第15話「上官たち」
軍の上には、いろいろな人間が、いた。
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私は、まず自分の十人の顔と名を覚え直した。
軍に入って、しばらく経っていた。だが、人を預かったらまず顔と名を覚える。それは、商館でも、ここでも、変わらない。数として扱う前に、名のある人間として頭に入れる。名を呼ばれた者は、自分がただの頭数ではないと、わずかに感じる。それだけで、人は少しちがう動きをする。
どこの村の、何をしていた者か。家族は。歳は。古い怪我は。利き腕は。
覚えるのは、それだけでは、なかった。眠りの浅い者は、誰か。腹を、壊しやすいのは、誰か。怖がりは、誰で無茶をするのは誰か。
覚えれば、配れる。
怖がりには、無茶をする者を、組ませない。眠りの浅い者には、夜の見張りを、回しすぎない。腹の弱い者には、傷んだ飯を先に避けてやる。一人ひとりの形に合わせて、置き場所を、決める。そうすれば、隊の欠けがいちばん少なくなる。人を配り、食わせ、守る。十五年、商館でやってきたことと、同じだった。
ヨナスは、もう手が震えなくなっていた。
まだ、若い。だが、目に少し芯が入ってきた。私は、それを見て口には出さなかったが悪くないと思った。少年は、よく見ている。言葉より、手を見て、覚えていく。私が、カラスから、そうしたように。
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上官には、ほんとうにいろいろな人間がいた。
オストヴァルト大佐は、年のいった肉づきのよい男だった。
いつも、面子のことを、気にしていた。自分の隊が、上に、どう見えるか。それだけを、気にしていた。手柄は、自分のもの。しくじりは、下の者のもの。そういう、分かりやすい男だった。私を見る目は、ずっと、侮りの色だった。隻腕の、新参の、年のいった女。戦力外。そう、値踏みして、安心している目だった。あの男にとって、私は人ですらなく面倒な数のひとつだった。
一度、オストヴァルトは私を皆の前で笑いものにした。
隊の検分の時だった。私の隊の備えを、ひとわたり見て大佐は鼻を鳴らした。
「ほう。隻腕の女にしては、よく、整っているな。誰か、手を貸してやっているのか」
兵たちの、何人かが追従して笑った。
私は、能面のまま頭を下げた。言い返さなかった。言い返せば、生意気だと、取られる。新参の最初の仕事は、黙ることだ。それも、商いで、覚えた。買う側は、まず黙って相手を見る。喋るのは、相手の手の内を、読んでからでいい。
大佐は、私の備えの良さを褒めたのではなかった。隻腕の女が、人並みにできることをわざわざ皆の前で珍しがってみせた。それで、自分の方が上だと、確かめた。そういう、小さな男だった。私は、その小ささを、覚えておいた。小さな男は、いざという時いちばん先に保身に走る。
イルムガルト少佐は、中年の痩せた女だった。
情に、流されない人だった。何を見るにも、まず数で見た。この作戦で、何人、死ぬか。何人、残るか。割に、合うか。冷たい人だ、と、兵たちは言った。
だが、私には、分かった。あの人は、冷たいのでは、ない。数で見るしか、生き延びる道のない場所に長くいすぎただけだ。女の身で、男ばかりの軍で感情を見せれば付け込まれる。だから、数の鎧を、着ている。
そのイルムガルトだけが、私の数えを、聞いた。
私が、無駄を数えて示すと、あの人は面倒くさがらずに耳を傾けた。少しの間、私の出した数を目でなぞって。
「数は、正直だものね」
イルムガルトは、言った。それだけだった。だが、軍の中で私の数えを評価した者はあの人が初めてだった。たったひとことだったが、私はそれを覚えておいた。
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もう一人、忘れられない上官が、いた。
エーミール・フォン・ドラッヘンベルク。まだ、二十代の、前半だった。
その若さで、異例の、指揮官だった。古い貴族の家の出で、戦術の天才だ、と言われていた。私は、はじめは甘やかされた若い貴族か、と思った。家柄で、地位を買ったひよっこだろうと。だが、ちがった。
あの若者は、私を見る目がほかの誰とも、ちがった。
オストヴァルトのように、侮らなかった。古参のように、嗤わなかった。エーミールは、私をまっすぐに値踏みした。隻腕。三本指。年のいった女。だが、その目は私の欠けた体ではなく私の動きを見ていた。歩き方。物の見方。隊のまとめ方。
ある日、エーミールはすれちがいざまにふいに言った。
「お前は、退き道を、よく見ているな」
私は、内心、驚いた。
退き道を探す私を、古参は腰抜けと、嗤った。だが、この若い天才はそれを見抜いていた。私が、いつも、地形の退き際を測っていることを。
「数えの目も、持っているそうだな」と、エーミールは、続けた。
「使い道のある、目だ。古い連中には、分かるまいがな」
それだけ言って、エーミールは、行ってしまった。私の返事も、待たずに。
天才が、天才を見抜くということなのか、と私は思った。
あの若者は、自分が群を抜いているから人の中の群を抜いた何かが見える。普通の者には、見えないものが。だが、その目がいつか、私を救うかどうかは別の話だった。あの若者もまた、若いだけ出世を欲しがっていた。才ある者は、才あるがゆえに構造の中へ深く組み込まれていく。
値踏みされたことが、いつか、吉と出るか、凶と出るか。
その時の私には、まだ、分からなかった。
老いた凡庸。中年の現実主義。若い天才。
上官たちは、てんでに、ちがった。だが、ひとつだけ同じところがあった。誰も、命令には、逆らわなかった。イルムガルトの現実主義も、エーミールの才も、最後は命令の前で止まる。数で見ようと、才で見ようと、上から降りてきた骨だけの言葉には結局従う。
軍とは、そういうところだった。
どんな人間も、命令という同じ型にはめられる。型に合う者は、出世する。型からはみ出す者は、削られる。私は、たぶん、はみ出す側だった。数えの目も、退き道を見る癖も、その型には合わない。
それでも、私ははみ出すのをやめる気はなかった。
はみ出した分だけ、私はヨナスたちを崖から遠ざけられる。型に、きれいにはまった隊長よりたぶんその方がましだった。





