第二十一話「アナザー・ヴァース」3
第三章 渋谷の交差点、すれ違う運命
夕暮れ時。 渋谷区、スクランブル交差点。 通り雨が上がり、濡れたアスファルトが西日を反射してオレンジ色に輝いている。信号待ちの人波。巨大ビジョンの音と、若者たちの喧騒が混ざり合い、都市の鼓動を刻んでいる。
その雑踏の中に、二人の女子高生がいた。
「……でさー、数学の課題、マジ意味わかんなくない?」
「あはは! 響ちゃん、授業中寝てたもんね」
辰巳響と、美咲。 二人は、タピオカドリンクのカップを片手に、他愛のない話で盛り上がっている。
響の背中に、龍の翼はない。美咲の首に、勾玉はない。世界を滅ぼす力も、救う力もない。 ただの、テストの点数に悩み、新作のスイーツに一喜一憂する、どこにでもいる高校生。
「あーあ。……なんか面白いことねーかなぁ」
響が、ストローを噛みながら空を見上げた。 退屈だ。 平和すぎて、あくびが出る。 けれど、その退屈さが、何よりも代えがたい宝物であることを、彼女の魂の深層は知っている。
「平和が一番だよ、響ちゃん」
美咲が微笑む。 その笑顔は、かつて世界を浄化しようとした無機質なものではなく、温かい血の通ったものだった。
「……ま、そうだけどよ」
信号が青に変わる。 『通りゃんせ』のメロディ。膨大な人が、一斉に動き出す。
その人波の中で。 響は、一人の女性とすれ違った。
黒いロングコートを着た、銀髪の女性。少し疲れたように背を丸め、口元に煙草をくわえた、柄の悪そうな美人。
「……あ」
響が、思わず足を止めた。 女性――久遠灯もまた、何かを感じたように足を止めた。
二人の視線が、雑踏越しに交差する。
数秒の沈黙。 周りの音が遠のく。車のクラクションも、人々の話し声も消え、ただ心臓の音だけが響く。
記憶はない。 名前も知らない。会ったことさえ、ないはずだ。
だが、魂の奥底で、何かが共鳴した。懐かしさ。切なさ。泥だらけの手で掴み合った感触。 背中を預けた温度。 そして、失われた世界の記憶。
「……なにか?」
灯が、ぶっきらぼうに尋ねた。その声。低くて、ハスキーで、でもどこか安心する声。
「あ、いや……」
響は、頭をかいた。 なんて言えばいいのかわからない。 ナンパだと思われても仕方がない。
「なんか……どっかで会ったことあるような気がして」
「……よく言われるよ。ありふれた顔なんでな」
灯は、ふっと笑った。 その笑顔は、かつて絶望の淵で仲間たちに見せた、あの頼もしい笑顔と重なった。
「……そっか。変なこと言って悪かったな」
「気にするな。……元気でな、嬢ちゃん」
灯は、軽く手を挙げて歩き出した。響もまた、小さく会釈をして、美咲の元へと戻る。
「響ちゃん? 誰?」
「んー? ……知らね。ただの通りすがり」
響は、タピオカを一口飲んだ。 甘い。安っぽくて、体に悪そうで、最高に美味い味。
「……帰ろうぜ、美咲」
「うん!」
二人は歩き出す。 灯もまた、雑踏の中へと消えていく。
もう二度と、彼女たちが「リコリス・バロック」として集うことはない。神殺しの冒険も、世界を救う戦いもない。 けれど、その絆は消えていない。 この平和な世界そのものが、かつて彼女たちが命を懸けて守り抜き、再構築した「証」なのだから。
灯がふと見上げると、ビルの谷間に大きな虹がかかっていた。七色の光。 かつて見た、四つの血と銀色の光が織りなした、奇跡の色。
「……へっ。悪くねえ天気だ」
灯は紫煙を吐き出し、ポケットに手を突っ込んだ。 指先に触れたのは、空っぽの「わかば」の箱。彼女はそれを握りしめ、新しい日常へと足を踏み出す。
「……さて、仕事するか」
東京の空に、夜が来る。 それは、誰も泣かなくていい、優しくて退屈な、最高の夜だ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




