第12話「こそこそ」
古参の嫌がらせは、やむどころか、いよいよ巧みになっていった。
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はじめの頃の嫌がらせは、まだ、分かりやすかった。
配給を、回さない。偽の集合時刻を、伝える。刃こぼれの剣を、渡す。あの頃のやり口は、こちらにも、見えた。見えれば、手の打ちようも、あった。配る道を、自分で作った。刻限は、二重に確かめた。剣は、夜のうちに、自分で研いだ。
だが、古参たちは私がそれを淡々と片づけるのを見てやり方を変えてきた。
もっと、見えにくいやり方に。証の残らないやり方に。
たとえば、命令の、伝わり方だった。
私の隊にだけ、命令がいつも、一拍遅れて届いた。
早く知っていれば、ゆっくり備えられたことも、私の隊だけ知らされるのが遅い。そのせいで、私の隊はいつも、後手に回った。皆が動き出してから、私たちが、慌てて動く。動きが鈍い、たるんでいると、上の目に映る。新参の女が率いる隊は、これだから、と。
誰かが、わざと、遅らせている。
だが、証は、なかった。命令の伝達は、何人もの手を、通る。どこで遅れたか、たどっても、必ずどこかで「行き違いでした」で終わる。誰の仕業とも、言えない。手を汚した者は、どこにもいない。皆、知らぬ顔だった。
命令の遅れだけでは、なかった。
私の隊の天幕は、いつも、いちばん条件の悪い場所に回された。雨が降れば、水の溜まる窪地。風が強ければ、風の通り道。割り当てを決めるのも、命令だった。だから、文句は、言えない。たまたま、悪い場所が続いているだけだと言われればそれまでだった。
補充の品も、私の隊だけいつも、最後に回った。すり減った靴。ほつれた天幕。届く頃には、ましなものはもうよその隊が取った後だった。
どれも、ひとつずつならただの不運に見える。
だが、重なれば意図が透けた。誰かが、私の隊を少しずつ削ろうとしている。崩れろ、消えろ、と。正面からでは、なく。あくまで、不運の顔をして。
軍の指揮系統そのものが、嫌がらせの、隠れ蓑になっていた。
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これが、いちばんたちが悪いと私は思った。
軍では、命令は、上から降りてくる。理由は、説明されない。なぜ、この命令なのか、と問うことは許されない。ただ、従う。それが、軍の、決まりだった。
だから、命令に細工をされても、こちらは問えない。
遅れて届いた命令も、命令だ。間違った場所を指した命令も、命令だ。それが、わざとなのか、ただの行き違いなのか、こちらには分からない。問えば、命令に逆らう新参だ、と言われる。問うこと自体が、罪になる。
古参たちは、それを、よく知っていた。
軍の不合理を、そのまま、武器にしていた。命令の壁の陰に隠れて、こそこそと、私の足を引く。表には、決して、出てこない。出てこないから、殴り返せない。殴り返す相手が、そこにいないからだ。
正面から殴ってくる相手なら、まだ、よかった。殴り返せる。理由も、はっきりする。だが、こそこそやる相手はつかまえどころがない。
私は、能面で、受けた。
怒っていた。だが、顔には、出さなかった。怒りを通り越すと、私はかえって静かになる。手が、震えない。頭の芯だけが、冷たく、冴える。その冷たさで、私はひとつずつ対処していった。
命令が、遅れて届くなら私は別の筋から先に動きを読んだ。古参の口だけを、当てにしない。隣の隊の様子。伝令の走る向き。馬の支度。いくつもの筋から、裏を取る。商いと、同じだった。ひとつの相手の言葉だけでは、決して、動かない。
遅れた命令で、後手に回らされても、私は隊をいつも前もって整えておいた。いつ、どんな命令が来ても、すぐ動けるように。水も、食料も、武器も、いつも、整えておく。備えておけば、遅れた命令も、不意打ちにはならない。
嫌がらせは、続いた。だが、私の隊は、崩れなかった。
◆
ブリギッテが、遠くからそれを見ていた。
あの誇り高い女騎士は、何も、言わなかった。庇いも、しなかった。ただ、私が能面で嫌がらせをさばいていくのを少し離れたところから黙って見ていた。その目が、何を思っているのかは、分からなかった。
私も、何も、言わなかった。
助けは、求めなかった。求めれば、新参の女は自分では立てないと、古参に言わせるだけだ。それは、私のためにも、たぶんブリギッテのためにも、ならなかった。
ヨナスだけが、たまりかねたように小声で言った。
「隊長。なぜ、上に訴えないんですか。これは、あんまりです」
「訴えて、何が、変わる」と、私は答えた。
「証のない嫌がらせだ。訴えれば、こちらが、騒ぐ新参にされる。向こうの、思う壺だ」
ヨナスは、唇を、噛んだ。
「ただな」と、私は続けた。研ぐ手も、洗う手も、止めずに。
「覚えておけ。こういうやり方をする者は、決して、自分の手を汚さない。だから、追い詰められても、逃げ道だけは、いつも、残してある。いざという時、いちばん先に逃げるのは、こういう手合いだ。前で踏みとどまるのは、手を汚して戦う者の方だ」
ヨナスは、それを黙って聞いていた。
古参のこそこそは、その後も、やまなかった。それでも私は、能面のまま、受け続けた。いつか、答える日のために。手合わせか、初太刀か。強さで、黙らせる場がいつか、来る。だが、それは、今ではない。今は、ただ、受ける時だった。受けて、覚えて、待つ時だった。





