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通常技能考査と、特別技能考査。

今回は少し話が長くなりました。

あと、物語の書き方を変えて自分なりに読みやすくしました。この話より前の話はめんどいので、編集しません。違和感あったらすみません。ご了承ください。


 朝の王都を歩くたび、背中の大剣がわずかに揺れた。


 黒を基調とした刀身には深い赤が走り、朝の光を受けるたびに、まるで消えかけた熾火のような鈍い輝きを返している。


 昨日、師匠から贈られたばかりの大剣。


 私のために作られた、私だけの剣。


 そう言えば少し格好いいけれど、現実には家を出てからずっと肩が痛かった。


「師匠」


「なんだ?」


「重いです」


「知ってる」


「肩が痛くなってきました」


「まだ家を出てから大して経ってないぞ」


「だから言ってるんです」


「身体強化を使えばいいだろ」


「学院に着く前に疲れたくないんです」


「面倒な奴だな」


「誰がこんなに重いものを持たせたんですか」


「私だな」


「自覚があるなら少し持ってください」


「嫌だ」


 即答だった。


「私の剣じゃないからな」


「昨日までは師匠が持ってたんですよね?」


「昨日までと今日は違う。今はお前の剣だ」


「そういうところだけ責任を押しつけないでください」


 隣を歩く師匠は、悪びれた様子もなく笑った。


 黒に近い深紅の髪が朝の風を受けて緩やかに揺れている。相変わらず外套は片方の肩から少し落ち、白いシャツの襟元もきっちりとは閉じられていない。


 何も知らない人が見れば、これから王立魔法学院へ向かう世界最強の魔法使いには見えないかもしれない。


 ただ、師匠が通りを歩けば、すれ違う人々は自然と道を空けた。顔を知っている人もいるのだろうし、知らなくても、この人だけは普通ではないと何となく分かるのかもしれない。


「リリア」


「はい?」


「また大剣を気にしてるぞ」


「気にしてません。前を見てます」


「背中にあるのに?」


「気持ちの話です」


「器用だな」


「師匠が言ったんですよ」


「そうだったか?」


「数秒前です」


「過去は振り返らない主義だ」


「昨日からそればっかりですね」


 私がため息をつくと、師匠は楽しそうに口元を緩めた。


 昨日の朝、この大剣を贈られた。


 持ち上げようとして後ろに倒れ、師匠に笑われながら、強すぎたり弱すぎたりする身体強化を何度も繰り返した。そして最後に一度だけ、必要な力を見つけて安定して構えることができた。


