第6話「下級士官」
翌朝、私は呼び出された。
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天幕の中は、薄暗かった。
外の喧騒が、布越しに、くぐもって聞こえる。中央に、木の机がひとつ。そこに、徴募を束ねる士官が座っていた。
昨日の書役とは、別の男だ。位の高い、目つきの鋭い士官だった。机の上に、名簿が広げてある。その一点を、指で押さえていた。私の名のところを、だ。
「お前が、レンか」
「そうだ」
「商館を、やっていたそうだな」
私は答えなかった。誰が話したのか。ガロの網と同じことを、向こうもやっている。素性不問で採るが、調べないわけではないらしい。徴られた者の中に、使える者がいないか、選り分けている。
「灰の村の商館の主。散った七つの頭。北街道の交易を、一手に束ねた女」
士官は名簿から目を上げた。私の顔を、まっすぐ見た。値踏みの目ではなかった。もっと、実利的な目だった。使えるか、使えないか。それだけを、量る目。
「人を動かせる女だ。そう聞いた」
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私は内心で、舌打ちした。
目立ちたくなかった。無名のまま、頭数のひとつとして紛れていたかった。だが、十五年の商いが、私の名を勝手に育てていた。
名は、生える。立てなくても、生える。
それを、私は少し甘く見ていた。北街道で交易を束ねれば、その名は関所を通り、役所を通り、こういう天幕の中まで届いてしまう。隠れるには、私は少しばかり、目立ちすぎた。
士官は続けた。
軍は、頭数を集めた。だが、それを動かす者が足りない。徴られた者は、烏合の衆だ。隊にまとめ、食わせ、命令を伝え、走らせる。それのできる下士官が、絶望的に足りない。砦の崩壊で、古参の下士官も大勢、死んだという。
その穴も、埋めねばならない。頭数だけでなく、頭数を動かす者の穴も。
「お前を、下級士官にする」
士官は言った。
「人を束ねた手腕を、ここで使え。徴られた連中を、十、預ける」
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断る道は、なかった。前半で、私はそれを知っていた。命令には、得も損もない。上から、降りてくる。
だが、これは悪くない、とも思った。
一兵卒として、ただ走らされ、ただ死ぬよりは。十人を預かる方が、まだできることがある。誰を、どこに置けば、いちばん欠けが少ないか。それを数えられる。十五年、ずっとやってきたことだ。
守れるかは、分からない。だが、守る側に立てる。
駒として使われるだけより、駒を、わずかでも動かせる側に。
「分かった」と、私は言った。
士官はわずかに、眉を上げた。隻腕の女が、物怖じも喜びもせず、ただ淡々と引き受けたことに少し驚いたらしい。それから、付け加えた。
「言っておくが、お前をよく思わない者は多い。新参で、女で、その体だ。古い連中は、特にな。覚悟は、しておけ」
覚悟なら、六十年ぶん、ある。
私はそう思ったが、口には出さなかった。出せば、生意気だと取られる。新参の最初の仕事は、黙ることだ。それも、商いで覚えた。買う側は、まず、黙って相手を見る。喋るのは、相手の手の内を、読んでからでいい。
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預けられた十人は、その日の昼に引き合わされた。
みな、徴られたばかりの、村や町の者だ。鍬を、剣に持ち替えたばかりの手。不安そうな目。私を見て、また、あの顔をした者もいた。隻腕の婆さんが隊長か、という顔だ。落胆を、隠そうともしない者もいた。
私は、その顔を、責めなかった。
代わりに、一人ずつ、名を聞いた。
顔と名を、覚えた。どこの村の、何をしていた者か。家族は。歳は。古い怪我は。利き腕は。十五年、商館でやってきたことと、同じだ。人を預かったら、まず顔と名を覚える。数として扱う前に、名のある人間として、頭に入れる。名を呼ばれた者は、自分がただの頭数ではないと、わずかに感じる。それだけで、人は少し、ちがう動きをする。
いちばん若いのは、ヨナスという、痩せた少年だった。十六になったばかりだという。麦農家の、三男坊。家に、口減らしのために、自分から志願したような顔をしていた。剣を握る手が、まだ震えていた。
私はその震えを、見なかったふりをした。
代わりに、こう言った。
「腹が、減っているな」
ヨナスは驚いた顔をした。図星だったらしい。
徴募の飯は、足りない。集めるだけ集めて、食わせる手配が追いついていない。それも昨日のうちに、私は数えていた。配給の列の動き。一人あたりの椀の中身。足りない分が、どこへ消えているか。数えれば、見える。世界は、数えた者にだけ、その形を見せる。
「食わせてやる」と、私は言った。
「まず、それからだ。腹の減った兵は、戦えない。戦う前に、死ぬ」
十人の目の、いくつかが、少しだけ変わった。
婆さんが何か言っている、という目から。この人は本気で、おれたちを食わせる気だ、という目へ。
それでいい。信用は、飯から始まる。盗賊の頭領だった頃も、商館の主だった頃も、それは変わらなかった。ここでも、たぶん変わらない。
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その夜、私は配給の流れを組み替えた。
誰に頼み、どこを通せば、十人ぶんの飯がまっとうに行き渡るか。袖の下の代わりに、十五年で覚えた人の動かし方を使った。命令では動かない。だが、命令の隙間でなら、人はまだ動く。隙間を見つけるのは、得意だった。世界は、隙間だらけだ。
ヨナスたちは、その夜、久しぶりに腹いっぱい食べたらしい。
私は自分の椀を、少し残した。配るときは、最後に回る。年を取ると、たくさんは要らない。それも、ずっと前からの癖だった。
カラスが、いつか言っていた。腹を満たしてやれ、灰。人は、腹が満ちて初めて、明日のことを考えられる。明日を考えられる者だけが、明日まで、生きようとする。
その夜のヨナスの顔は、たしかに、少しだけ明日を見ていた。





