わないよりは、いい。
顔を上げる。
子が真似をしていた。
小さな両手を胸の前で重ねている。
意味は分かっていない。
ただ、俺の真似をしている。
それだけだった。
少しだけ。
胸が熱くなった。
◆◇
塒へ戻る。
兎を捌く。
肉を焼く。
二人で食べる。
子は今日も隅へ下がった。
けれど昨日より、少しだけ近かった。
ほんの一歩。
それだけだった。
その一歩を。
俺は何も言わずに見届けた。