 まだ振れない。


 歩きながら背負っているだけでも、身体強化なしでは少しずつ肩と腰が痛くなってくる。


 それでも昨日よりは、この大剣の重さを身近に感じられるようになった気がする。


 まだ自分の一部とはとても言えないけれど、少なくとも昨日の朝まで存在さえ知らなかった頃よりは、少しだけ近い。


「見えてきたぞ」


 師匠の声に顔を上げると、王都の建物の向こうに白い城壁といくつもの尖塔が見えた。


 王立アルセリア魔法学院。


 少し前まで、私はあそこで暮らしていた。


 毎朝、寮の小さな部屋で目を覚まし、一人で食堂へ向かって教室へ行く。座学ではどうにかついていき、実技では何度も失敗した。


 ずっと同じ場所にある学院なのに、今日は妙に遠く感じる。


「緊張してるか?」


「……少しだけ」


「顔に出てるぞ」


「少しだけです」


「かなり」


「少しです」


「はいはい」


 師匠は笑いながら正門をくぐった。


 私も少し遅れて、その背中を追う。


 学院の敷地へ入った瞬間、近くにいた生徒たちの視線が集まった。まず師匠へ向かい、次に私へ、そして最後に背中の大剣で止まる。


「…………」


 分かっていた。


 絶対に見られると思っていたし、むしろ見られない方がおかしい。


 制服姿の生徒が、自分の身長と大して変わらない巨大な大剣を背負って歩いているのだから。


「師匠」


「なんだ?」


「見られてます」


「だろうな」


「師匠のせいですかね」


「大剣じゃないか?」


「これをくれたのは誰ですか」


「私だな」


「じゃあ師匠のせいです」


「見事な論理だ」


「感心しないでください」


 師匠が隣にいる間は、まだ平気だった。


 八魔姫――オクトマギアの一人である師匠の方が目立つ。そう思えば、私へ向けられる視線も少しだけ気にならなくなる。


 試験場へ続く石造りの回廊へ入ると、壁の傷も、窓から見える中庭も、通路の角に置かれた何のためにあるのか分からない古い石像も、以前と何も変わっていなかった。


 変わったのは、私の方だった。


「じゃあ、私は上で見てるからな」


 試験場の手前で、師匠が立ち止まった。


「上?」


「観覧席だ。前にもあっただろ」


 言われて、あの日のことを思い出す。


 初級火炎術式に失敗し、わずかな火の粉を二十センチだけ飛ばした日。


 二階の観覧席から、師匠は私を見ていた。


「一緒じゃないんですか?」


「考査を受けるのはお前だぞ」


「それはそうですけど」


「なんだ。寂しいのか?」


「違います」


「即答だな」


「ただ……」


 私は少し迷ってから、背中の大剣を見た。


「これを持ったまま、一人になるのかと思って」


「大丈夫だ」


「何がですか?」


「似合ってるぞ」


「そういう心配じゃありません」


「じゃあ頑張れよ、弟子」


「あ、師匠」


 師匠は私の頭へ軽く手を置くと、一度だけ撫でた。それ以上は何も言わず、観覧席へ続く階段へ向かって歩き出す。


 いつもなら何か余計なことを言うはずなのに。


 その背中が角を曲がり、見えなくなった。


 途端に、周囲の音が大きくなった気がした。


 考査を待つ生徒たちの話し声や、試験官が器具を動かす音。遠くでは、杖が床に触れる硬い音も聞こえている。


 さっきまで師匠が隣にいたせいで気にならなかった視線が、一斉に背中へ刺さってくる。


 見られている。


 ものすごく見られている。


 私は無意識に背中を丸めた。


 こんな大剣を背負っていれば当然だ。けれど私は、これをまだ振れない。


 昨日、ようやく一度だけ安定して構えられただけだ。


 もし誰かに使ってみてと言われたら、どうすればいいのだろう。持ち上げて、少し震えて、そのまま地面へ戻すしかない。


「……帰りたい」


 ほんの少しだけ、本気でそう思った。


「――リリア?」


 聞き慣れた声に、私は顔を上げた。


 少し離れた場所に、見覚えのある少女が立っている。


「エマ」


 名前を呼んだ瞬間、肩から余計な力が抜けた。


 エマは私の顔を見たあと、ゆっくりと視線を上へ動かしていく。私の肩を越え、さらに上へ。


 背中の大剣で止まった。


「…………」


「…………」


「リリア」


「なに?」


「それ、なに?」


「剣」


「それは見たら分かるよ」


「大剣」


「大きく言い直しただけじゃん」


 私は黙った。


 エマも黙った。


 それから、大剣をまじまじと眺める。


「……本当に大きいね」


「うん」


「重くない?」


「重い」


「振れるの?」


「振ったことない」


「え?」


「昨日もらったから」


「誰に?」


「師匠」


 エマの顔から驚きが消え、代わりに妙な納得が浮かんだ。


「……ああ」


「何、その顔」


「レヴィア様ならやりそうだなって」


「エマまでそんなこと言うんだ」


「だって、普通は弟子にそんな大きい剣を渡さないでしょ」


「師匠は普通じゃないから」


「リリアも言ってるじゃん」


「それはそうだけど」


 エマが八重歯を覗かせて笑った。


 その表情を見て、私も少しだけ笑う。


「でも、なんか変な感じ」


「何が?」


「ここにリリアがいるの」


「前は毎日いたけど」


「だからだよ」


 エマは試験場を見回した。


「リリアがいなくなってから、思ってたより静かだったし」


「私、そんなに喋ってた?」


「私が喋ってた」


「じゃあ変わらないんじゃ……」


「相手がいないと独り言になるでしょ」


「それは困るね」


「でしょ?」


 二人で少し笑った。


 学院へ戻ることが、怖くなかったわけではない。


 以前の私を知る人たちがいる。何度も失敗する姿を見られてきた場所であり、自分には才能がないと思い続けた場所でもある。


 でも、エマがいつも通り話しかけてくれたことで、ここが知らない場所ではなかったことを思い出せた。


 やがて、考査開始を知らせる鐘が鳴った。


 エマが試験場を見る。


「始まるね」


「うん」


「緊張してる?」


「少し」


