第11話「数えの目」
軍の無駄は、見れば見るほどあとからあとから出てきた。
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私には、数える目がある。
六十年で、それだけは、確かに磨かれた。ものを見れば、まず数える。いくつ、どこに、どれだけ。多いか、足りないか。誰かが、くすねていないか。流れの変わり目を見れば、どこで誰が手を入れたかが影のように浮かんでくる。
商館では、その目を、若い者に仕込んだ。
ナダに教え、そのナダが、ヒナに教えた。数えろ、と私は言った。迷ったら、数えろ。数が、いつも、いちばん正直だ。人は嘘をつく。顔も嘘をつく。だが、数だけは、嘘をつかない。あの娘たちは、よく覚えた。いまも、灰の村で私の代わりに帳簿を数えているはずだった。
その目で、私は軍の兵站を見た。
すると、無駄がいくらでも、見えてきた。
糧秣が、配り方の下手で余っては腐っていた。
ある隊には、矢が山のように積まれ別の隊にはろくに矢がなかった。同じ物が、片方で余り、片方で足りない。運ぶ順を、ほんの少し変えるだけで、直る。だが、誰も、その順を数えていなかった。
炊事の薪も、無駄が多かった。一度にまとめて運べば、一回で済むものを何度にも分けて運びそのたびに人手を取られていた。
配給の列の動きを見れば、一人あたりの椀の中身が日によって減っているのも分かった。どこかで、誰かが、抜いている。集めた量と、配られた量。その差の分だけが、影のように毎日どこかへ消えていた。
私は、その消える分を何日か、追ってみた。
配給の樽が、倉から運び出される時刻。配り場に着く時刻。その間に、樽はいちど別の天幕の裏を通っていた。ほんの、短い時間だ。だが、その短い間に中身がわずかに減る。毎日、少しずつ。一日では、誰も気づかない量だ。だが、ひと月積もれば隊ひとつぶんの飯になる。
抜いているのは、たぶん配り役の古参の下士官だった。
証は、なかった。樽の重さを、いちいち量る者など、いない。だから、誰も、気づかない。気づいても、言わない。みな、どこかで少しずつ抜いているからだ。抜くのが、当たり前に、なっている。それが、軍の、もうひとつの流れだった。表の流れの裏で、銭と物がこっそり別の方へ流れていく。
商館なら、こんな抜きは、すぐに潰した。ナダとヒナが、樽ひとつの重さまで、数えていたからだ。だが、ここでは誰も、数えない。数える者は、煙たがられる。
なぜ、煙たがられるのか。
はじめは、分からなかった。だが、見ているうちに、分かってきた。無駄や、抜きを表沙汰にされると、困る者がいるからだ。抜いている古参。それを見て見ぬふりをする上役。みなが、少しずつぬるま湯に浸かっている。その湯加減を、数で暴かれては、たまらない。だから、数える者は、嫌われる。正直すぎる目は、軍では、厄介者だった。
数えれば、見えた。世界は、数えた者にだけ、その形を見せる。
◆
私は、それを、上に伝えることにした。
兵站を束ねる士官のところへ行き、無駄の出ているところをひとつずつ数で示した。ここを直せば、これだけ減ります。配る順をこう変えれば、足りない隊にも、行き渡ります。抜かれている分は、たぶん、ここです。私は、できるだけ淡々と、数だけを並べた。
士官は、私の話を半分も、聞かなかった。
書類から目も上げずに、面倒くさそうに、手を振った。
「お前は、新参の、下級士官だ」
士官は言った。
「兵站は、お前の受け持ちではない。余計な口を、出すな」
それで、話は、終わりだった。
数が、どれだけ正直でも、聞く耳がなければ届かない。私は、それを、思い知った。
商いなら、こうはならない。無駄を減らせば、その分だけ、まるごと儲かる。だから、誰もが、無駄を嫌った。無駄を見つけた者は、重宝された。数えの目を持つ者は、どこへ行っても、求められた。
だが、軍では、ちがった。
無駄を減らしても、誰も、得をしない。減らした者が、褒められるわけでもない。むしろ、出すぎた真似をするなと、疎まれる。受け持ちの外に口を出すのは、序列を、乱すことだった。
軍を回しているのは、効率ではなかった。序列だった。
誰が上で、誰が下か。その並びを守ることが、無駄を減らすことよりもずっと大事にされていた。
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私は、能面で、引き下がった。
怒りはしなかった。ただ、覚えておいた。誰が、どこで、抜いているか。どの無駄が、誰の都合で、わざと残されているか。数えた目は、忘れない。いつか使う日が、来るかもしれない。来ないかもしれない。それでも、数えておく。覚えておくことには、銭がかからない。
その夜、私は自分の隊のぶんだけ流れを組み替えた。
軍の全体は、動かせない。だが、十人ぶんの飯と、十人ぶんの矢なら私の裁量の内でまっとうに行き渡らせることができた。命令では動かない。だが、命令の隙間でなら人はまだ動く。荷を扱う者、銭を扱う者。そういう者は、どこの軍にも、必ずいる。彼らとは、命令ではなく貸し借りで話ができた。
昔から、得意だった。世界は、隙間だらけだ。
ヨナスたちには、その夜も、まともな飯が行き渡った。
数えの目は、世界の全部は、直せない。だが、手の届く十人ぶんは、直せる。
いまの私にできるのは、それだけだった。それだけでも、やる値打ちは、あった。腹の満ちた兵は、明日のことを、考えられる。明日を考えられる者だけが、明日まで、生きようとする。それは、カラスがずっと前に私に言ったことだった。





