第二話「砂糖菓子の悪夢」3
第三章 鏡の中の怪物
「……座標特定。ここが、この階層の『核』だ」
鉄鏡花が指差した先。 歪んだ看板とネオンの洪水に埋め尽くされた路地の最奥に、一際異様な建物がそびえ立っていた。
かつて、天羽祈が店長として働いていたコンカフェ『しゅがーぽいずん』の店舗跡地。 だが、今のその姿は、記憶の中にあるポップで可愛い店構えとはかけ離れていた。 壁面はどす黒く変色し、窓ガラスは全て割れ、内部からは絶え間なく不快なノイズのような音が漏れ出している。入り口のドアは、巨大な口のように開かれ、侵入者を飲み込もうと待ち構えていた。
「物理的排除ではキリがない。……中枢を叩くぞ」
鏡花が、義手から伸びるケーブルを壁面の亀裂に突き刺し、構造を解析する。
「この建物の奥に、次の階層へと続くゲート反応がある。……おそらく、エレベーターだ」
「エレベーターね。……地獄行きかしら?」
融合人格『クリス』が、皮肉っぽく笑う。 彼女の瞳の中で、三つの人格がせわしなく明滅している。
「行きましょう、鏡花。……雑魚は私が散らすわ」
二人は客の波を強行突破し、店へと突入した。 店内は、外見以上に荒れ果てていた。 壊れたテーブル、引き裂かれた衣装、床に散乱するオムライスの残骸。それら全てが、祈が心の奥底に封じ込めてきた「終わってしまった日常」の残骸だった。
「……ひどい有様ね」
クリスが、泥だらけになった衣装の天使の羽を拾い上げる。 その手つきは、どこか優しげだった。 彼女の中にある美流愛の人格が、かつての祈の努力を悼んでいるのだ。
「感傷に浸っている時間はない。……最奥だ」
鏡花が促す。 二人は、店のバックヤードへと進んだ。そこには、業務用エレベーターの扉があった。 だが、その前には――巨大な「鏡」が置かれていた。
それは、全身を映す姿見だった。 だが、鏡面は黒く濁り、何も映していない。 いや、映しているのは「虚無」だ。
「……来るぞ」
鏡花が警告を発した瞬間。 鏡の表面が、波紋のように揺らいだ。
ボコッ、ボコボコッ……。
鏡の中から、ドロリとした黒い液体が溢れ出した。 それは重力に逆らって盛り上がり、不気味な粘着音を立てながら形を成していく。 ヘドロのような黒いドレス。折れた翼。そして、醜く歪んだ顔。
現れたのは、天羽祈の姿をした怪物だった。だが、その姿は見るに堪えないほど醜悪だった。肌は爛れ、オッドアイは白濁し、口は耳まで裂けている。目からは、血の涙が絶え間なく流れていた。
『私は……醜い……』
怪物が、呻くような声を上げた。それは、祈自身が心の奥底で繰り返してきた、呪いの言葉。
『私は汚い……。半端者……。誰も……本当の私なんて……愛してくれない……』
自己嫌悪の怪物。誰かに愛されたいと願いながら、同時に「自分は愛される価値がない」と否定し続けてきた、祈の心の闇そのもの。
「キシャアアアアアッ!!」
怪物が叫び声を上げた。 その咆哮は衝撃波となり、周囲の空間ごと二人を押しつぶそうとする。壁がひび割れ、天井が崩落してくる。
「くっ……! 質量攻撃か!」
鏡花がサブアームを展開し、瓦礫を防ぐ。だが、怪物の攻撃は物理だけではない。 黒い粘液が鞭のように伸び、クリスの手足を絡め取ろうとする。
『こっちに来て……。一緒に……消えよう……』
粘液に触れた部分から、強烈な自己否定の感情が流れ込んでくる。「死にたい」「消えたい」「無価値だ」。 精神を汚染する猛毒。
「……ッ、うっとうしいわね!」
クリスが、ナイフで粘液を切り払う。 だが、切っても切っても、黒い泥は増殖し、彼女を飲み込もうとする。
「お姉様! このままでは取り込まれます!」
「汚らわしい! 私たちの身体に触るな!」
アリアとカルアの人格が悲鳴を上げる。融合人格の同期率が乱れかける。
「落ち着きなさい!」
美流愛の人格が、二人を一喝した。 クリスは、踏みとどまり、怪物を見据えた。その醜い姿。 自分を呪い、傷つけ、世界を拒絶する姿。 それは、かつて「検体番号・零」として生きていた頃の、自分自身に重なって見えた。
「……見苦しいわね」
クリスは、怪物に向かって不敵に微笑んだ。その笑顔は、慈悲深く、そして傲慢だった。
「自分の顔を鏡で見なさいよ。……そんなに酷い顔をして、誰が愛してくれるって言うの?」
『愛して……くれない……。どうせ私は……ゴミだから……』
「違うわよ」
クリスは、一歩前に出た。粘液の攻撃を、紙一重で躱す。舞うようなステップ。
「何言ってるの。……アンタは可愛いわよ」
その言葉に、怪物の動きが止まった。
「ちょっとドジで、泣き虫で、面倒くさいけど……。でも、必死に生きてる」
クリスは、改造ペンライトを構えた。光刃が、まばゆい輝きを放つ。
「私が認めたんだから……間違い無いのよッ!!」
それは、かつて美流愛が祈に言えなかった、素直な肯定の言葉。 そして、自分自身への許し。
「消えなさい、悪い夢!」
クリスが跳躍した。 双子の魔力が、美流愛の技に重なる。固有能力『真愛幻影』――一点集中。
無数のクリスの幻影が重なり合い、巨大な光の槍となって怪物を貫く。狙うは、怪物の背後にある本体――「鏡」だ。
「砕けろォォォッ!!」
パリンッ!!
クリスの一撃が、鏡の中央を捉えた。 硬質な音が響き渡り、鏡面に亀裂が走る。次の瞬間、鏡は粉々に砕け散った。
『あ……あぁ……』
怪物の姿が、霧散していく。 黒い粘液が蒸発し、ピンク色の光の粒子となって消えていく。後に残ったのは、静寂だけ。
ゴゴゴゴゴ……。
世界が揺れた。 鏡が割れたことで、この階層を維持していた結界が崩壊したのだ。極彩色の景色に亀裂が入り、剥がれ落ちていく。
その向こう側から、エレベーターの扉が姿を現した。 チン、という軽やかな音と共に、扉が開く。
中は、底なしの暗闇だった。 次の階層。 より深く、より痛ましい記憶が眠る場所。
「……行きましょう」
クリスは、乱れた髪を払い、ナイフを収めた。その表情は、戦いの高揚感から、覚悟を決めた戦士の顔に戻っていた。
「次は……きっともっと辛い記憶よ」
鏡花が頷く。
二人は、エレベーターへと乗り込んだ。扉が閉まる。 箱は、さらなる深淵へと、音もなく下降していく。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




