表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰のレン  作者: KASANE
カラス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/41

第23話「残った三つ」


 百年という時間を、私は、削られた身体の数で測れる。


 左の腕。


 右の目。


 右の手の、人差し指。


 背中の、二つの烙印。


 それを、いまの私は、こうして書ける。


 書けるのは、削られた順を、私が覚えているからだ。


 最初に焼かれたのは、背中。


 次に潰したのは、大男。


 その次に抉ったのは、人ではないもの。


 左の腕。


 右の目。


 右の手の、人差し指。


 背中の、二つの烙印。


 削られた順を、私は、覚えている。


  ◆◇


 穴の中に、いちばん大きい男がいた。


 その男を、私は、内側で「大男」と呼んでいた。


 大男は、落ちてくる骨の、いちばん良いところを取る。


 誰も、逆らわない。


 逆らった者は、動かなくなった。


 そうなった者を、私は、何人も見ていた。


  ◆  ◇


 その日の骨は、大きかった。


 その骨には、肉がたっぷり付いている。


 そのたっぷりの肉に、皆が群がった。


 その隙に、私は、骨の端を掴んだ。


 掴めたのは、私の手が、もう届く手になっていたからだ。


 骨を棒にした夜から、私の手は、遠くまで届く。


 その届く手は、その日、いちばん良い骨に、届いてしまった。


 その手の上に、影が落ちた。


 影は、大男だった。


 その手が、私の手を、骨ごと岩に押さえつける。


 押さえつけられた私の指の上に、大男が、足を載せた。


 その足が、ゆっくりと、踵をねじる。


 ねじられた指の関節が、鈍い音を立てた。


 ごり、と。


 音の後で、痛みが来た。


 痛みは、いつも遅れて来る。


 その痛みを、私は、声に出さない。


 出せば、見つかる。


 見つかれば、奪われる。


 その時の私は、もう、それを体で知っていた。


 知っていたから、声の代わりに、歯を食いしばった。


 大男は、骨を取って、岩陰へ戻っていった。


 その背中は、私を見もしない。


 残された私の手の中で、右の手の人差し指が、潰れていた。


 潰れたその指は、もう、まっすぐには戻らない。


 届く手は、見られる。


 見られた手は、潰される。


  ◆  ◇


 潰れた指の先から、赤いものが滲んでいた。


 その赤を、私は知っていた。


 ——このままにすると、腐る。


 腐った者は、動かなくなる。


 私は、動かなくなりたくなかった。


 穴の隅に、火のある場所があった。


 誰かが落とした火種を、古参が絶やさずにいる場所だ。


 その火まで、私は這った。


 そして、その先で、潰れた指を、火に近づけた。


 指の先が、焼ける匂いを立てる。


 その匂いを、私は知っていた。


 四年前、夢の中で、私の背中が、同じ匂いを立てたからだ。


 その匂いの中で、私は、指を火から離した。


 離した指は、もう滲まない。


 滲まないかわりに、指が、一本、足りなくなっていた。


 抱えた私の指は、三本になっていた。


 それでも、親指だけは、残っている。


 親指は、骨を支える時に要る。


 要るものを、私の体は、残したのだ。


 残したのは、私の意志ではない。


 体が、勝手に、要るものを残した。


 残った親指と、三本の指で、私は、骨を握り直した。


 その骨は、岩より冷たい。


 冷たいその骨を、握る。


 握れた。


 まだ、握れた。


 潰された手でも、骨の先は、まだ届く。


 届くということを、私は確かめた。


 確かめないと、眠れなかったからだ。


  ◆  ◇


 穴の底に、いるのは、私たちだけではなかった。


 動かなくなった者が増えると、暗い奥から、別のものが来た。


 来る前に、まず匂いが来る。


 甘くて、腐ったような匂いだ。


 その匂いがすると、古参たちは、岩陰でじっと動かなくなる。


 動かないのは、息を殺すためだ。


 私も、息を殺した。


 そして、その先で、それは来た。


 三体、いた。


 人の形を、している。


 しているが、人ではない。


 肌は、土気色。


 目は、白く濁っている。


 その下で、黒い舌が、垂れていた。


 それたちは、動かない者の方へ進む。


 その者を、引きずって、口をつけた。


 その音を、私は聞いた。


 聞きながら、私は、動かない者の間に嵌った。


 嵌って、自分も動かない者の、ふりをする。


 四年前、隠れていろ、と、私の中の何かが言った。


 その声を、私はいまも信じている。


 信じて、私は、息を薄くした。


 薄くしたその息の上を、土気色の手が、撫でた。


 その手が、私の顔で、止まる。


 止まったその指の先が、私の右の目に、入った。


 その先で、何かが、抉れた。


 抉れた目から、熱いものが流れる。


 流れても、私は動かない。


 動けば、私は、死肉ではなく、獲物になる。


 獲物になれば、目だけでは、済まない。


 だから、私は、動かなかった。


 動けば、獲物になる。


 獲物になれば、目だけでは、済まない。


 動かないまま、私は、残った片目で、それを見ていた。


 それは、私の隣の、動かない者を選んだ。


 選んで、引きずって、暗い奥へ戻っていく。


 戻ったその匂いが、薄くなるまで、私は動かなかった。


 薄くなってから、私は、右の目を左の手で覆った。


 その目は、もう、何も映さない。


 その代わりに、私は、左の耳で、奥の暗がりを聞いた。


 ——あれは、また来る。


 ——次は、目だけでは、済まない。


 その音を、私は覚えた。


  ◆  ◇


 削られても、残ったものがある。


 残ったのは、三つだけだった、と、いま書ける。


 腹が、減ったこと。


 眠りたかったこと。


 死にたく、なかったこと。


 その三つだけは、削られなかった。


 腹が、減った。


 眠りたい。


 死にたく、ない。


 削られなかったのは、その三つだけだ。


 その削られなかった三つを、私は、両手で抱えた。


 両手のうち、片方は、指が一本足りない。


 だが、足りない手でも、骨は握れた。


 握れたのは、親指が残っていたからだ。


 残ったその親指で、私は、骨を握る。


 その先を、暗い奥に向けた。


 向けたその先に、また、来るものがいる。


 来るそのものに、私はもう、目を半分しか向けられない。


 それでも、半分の目で、私は見る。


 見て、残ったものを、握りに、行く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