「顔に出てるよ」


「師匠にも言われた」


「じゃあ結構出てるんじゃない?」


「少しだよ」


「はいはい」


 さっき師匠にも同じ返事をされた。


 私は少しだけ眉を寄せ、その横でエマが楽しそうに笑った。


          ◇


 定期技能考査は、学院に籍を置く生徒が学期ごとに受けることを義務づけられている。


 学院外で師匠から指導を受けている私も例外ではない。


 内容は三つ。


 一つ目は、魔力外部操作。


 二つ目は、指定術式実技。


 三つ目は、魔導球誘導。


 いずれも、魔力を自身の外へ出し、外部へ作用させることを前提とした考査だった。


「次。リリア・アステル」


「……はい」


 名前を呼ばれ、私は測定器の前へ進んだ。


 中央に置かれているのは、人の頭ほどの大きさがある透明な魔導晶。表面には細かな数字と複数の線が刻まれている。


 私は大剣を指定された台へ慎重に置き、魔導晶へ両手を添えた。


「最初に出力1を維持してください」


「はい」


「安定を確認後、3へ。次に5。最後に2まで下げます」


 試験官のエルナ先生が、いつもと変わらない淡々とした声で告げる。


「始めなさい」


 私は目を閉じた。


 胸の奥にある魔力を感じ、身体の内側を巡ろうとするそれを手のひらへ集め、そこから外へ押し出していく。


「……っ」


 魔導晶の内部に淡い光が灯り、細い線がゆっくりと上へ伸びていく。


 けれど出力1へ届く直前で光が揺らぎ、外へ出したはずの魔力が身体へ戻ってきた。


 以前なら、それを無理やり押し出そうとしていた。


 でも今は違う。


 戻ろうとする魔力をすべて押し返せば、かえって流れが乱れる。だから無理に逆らわず、少しだけ外へ残すよう意識する。


「出力、0.8」


 エルナ先生が記録する。


「そのまま維持してください」


「はい」


 光は0.7と0.9の間を行き来し、なかなか安定しない。


「次に3へ」


 魔力を増やす。


 けれど、魔導晶へ流れる量よりも身体の内側を巡る量の方が多く、表示は1.6で止まった。


「……以上です」


「はい」


 手を離すと、魔導晶の光が消えた。


「以前より流れは安定しています。しかし、規定出力には届いていません」


「はい」


 分かっていた。


 期待していなかったわけではない。もしかしたら、師匠の弟子になってから少しは変わっているかもしれない。そんな気持ちはあった。


 でも、できないことはできないままだった。


 それでも以前ほど、胸は痛まなかった。


「次。エマ・フィオレ」


「はい!」


 エマと入れ替わる。


 すれ違う瞬間、エマが小さな声で言った。


「お疲れ」


「うん」


「前より光ってたよ」


「慰め?」


「事実」


「そっか」


「見てて」


 エマは魔導晶へ手を添える。


 風属性の淡い緑色の魔力が透明な晶石の中へ流れ込み、出力1から3、そして5へと、途中で少し揺らぎながらも指示された値へ近づいていく。


 私よりずっと安定していた。


 エマが特別に優秀というわけではない。


 これが、学院で求められている普通だった。


          ◇


 二つ目の指定術式実技は、石畳の演習場で行われた。


 中央には木製の標的が置かれている。


 あの日と同じ。


 違うのは、標的までの距離が5メートルに定められていることだった。


「指定魔法は初級火炎術式フレイム。制限時間は1分です」


「はい」


 杖を構える。


 背後には生徒たちがいて、二階の観覧席には師匠がいるはずだ。顔を上げれば見えるかもしれない。


 けれど、見なかった。


 今は目の前の標的だけを見る。


 胸の奥から腕へ、手のひらへ、そして杖の先へと魔力を流していく。


「炎よ。我が魔力に応え――その姿を現せ。フレイム!」


 杖の先に赤い光が灯り、弾けた炎が小さな火球となって前へ飛んだ。


 火球は1メートル、2メートルと進み、3メートルを越えたところで力を失って消えた。


 以前は20センチだった。


 それを考えれば、かなり伸びている。


 でも、標的までには届かない。


「もう一度」


 エルナ先生の声に頷く。


 二度目は少しだけ魔力を増やした。火球は先ほどより大きくなり、4メートル近くまで進んだものの、それでも標的には触れない。


「以上です」


「はい」


 杖を下ろすと、背後から小さなざわめきが聞こえた。


「……あれ?」


「本当にレヴィア様の弟子なんだよね?」


「一緒に来てたから、たぶん」


「でも前と、そんなに変わってなくない?」


「大剣まで持ってたのに」


「本当に使えるのかな」


 全部聞こえている。


 昔もそうだった。


 聞こえていないふりをして俯き、胸の奥が痛むのを耐えながら、手の震えを隠すことしかできなかった。


 今だって、何も感じないわけではない。


 少し痛いし、恥ずかしい。できれば聞きたくなかった。


 でも、これができないからといって、私には何もないわけではない。


 今は、それを知っている。


「リリア」


 列へ戻ると、エマが心配そうな顔をしていた。


「今の――」


「大丈夫」


 私が言うと、エマは口を閉じた。


「……本当に?」


「うん」


 エマは少し驚いたように私を見ると、やがて小さく笑った。


「そっか」


「うん」


「でも、4メートルくらい飛んでたよね」


「標的は5メートル先だけど」


「次なら届くかも」


「次も考査でやるの?」


「練習で」


「それなら、いつか」


 以前の私なら、そんな言葉は口にできなかったと思う。


 できないことは、ずっとできない。


 失敗は、自分に才能がない証拠。


 そう決めつけていた。


 今はまだできなくても、次があると思える。


 それだけで、少し違った。


          ◇


 三つ目は、魔導球誘導試験だった。


 直径20センチほどの金属球へ魔力を送り、空中に浮かせたまま五つの輪を順番に通す。球との距離が離れても魔力を維持する必要があるため、外部操作の中でも特に細かな制御が求められる。


「開始してください」


 私は杖を魔導球へ向けた。


 先端から伸びた魔力が球の表面へ触れ、ゆっくりと浮かび上がる。


 一つ目の輪を通過。


 二つ目へ向かう途中で球が少し下がったため、魔力を足して再び高度を戻す。


 三つ目を目前にしたところで身体の中へ魔力が引き戻され、球が大きく揺れた。


「……っ」


 どうにか維持しようとするものの、球は輪の手前で高度を失い、石畳へ鈍い音を立てて落下した。


「終了です」


「はい……」


 結果は、三つ目まで届かず。


 通常考査の三項目は、どれも高い評価ではなかった。


 いや、はっきり言えば低い。


 師匠の弟子になったからといって、学院の考査で急に高得点を取れるようになったわけではない。


 周囲の視線が、また少しだけ変わった。


 大剣への興味。


 師匠の弟子だという驚き。


 そこへ疑いが混ざる。


 なぜ、あの子が。


 本当に。


 そんな声が聞こえてくるようだった。


「リリアー!」


 少し離れたところから、エマの声がした。


 自分の誘導試験を終えたらしい。エマがこちらへ向かって小走りに駆けてくると、その足元で淡い風が一瞬だけ渦を巻き、制服の裾と栗色の髪が走る速さ以上に大きく揺れた。


 けれど、私は気づかなかった。


「エマ、お疲れ」


「リリアも」


「どうだった?」


「4つ目で落とした」


「私より1つ多い」


「勝った」


「競ってないよ」


「じゃあ引き分け」


「なんで?」


「友達だから」


「便利だね、それ」


 エマが笑った。


 その少し離れた場所、演習場へ続く通路の入口で二人の女性が足を止めていた。


「……今の生徒は?」


 細い銀縁眼鏡の奥から、深い青色の瞳がエマの足元を見る。


「どれだ?」


「今、リリアさんのところへ走っていった生徒です」


「ああ。エマだな」


「知っているのですか?」


「リリアの友達だ。家に来たことがある」


「そうですか」


 セレナ様はそれ以上何も言わず、手元に持っていた資料へ小さく何かを書き加えた。


 隣に立つ師匠が、その紙を覗き込もうとする。


「何を書いた?」


「見ないでください」


「減るものじゃないだろ」


「信用が減ります」


「元から低いのに?」


「自覚があるなら改善しなさい」


「難しいな」


 そんな会話が交わされていたことを、私たちは知らなかった。


          ◇


 最後の生徒が魔導球を所定の位置へ戻し、試験官が記録用紙を閉じた。


「以上で、本日の定期技能考査を終了します」


 演習場に、ほっとした空気が広がった。


「終わったぁ……」


 エマが大きく伸びをする。


「疲れた?」


「疲れた。帰ったら寝る」


「まだ昼だよ」


「昼寝って知ってる?」


「知ってるけど」


「じゃあ問題ないね」


「あるような気がする」


「気のせい」


 私が苦笑した、そのときだった。


「――いいえ。まだです」


 静かな声が演習場へ響き、ざわめきが止まった。


 私も顔を上げる。


 演習場の入口に、二人の女性が立っていた。


 一人は、淡い銀金色の髪を後頭部で緩くまとめ、細い銀縁眼鏡をかけた女性。


 叡智の魔姫、ミネルマギア。


 セレナ・アルヴェリス様。


 そして、その隣には。


「師匠……」


 レヴィア・クローデル。


 私の師匠がいた。


 師匠は私を見つけると、軽く手を上げた。


 私は少しだけ安心して、その直後、周囲の生徒たちが一斉にざわついた。


「レヴィア様……」


「本当に来てたんだ」


「じゃあ、本当に弟子なの?」


「でも、さっきの考査……」


 また聞こえる。


 私は小さく息を吐いた。


 今度は、俯かなかった。


 セレナ様が演習場の中央へ進む。


 それだけで、ざわめきは自然と小さくなった。


「通常考査は以上です。しかし本日は、このあと新たな技能考査の試験運用を行います」


 生徒たちが顔を見合わせる。


 私もエマを見る。


「聞いてた?」


「全然」


「私も」


 セレナ様は続ける。


「魔法とは一般に、魔力を自身の外へ放ち、現実へ干渉する技術として発展してきました。火を生み、風を起こし、水を操り、物体を動かす。現在の魔法教育も、その多くが外部への作用を前提として構築されています」


 そこで一度、言葉を切った。


「しかし、魔法の作用先は外部だけではありません。自身の肉体を強化し、感覚を研ぎ澄ませる。あるいは、自身の身体へ直接魔力を作用させる。そうした魔法も存在します」


 演習場が静かになる。


「そして、自身へ魔力を作用させた際、どれほど効率よく効果へ変換されるか。その割合を、自己作用効率と呼びます」


 知っている言葉だった。


 私が初めてその数字を聞いたのは、セレナ様が家に来た日だ。


「一般的な魔法使いの場合、自己作用効率は10%未満。30%前後であれば、自己作用魔法において非常に優秀な適性を持つと判断できます」


 ざわめきが起こる。


「ですが、現在の技能考査は外部への魔力操作を中心として構成されています。そのため、自己作用魔法や、それに類する魔力運用を十分に評価できているとは言えません」


 私のことだ。


 そう思った。


 きっと、周りの何人かも気づいたのだろう。視線がこちらへ集まる。


「今回実施する考査は三項目です」


 セレナ様は気にせず続けた。


「一つ目は、身体能力への作用を測る運動性能試験。走行、跳躍、方向転換、停止を行い、身体強化によって得られる速度や瞬発力だけでなく、その制御能力を確認します」


「二つ目は、感覚への作用を測る感覚性能試験。視覚と聴覚を対象とし、通常時からどの程度感覚を変化させられるか、また、その状態を正しく制御できるかを確認します」


「そして三つ目は、身体強化によって得られた身体能力を、攻撃動作へ転換した際の性能を測定します」


 セレナ様が演習場の端へ視線を向ける。


 そこには大きな魔導標的が設置され、その近くには二本の剣が置かれていた。


「先ほど行った通常考査では、魔法を外部へ放ち、対象へどの程度作用させられるかを評価しました。しかし、攻撃の手段はそれだけではありません。自身の肉体を魔法によって強化し、その力を用いて対象を攻撃する。それもまた、魔法によって得られる攻撃能力の一つです」


 何人かの生徒が、標的と剣を見比べる。


「使用するのは、今回の考査に合わせて用意した模擬剣です。通常の訓練用よりも遥かに頑丈な素材で作られており、高出力の身体強化を用いた打撃にも耐えられる強度を持ちます」


 その言葉を聞いて、なぜか私はセレナ様がほんの一瞬だけこちらを見たような気がした。


 気のせいだと思いたい。


「なお、模擬剣そのものへの魔力付与は禁止します。今回測定するのは、あくまで自身への魔法作用によって得た身体能力を、一度の攻撃へどの程度反映できるかです。測定用標的には特殊な術式が組み込まれており、受けた衝撃を打撃値として数値化します」


 セレナ様が眼鏡を押し上げる。


「今回の試験運用にあたり、過去の身体能力測定、魔力出力記録、一般的な身体強化術式の平均効率、そして使用する模擬剣の重量をもとに、私が参考値を算出しました。同年代の一般的な学院生が同条件で模擬剣を振った場合、想定される平均打撃値は30前後です」


 30。


 私はその数字を覚えておくことにした。


「ただし、これは正式な基準値ではありません。今回の試験結果を含め、今後さらに調整します」


 そこまで説明してから、セレナ様は私を見た。


「リリア・アステル。前へ」


「……はい」


 やっぱり。


 私は小さく息を吸い、前へ出た。


 周囲の視線が集まる。


 でも今度は、さっきまでとは少し違う。


「やっぱりリリアのため?」


「でも、新しい考査って……」


「だからレヴィア様が弟子に?」


 そんな声が聞こえる。


 私はセレナ様の前で止まった。


 すると。


「それから、エマ・フィオレ」


「……はい?」


 隣から、間の抜けた声がした。


 私は振り返る。


 エマが自分を指さしている。


「あなたも前へ」


「私もですか?」


「はい」


「なんで?」


「エマ」


「あ」


 エマが口元を押さえた。


「……なんでですか?」


 私は思わず笑った。


「何笑ってるの」


「別に」


「笑ってたよね?」


「前へ」


 セレナ様の一言。


「はい」


 エマは素直に歩いてきて、私の隣へ並んだ。


「なんで私?」


「私に聞かれても」


 セレナ様がエマを見る。


「先ほど、あなたが走る姿を見ました」


「走る姿?」


「リリア・アステルのもとへ向かっていたときです。足元に風を纏わせていましたね」


 エマが黙り、少し考える。


「……いつもですけど」


 今度は周囲が少しざわついた。


「意識的に行っているのですか?」


「いや……急ぐときは、なんとなく」


「そうですか。現時点では、それが自己作用魔法であるとは断定できません」


「え?」


「自身の肉体への直接作用なのか、周囲の風による外部補助なのか、あるいはその両方なのか。それを確認するためにも、あなたには参加してもらいます」


「……私、帰って寝る予定だったんですけど」


「予定を変更してください」


「はい」


 早い。


 でも、セレナ様相手なら仕方ないと思う。


「では、始めます」


          ◇


 最初の特別考査は、運動性能試験。


 演習場には短い走路が作られ、その途中にいくつかの障害物が置かれていた。


 直線加速から障害物を跳び越え、急な方向転換を行ったあと、最後は指定された範囲内で停止する。


「先にエマ・フィオレ」


「はい」


 エマが開始地点へ立つ。


「準備は?」


「大丈夫です」


「では、開始」


 合図と同時に、エマが駆け出した。


 速い。


 けれど、驚くほどではない。


 ただ、その足元には確かに風があった。今度は私にも分かるほど、薄い風がエマの身体を後ろから押すように流れている。


 エマは最初の障害物を越え、次の地点で身体を捻った。


「わっ」


 曲がりきれずに少し大きく膨らんだものの、どうにか立て直して最後の直線へ入る。


 指定された停止範囲へ近づくと、足元の風が弱まった。


 エマが止まる。


 ただし、片足だけが線を越えていた。


「あー……出ちゃった」


「半歩です」


「それくらいなら誤差になりません?」


「なりません」


「厳しい……」


 セレナ様は手元の記録へ何かを書き込む。


「今の風は、意識的に?」


「いや……いつも通りですけど」


「出力は?」


「考えてません」


「そうですか」


 それだけ答え、また何かを書く。


 エマが不安そうに私を見た。


「なんか怖くない?」


「何が?」


「あの記録」


「考査だから普通じゃない?」


「そうなんだけど……」


「次。リリア・アステル」


「はい」


 私の番だ。


 開始地点へ立ち、昨日のことを思い出す。


 大剣を持ち上げようとして力を入れすぎ、後ろへ倒れて師匠に笑われた。


 100に対して、150も200もいらない。


 必要なのは101。


「開始」


 私は地面を蹴った。


「――っ!」


 身体が勢いよく前へ飛び、最初の障害物が一瞬で迫ってくる。


「わっ!」


 慌てて跳ぶと、今度は高すぎた。


 着地した直後に方向転換へ入るものの、勢いが残っている。


 以前なら、きっとそのまま止まれなかった。


 私は身体を壊さないように、必要な分だけ魔力を絞る。


「……っ!」


 靴底が地面を滑り、砂を削った。


 それでも勢いは少しずつ弱まり、私は指定範囲の中でどうにか停止する。


「…………」


 自分の足元を見る。


 線を越えていない。


「止まった……」


 思わず呟いた。


 周囲がざわつく。


「速っ……」


「あれ、リリア?」


「今、自分で止まったよね?」


 私は顔を上げ、少し離れたところにいる師匠を見る。


 腕を組んでいた師匠と目が合った。


 師匠が笑う。


 私は少しだけ胸を張った。


          ◇


 二つ目は、感覚性能試験。


 最初は視覚。


 離れた位置に、大小さまざまな文字や魔法記号が書かれた板が置かれる。


 先にエマが挑戦した。


「一番下は?」


「……見えません」


「その上」


「右向きの三角?」


「違います」


「じゃあ左?」


「違います」


「丸?」


「適当に答えないでください」


「はい」


 私は思わず笑った。


「リリア、笑った?」


「笑ってないよ」


「絶対笑った」


「次です」


「はい……」


 エマは平均より少し良い程度だった。


 次に私。


 魔力を目へ作用させると、遠くにある文字が急に近づいたようにはっきりと見え始める。


「一番下は?」


「星型です」


「その右」


「六角形」


「さらに下」


「……板に小さな傷があります」


「そこは見なくていいです」


「あと埃も」


「リリア・アステル」


「はい」


 少し強くしすぎたらしい。


 周囲から笑いが起き、私は慌てて魔力を弱めた。


 次は聴覚。


 目を閉じ、離れた場所で鳴らされた音の方向と距離を答える。


 エマが先に目を閉じる。


 音が鳴った。


「右」


「距離は?」


「……分かりません」


「もう一度」


 別の場所で音が鳴る。


「左斜め前」


「距離は?」


「分かりません」


「方向は正解です」


「おお」


 エマが嬉しそうに笑う。


