第三話「灰色の結婚式」1
第一章 燃える修道院
エレベーターの扉が、重々しい音を立てて左右に開いた。その瞬間、鉄鏡花と融合人格『クリス』を襲ったのは、呼吸さえも焼かれるような猛烈な熱波と、鼻をつく焦げ臭い匂いだった。
「……熱っ!」
クリスが、不快そうに顔をしかめ、腕で顔を覆った。先ほどの毒々しいピンク色の傾奇町とは打って変わって、そこは「赤」と「黒」の世界だった。
崩れ落ちる石造りの天井。熱で飴細工のように溶け落ちる、美しいステンドグラスの破片。 そして、視界の全てを埋め尽くす紅蓮の炎。炎は生き物のように柱を這い上がり、梁を舐め、神聖な場所を蹂躙している。
「ここは……」
鏡花が、義手のセンサーで環境データを収集する。気温、摂氏600度。酸素濃度低下。有毒ガス検知。 だが、それ以上に空間を満たしているのは、濃密な「悲しみ」と「絶望」の波動だった。
「聖地アストエル。……廃墟の修道院だ」
鏡花が断定する。 そこは、かつて天羽祈の両親――天使シエルと悪魔カーミラが、種族の垣根を超えて愛し合い、密かに結婚式を挙げた場所。 そして、その愛が「罪」として断罪され、処刑された場所。祈の出生の秘密が眠る、呪われた聖地。
「オギャアアアアッ! オギャアアアアッ!!」
轟音と火の爆ぜる音に混じって、赤ん坊の泣き声が聞こえた。胸を張り裂くような、助けを求める悲鳴。孤独と恐怖に震える、小さな命の叫び。
「……祈の声ね」
クリスが、炎の向こうを睨みつける。祭壇の前。燃え盛る巨大な十字架の下に、白い布に包まれた赤ん坊が放置されている。 その周囲には、二つの影が倒れていた。光の槍に貫かれた男と、闇の炎に焼かれた女。 祈の両親の亡骸だ。
「悪趣味なループだ」
鏡花が呟く。ここでは、あの悲劇の夜が永遠に繰り返されている。生まれたばかりの祈は、両親が殺される光景を、その網膜に焼き付けられ続けているのだ。誰も助けに来ない。誰も愛してくれない。その絶望が、この燃え盛る心象風景を作り出している。
「行くわよ」
クリスが、一歩踏み出した。その声には、美流愛の怒りと、双子の悲しみが混じり合っていた。
「あの子を泣かせ続けるなんて……私の美学に反するわ」
クリスが、炎の中へと足を踏み入れる。彼女の纏う純白のドレスが、熱で揺らめく。固有能力『真愛幻影』の応用で、熱を遮断する魔力の膜を張っているが、それでも魂を焼くようなプレッシャーが押し寄せてくる。
「待て、クリス。……ただの火事ではない」
鏡花が警告する。炎の揺らめきが、不自然に歪み、人の形を取り始めていた。
ゆらり、ゆらりと。 炎の中から、無数の人影が現れた。
右からは、白銀の甲冑を纏った天使の騎士たち。左からは、黒い鱗と角を持つ悪魔の兵士たち。
彼らに顔はない。 ただ、仮面のようなのっぺりとした表面に、焼き鏝で押されたような「罪」という文字だけが刻まれている。 彼らは、かつてシエルとカーミラを殺した処刑人たちの記憶であり、同時に祈自身が作り出した「自分を責める声」の具現化だ。
『禁忌だ』
『汚らわしい』
『生まれてくるべきではなかった』
『お前のせいで、彼らは死んだ』
影たちが囁く。 その声は、物理的な振動となって空間を震わせる。 それは、祈が幼い頃から自分自身に向けてきた、呪いの言葉。 「自分が生まれたから、パパとママは死んだんだ」という、逃れられない罪悪感。
「……なるほど。ここは『後悔』の階層か」
鏡花が、義手から冷却ガスを噴射した。プシューッという音と共に、迫りくる炎の一部が凍りつき、道ができる。
「迎撃するぞ、クリス。……過去の亡霊に、未来を語る資格はない」
鏡花が構える。 クリスもまた、ナイフを抜き放ち、獰猛に微笑んだ。
「ええ。……お掃除の時間よ」
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




