第二十一話「アナザー・ヴァース」2
第二章 秋葉原のメス、池袋のスポットライト
千代田区、秋葉原。 かつては電気街として名を馳せ、今はサブカルチャーの聖地として世界中から人々が集まる、喧騒の街。 その一角にそびえる、帝都大学医学部附属病院。 白亜の巨塔の最上階に近い手術室で、張り詰めた緊張感が糸のように漂っていた。
「バイタル安定。……閉胸します」
鉄鏡花が、冷静な声で告げた。 その声には、一切の感情の揺らぎがない。手術室の照明が落とされ、赤い「手術中」のランプが消える。 難易度の高い心臓バイパス手術。 他の医師なら数時間は要する工程を、彼女は神業のような手際と速度で完了させた。 同僚たちからは「神の手」と称賛され、若くして医局のホープと目されている。 彼女の手にかかれば、どんな絶望的な症例も、論理的に「解体」され、そして「再構築」される。
だが、彼女自身は満たされていなかった。
手術を終え、更衣室で白衣に着替えた鏡花は、休憩室の自販機で買ったブラックコーヒーを一口飲み、眉をひそめた。
「……甘い」
ボタンを押し間違えたわけではない。 缶には「ブラック・無糖」の文字。なのに、なぜか舌に残る後味が甘ったるく、不快に感じる。 あるいは、彼女の味覚が、もっと「焦げ付くような苦味」や「鉄錆の味」を求めているのかもしれない。
彼女は、自分の手を見つめた。 白く、繊細で、温かい生身の手。 機械ではない。オイルも流れていない。 皮膚の下には血管が走り、ドクドクと脈打っている。
それなのに、時折、この指先が冷たい鋼鉄に変わる夢を見る。 無骨で、冷たくて、けれど誰よりも正確に動く機械の腕。 そして、その鋼鉄の腕で、誰かの命を救い、あるいは敵を粉砕する夢を。
「……非論理的だ」
鏡花は眼鏡の位置を直し、ため息をついた。幻肢痛にも似た違和感。失ったはずのないものを、失ったと感じる喪失感。
彼女は知らない。 その「非論理的」な夢こそが、かつて彼女が生きた別の世界の真実であることを。そして、この温かい手が、泥だらけの仲間たちの手を握りしめ、共に地獄を生き抜いた証であることを。
豊島区、池袋。 若者のエネルギーが渦巻くこの街の路地裏に、一軒のライブハウスがあった。 『セルロイド・ドリーム』。 地下へと続く階段を降りると、そこは熱気で酸欠寸前だった。
「行くよ! みんなーッ! ついてきて!」
ステージ上で、MIRUA(白雪美流愛)がマイクを突き上げる。 地下アイドルグループ「Night☆Lily」の絶対的センター。スポットライトを一身に浴び、汗を煌めかせながら踊る彼女の姿は、観客にとっての「救い」そのものだった。
彼女のダンスは完璧で、その歌声は観客の魂を鷲掴みにする。 殺し屋としての鋭さはない。冷徹な計算も、効率的な殺傷技術もない。あるのは、観客を魅了する愛嬌と、計算し尽くされたプロ意識。 そして、誰よりも「輝きたい」という純粋な渇望。
「お姉様ーッ!! こっち向いてーッ!!」
「尊い! 今日のウインク、破壊力高すぎですわ!」
最前列では、お揃いの特攻服を着た双子のファン――亜莉愛と華琉愛が、サイリウムを振り回して絶叫している。彼女たちはただの熱狂的なファンであり、美流愛とは血の繋がりもない。 赤の他人だ。だが、その瞳には、血縁以上の崇拝と忠誠が宿っていた。 彼女たちにとって、美流愛はただのアイドルではない。人生を捧げるべき、絶対的な君主なのだ。
「アンコール! アンコール!」
歓声の波が、美流愛を包み込む。 彼女は、汗だくになりながら微笑んだ。 まぶしいライト。割れんばかりの拍手。 これが、私が求めていたもの。これが、私の居場所。
でも、どこかで思う。
(私……もっと、広い場所で歌っていた気がする)
観客席ではなく、瓦礫の山で。 サイリウムではなく、火花が散る中で。 マイクではなく、ナイフを握って。 もっと、命がけで、魂が震えるような「ステージ」に立っていたような気がする。 そこには、こんな黄色い声援はなかったけれど。 もっと乱暴で、不器用で、けれど心強い「仲間」の声があったような。
「……ありがとう!」
美流愛は、そんな妄想を振り払い、深々と頭を下げた。 今の彼女にあるのは、この小さなステージと、熱狂してくれるファンたちだけだ。それで十分なはずだった。 平和な日常こそが、かつての彼女が夢見た「普通の女の子」の幸せなのだから。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