「何を感じていますか?」


「音……というか」


 少し考えてから、エマが答える。


「風が、こっちから来たなって」


 セレナ様が記録する。


「なるほど」


 そして私の番になった。


 目を閉じ、耳へ魔力を作用させる。


 途端に、周囲の音が一斉に大きくなった。


「鳥が鳴いてます」


「試験場の外です」


「馬車も」


「さらに外ですね」


「誰か、廊下でくしゃみしました」


「今は指定された音に集中してください」


「はい……」


 周りからまた笑いが起き、私は少し恥ずかしくなった。


 けれど、本当に聞こえる。


 聞こえすぎる。


 鳥の声も、馬車の車輪も、誰かの足音も、服が擦れる小さな音まで耳へ飛び込んでくる。


 その中から必要な音だけを探そうとして、昨日の師匠の言葉を思い出した。


 必要以上はいらない。


 私は魔力を少し弱める。


 余計な音が遠ざかり、世界が少しずつ静かになっていく。


 そして、音が鳴った。


「右後方。たぶん……20歩くらい」


「正解です」


「……できた」


 小さく呟く。


 昨日より少しだけ、自分の力の扱い方が分かるようになった気がした。


          ◇


 最後の考査では、魔導標的の前に二本の模擬剣が用意された。


 見た目だけなら普通の剣にしか見えないけれど、セレナ様の説明によれば、通常の訓練用より遥かに頑丈なものらしい。


「リリア」


「なに?」


「剣、使ったことある?」


「ないよ」


「私も」


「よかった」


「何が?」


「私だけじゃなくて」


「それ、安心するところ?」


 試験官が模擬剣を手に取る。


「剣術の経験は?」


「ありません」


「私もないです」


「では最低限の扱い方だけ説明します」


 試験官は足を開き、両手で柄を握った。


「両手で握り、足を開く。腕だけで振ろうとせず、身体ごと向きを変えるようにしてください」


 ゆっくりと剣を振る。


 私とエマは頷いた。


「分かった?」


「たぶん」


「私もたぶん」


「不安だね」


「リリアには言われたくないな」


「なんで?」


「昨日初めて剣もらったんでしょ?」


「大剣だけど」


「そこはどうでもいいよ」


「よくないよ」


「では、エマ・フィオレから」


「はい」


 エマが模擬剣を受け取り、何度か軽く動かして重さを確かめる。


 そして標的の前に立った。


「いきます」


 足を開き、身体を大きく捻る。


 その姿を見て、私は少しだけ嫌な予感がした。


「えいっ!」


 エマは、まるで何かを思い切り遠くへ弾き飛ばそうとするように、模擬剣を豪快に横薙ぎに振り抜いた。


 ガァンッ!


「わっ!?」


 打った本人が一番驚いた。


 剣の勢いに引っ張られ、エマの身体が半回転する。


「ちょ、ちょっと待って……!」


 どうにか踏みとどまる。


 測定器に数字が浮かんだ。


 46。


 周囲から小さなどよめきが起こる。


「平均30って言ってたよね?」


「結構高くない?」


「でも、すごい回ってたけど」


「それは関係ないだろ」


「いや、あるでしょ」


 エマが振り返った。


「……今、最後の必要だった?」


「私に聞かないでよ」


「リリア笑ってるでしょ」


「笑ってないよ」


「こっち見て言って」


 私は少しだけ顔を逸らした。


「エマ・フィオレ」


 セレナ様が呼ぶ。


「はい?」


「今も使いましたね」


「……何をですか?」


「風です。踏み込む瞬間、無意識に自身の身体を押していました」


 エマが目を丸くした。


「使ってました?」


「ええ」


「全然分からなかった」


「だから無意識なのでしょう」


「なんか怖いなぁ……」


「何がですか?」


「いや、こっちの話です」


 セレナ様は淡々と記録へ何かを書き込んだ。


 エマが私を見る。


「ほら。やっぱり怖い」


「何が?」


「あの記録」


「だから考査だって」


「打撃値46。参考平均を上回っています」


 セレナ様は記録から顔を上げた。


「ただし、打撃後の姿勢は大きく崩れています」


「そこも評価に入るんですか?」


「当然です」


「ですよね……」


 エマは手にした模擬剣を見た。


「もう一度行いますか?」


「え?」


「希望するなら、再挑戦を認めます」


 エマは模擬剣を見て、次に標的を見た。


 最後に、自分の腕を軽く振る。


「……やめておきます」


「即答だね」


「だって今ので腕痛いし、次は本当に一回転しそう」


「否定できない」


「リリアは人のこと言えないでしょ」


「私はまだ振ってないよ」


「だからだよ」


「リリア・アステル」


「はい」


 今度は私の番だ。


 模擬剣を受け取った瞬間、思わず声が出た。


「……軽い」


 昨日の大剣と比べれば、驚くほど軽い。


 でも、だからこそ困る。


 どれくらい強化すればいい?


 昨日は、あの大剣を持ち上げるために必要な力を探した。でもこれは違う。何の強化もせずに持つことができる。


 私は標的の前に立ち、教えられた通りに両手で柄を握って足を開いた。


「始めてください」


「はい」


 身体強化を使う。


 けれど、強くしすぎたらどうなるのだろう。


 昨日、師匠に言われた。


 身体を壊すな。


 必要以上の力を出すな。


 その言葉を思い出した私は、慎重に魔力を身体へ巡らせた。


 そして。


「えいっ」


 こつん。


 静かだった。


 私は標的を見る。


 何も起きていない。


 測定器を見る。


 18。


「……今の、測れました?」


「測定はされています」


「その言い方、結果が悪いやつですよね」


「否定はしません」


 後ろからエマの声が飛んできた。


「リリア」


「なに?」


「私の半分もないよ」


「言わなくても分かってるよ……」


 周囲から少しだけ笑いが起きた。


 嫌な笑いではない。


 むしろ、あまりに弱かったせいで緊張が抜けたような笑いだった。


「もう一度行いますか?」


 セレナ様に聞かれ、私はほとんど迷わず頷いた。


「はい」


 今度はもう少し強く。


 身体へ流す魔力を増やし、模擬剣を握り直す。


 振る。


「っ!」


 ガンッ!


