目が覚めて、上見上げれば、ファンタジー
――なーちゃん、なーちゃん、この服どうかな?
幼馴染の吾川 紅莉がブディックで服を選んでいる。
「あー似合ってる似合ってる」
直は適当に対応する。
正直、男である自分が女性の服など選べるはずも無い、自分自身の服でさえ紅莉に選んでもらっているのに、と直は思う。
――もう、なーちゃんったら
紅莉は呆れる。
――自分の服ぐらい、自分で選ばないと
そういって、紅莉は手に取ったドレスを直に押し付けてくる。
「おいおい、冗談は……」
そういった自分の声が不思議と何時もより高い。背がどんどんと縮む。気がつけば、頭は白い髪で覆われ、肌は白磁になっていた。
――やっぱり、こういった可愛い服が似合うね……ナオエリューシア
目が覚める。夢見は最悪だった。
「そんなことある訳無いじゃない」
大きなベット、そして可愛らしい天蓋。
現実は夢よりも奇なり、目が覚めた直はもちろんナオエリューシアのままだった。
「ハァ……」
思わずため息が零れる。
(こうなったら、その魔法とやら……極めてやろうじゃないか)
元いた世界では出来ないことをマスターしてやろうと鼻息を上げる。
「おはようございます。お嬢様」
ナオが目覚めて間もないと言うのにメイドは既に着替えを持って待機している。ノック以外の物音を立てず気配も感じさせずに主人の行動をいち早く察する様は、なんなのだと思わずツッコミたくなる。
そう思いつつも、ナオは再び立っているだけで、ネグリジェ→裸体→ドレスへと一瞬で着替えさせられる。
(何も感じるな……無心になれ)
直は悟った、これが無一物の境地だと。
着替えが済んだナオは一階の食堂へと案内される。
ナオは昨日と同じデザインのエプロンドレスから前掛けを取ったような服を着ていた。相変わらず歩きにくく、小幅で遅い。だがメイドはナオの歩幅に自然と合わせてくれる。
「やぁ、おはよう。姉様」
「おはようございます、シャルドさん」
「ふふ、そんなに堅苦しくならないで、姉弟じゃないか」
シャルドはテーブルの前で食事にも手を付けずナオを待っていてくれたようであった。
ナオは、ファリと呼ばれるパンの一種が置かれている空席の前に坐る。
ナオのファリはすでに細かく切り分けてあり、小顔のナオでも一口で食べられるようになっていた。
(どこまでパーフェクトなんだ……メイド)
従者に驚かぬなかれ、彼女らの気配りはどこまでも究極なのだ。
「では、頂きましょう」
「はい」
ナオとシャルドは、豊穣の神と農作物、酪農を営んできた人々に感謝の気持ちを心の中で述べる。
これが貴族としての心得であることは、ナオが覚えていた。人々より上に立つ者だからこそ作ってくれた者への感謝の気持ちを忘れない。
直にとっては知らない知識だが自分の国でいう"いただきます"となんら変わりない。
ナオにはこのようにこの世界の一部分の常識を持っていた。直としては知らないはずの知識のはずなのだが、不気味に思っても不便に感じることは無かった。
食事を終えたころ、ナオはメイドにナプキンで顔を拭かれていた。
「いいって」
そういうもメイドは、
「ふふふ、私の仕事を奪わないで下さいませ」
と、微笑み返して言うだけだ。
「ナオエリューシア様、シャルド様。旦那様と奥様がお戻りになられました」
「ホント?」
ナオは、ぱっと笑顔になる。
「じゃあ、迎えに行こうか」
と、シャルドが言う。
「はい!」
ナオの声は上ずっている。
館から飛び出たナオは駆け足でブオドに飛びつく。
「お帰りなさい。父様、母様!!」
「ああ」
「ただいま、ナオ」
馬車から降りたばかりで疲れきっていた二人は、ナオのその声だけで笑顔になった。