 今度はしっかり当たった。


 けれど、その瞬間に剣の勢いへ身体を引っ張られた。


「わっ!」


 足が崩れ、どうにか転ばずに踏みとどまる。


 測定器に浮かんだ数字は、67。


「67!?」


「さっき18だったよね?」


「差がありすぎない?」


 周囲がざわつく。


 私は数字を見た。


「上がりました」


「ええ」


 セレナ様が答える。


「しかし、身体と剣の動きが噛み合っていません。出力の大部分を無駄にしています」


「……やっぱりですか」


「剣を振る技術がありません」


「はい……」


「まったく」


「そんなにはっきり言わなくても……」


 私は模擬剣を見る。


 難しい。


 昨日は、大剣を持ち上げるだけでも何度も失敗した。


 今日は剣を振る。


 たったそれだけなのに、上手くできない。


「もう一度行いますか?」


 セレナ様が聞いた。


 今度は、すぐには答えなかった。


 腕には重さが残り、柄を握った手にもじんとした痛みがある。


 それでも、今のまま終われば、最初の18と今の67で何が違ったのか、自分でも分からないままだ。


 私は模擬剣を握り直した。


「……お願いします」


 三回目。


 標的を見る。


 剣術なんて分からない。


 綺麗な振り方も知らない。


 昨日まで、剣を振ったことすらなかった。


 だから、上手く振ろうとするのはやめた。


 できないことを、今ここで急にできるようにはならない。


 それでも昨日、一度だけ、あの大剣を安定して持つことができた。


 強すぎたら駄目。


 弱すぎても駄目。


 100に対して、必要なのは101。


 私はゆっくりと息を吸い、足から腰、背中、肩、腕へと魔力を巡らせていく。


 身体の一部分だけを強くするのではなく、全身を支えるように。それでも必要以上にはならないよう、慎重に出力を整える。


 昨日より少しだけ、自分の中を巡る力が分かる。


 私は踏み込んだ。


 剣術なんて知らない。


 だから、ほとんど力任せに。


 思い切り振り抜いた。


 ドゴォンッ!!


 轟音が演習場に響き渡った。


 魔導標的が大きく揺れ、固定具が軋み、地面から砂埃が舞い上がる。


「わ、わっ……!」


 私は剣の勢いを殺しきれず、二歩、三歩とよろけてから、どうにか転ばずに踏ん張った。


 演習場が静まり返っている。


 私はゆっくりと振り返った。


 砂埃が晴れていく。


 模擬剣は壊れていない。刃こぼれ一つなく、あれほどの衝撃を受けても形を保っている。


 けれど、その頑丈な模擬剣が叩きつけられた標的の中央には、はっきりとした凹みが残っていた。


「……え?」


 誰かが呟いた。


「今、凹んだ?」


「あれ、考査用の標的だよね?」


「剣でやったの?」


「いや、でもさっきの《フレイム》は……」


「だから、そういうことなんじゃない?」


「どういうこと?」


「私に聞かないでよ」


 私は測定器を見る。


 そこに表示されていた数字は、153。


「……153?」


「平均の5倍じゃん」


「さっき18だったよね?」


「本当に同じ人?」


 別の声が聞こえた。


「じゃあ、本当にレヴィア様の弟子になったんだ……」


「なったからここにいるんでしょ」


「いや、それはそうだけど……」


「私、ちょっとだけ嘘だと思ってた」


「言うなよ」


 私は模擬剣と標的を交互に見た。


 本当に凹んでいる。


「……やりすぎました?」


「いいえ」


 セレナ様が測定器を見る。


「許可した範囲内です」


「じゃあ……成功?」


「考査結果としては」


 セレナ様は少しだけ間を置いた。


「予想以上です」


「まあ、最初にしちゃ上出来だな」


 聞き慣れた声がした。


 振り返ると、師匠がこちらへ歩いてくる。腕を組み、ものすごく満足そうな顔をしていた。


「最初にしては、ですか?」


「そうだぞ」


「標的、凹んでますけど」


「見れば分かる」


「153ですよ?」


「それも見れば分かる」


「じゃあ、次は何を目指せばいいんですか?」


「そうだな」


 師匠は少しだけ考えた。


 そして、さも当然のように言った。


「最終的には、地面を割ることだな」


「…………」


「…………」


「師匠」


「なんだ?」


「私、魔法使いですよね?」


「知ってるぞ」


「ですよね?」


「だから魔法で身体を強化して、大剣で地面を割るんだろ」


「なんでそれが当然みたいな言い方なんですか」


「ロマンだからな」


「またロマン……」


「でも、ちょっと見たいかも」


 エマだった。


「エマまで!?」


「大剣で地面割るリリア」


「ほら見ろ。これが一般的な感性だ」


「エマ一人を一般代表にしないでください!」


「え、私いま一般代表なの?」


「違うよ」


「即答された」


 後ろからも声が聞こえる。


「地面割るって言った?」


「言った」


「戦禍の魔姫様が?」


「あの人なら言いそう……」


「リリア、大丈夫なのかな」


「何が?」


「師匠選び」


 聞こえている。


 ものすごく聞こえている。


「師匠」


「なんだ?」


「私、心配されてます」


「人気者だな」


「そういう意味じゃないです」


「地面を割る必要はありません」


 セレナ様だった。


 師匠が振り返る。


「なんでだよ」


「学院の敷地です」


「じゃあ家でやるか」


「師匠!?」


「あなたの家でも推奨しません」


「厳しいな」


「常識です」


 師匠が肩をすくめる。


 エマが笑い、周りの生徒たちもつられるように笑っていた。


 私は少しだけ恥ずかしかった。


 でも、嫌ではなかった。


          ◇


 すべての考査が終わったあと、セレナ様は生徒たちの前に立った。


「本日の結果は、今後の技能考査および教育内容の見直しに用います」


 演習場が静かになる。


「今回確認されたのは、リリア・アステルという一人の特殊例だけではありません。従来の評価方法では拾い上げられなかった適性や、本人すら認識していない魔力運用が存在する可能性があります」


 セレナ様の視線が、少しだけエマへ向く。


「今後、魔法教育を管轄する王立魔導教育院とも協議のうえ、現在の技能考査内容を見直します。また、身体強化、感覚作用、その他の自己作用魔法についても、授業内容への導入を検討します」


 生徒たちがざわめく。


 でも今度のざわめきは、さっきまでとは違った。


 私を見る目も、少しだけ変わっている気がした。


 それが良いことなのかは、まだ分からない。


 でも少なくとも、あの日、何もできず、自分には何もないと思っていた私とは違う。


「あの、セレナ様」


 エマが手を上げた。


「なんでしょう」


「結局、私のあれって……なんだったんですか?」


「あれ、とは?」


「風です。走るときの」


「まだ確定はしていません」


「えぇ……」


「ただし、あなたは無意識のうちに自身の移動を風で補助しています。少なくとも、一般的な外部操作とは異なる特徴がある」


「じゃあ、私もリリアみたいな?」


「いいえ」


 即答だった。


「早い」


 エマが小さく呟く。


「リリアさんの自己作用効率は98.7%です。あなたと同列に考えるべきではありません」


「98.7……?」


 周囲が再びざわついた。


 エマも目を丸くして、私を見る。


「リリア」


「なに?」


「それ、ほぼ全部じゃん」


「私もそう思う」


「なんでそんな普通の顔してるの?」


「前に聞いたから」


「私、初めて聞いたんだけど」


「言ってなかった?」


「聞いてない」


「ごめん」


「軽いなぁ……」


 セレナ様が小さく息を吐いた。


「エマ・フィオレ。あなたの風魔法については、今後改めて測定する必要があります。ただし、無意識の魔力運用を自覚できたこと自体には意味があります」


「じゃあ、ちょっとは才能あるってことですか?」


「可能性はあります」


「おお」


「ただし、現時点で突出した才能とは言えません」


「一瞬くらい喜ばせてくださいよ」


「事実です」


「厳しい……」


「でも、興味深い使い方ではあります」


 エマが止まった。


「……今、褒めました?」


「事実を述べました」


「それ、セレナ様の場合は褒めてるってことでいいですか?」


「好きに解釈してください」


 エマは私を見る。


「褒められた」


「よかったね」


「たぶん」


「たぶんね」


 二人で笑った。


 少し前まで、私は学院の考査が嫌いだった。


 自分にできないことを、順番に確認させられているような気がしたから。


 でも今日、初めて知った。


 考査は本当なら、できないことだけを見つけるためのものではない。


 できることを見つけるためにも、あるのだと。


          ◇


 学院を出る頃には、空は少しだけ傾き始めていた。


 正門の前で、エマが立ち止まる。


「じゃあね、リリア」


「うん。またね」


「…………」


「エマ?」


「なに?」


「いや……」


 少しだけ、変な感じがした。


 今日は久しぶりにエマと一緒に考査を受けた。


 話して、笑って、前と同じように過ごした。


 でも明日になれば、私はここには来ない。


 毎朝教室へ行くこともなければ、エマと毎日顔を合わせることもない。


「なんだ。来ればいいだろ」


 師匠が突然言った。


「え?」


「エマ。暇ならうち来いよ」


「いいんですか?」


「別にいいぞ。飯はリリアが作る」


「なんで勝手に決めるんですか」


「三人分も四人分も大して変わらんだろ」


「変わりますよ」


「じゃあ決まりだな」


「話聞いてます?」


 エマが笑う。


「じゃあ、今度行く」


「今度なんだ」


「今日はさすがに疲れた」


「それはそうだね」


「昼寝もできなかったし」


「まだ言ってたの?」


「大事だから」


 エマは少し歩いてから振り返った。


「またね、リリア」


「うん。また」


 今度は、ちゃんと言えた。


 エマの姿が人混みの向こうへ消えていく。


 私はしばらくその方向を見ていた。


「寂しいか?」


 師匠が言った。


「……少しだけ」


「素直だな」


「師匠じゃないので」


「どういう意味だ?」


「そのままです」


「お前、最近ちょっと生意気になったな」


「誰の弟子だと思ってるんですか」


 言ってから、私は少しだけ笑った。


 師匠は一瞬黙り、それから同じように笑った。


「――私の弟子だな」


「はい」


 歩き出す。


 私の背中には、黒と赤の大剣。


 朝は、この大剣を背負って歩くのが恥ずかしかった。誰かに見られるたび、少しだけ小さくなりたくなった。


 でも今は、不思議とそこまで気にならない。


 まだ一度も振れていない。


 今日使ったのだって、学院の模擬剣だ。


 それでも、いつかこれをちゃんと振れるようになるのだろうか。


 私は背中の重みを感じながら、隣を歩く師匠を見た。


「師匠」


「ん?」


「本当に、地面を割るんですか?」


「当たり前だろ」


「……やっぱり冗談じゃなかった」


「なんだと思ってたんだ?」


「師匠の言うことなので、半分くらい」


「お前なぁ」


 師匠が呆れたように笑う。


 私も少しだけ笑った。


 それからしばらく歩いたところで、師匠が何かを思い出したように言った。


「そういや、明日から本格的に振るぞ」


「……何をですか?」


「決まってるだろ」


 師匠は、私の背中を指差した。


「それだよ」


 私はゆっくりと背中の大剣を見る。


「…………」


「100回な」


「セレナ様に怒られますよ」


「じゃあ101回だ」


「増えてる!」


 王都の通りに、師匠の笑い声が響いた。


 私の背中では黒と赤の大剣が、その笑い声に合わせるように小さく揺れていた。

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