第二十話「崩壊と再生のワルツ」2
第二章 神の子、目覚める
「させませんッ!!」
瓦礫の中から、天羽祈が立ち上がった。 足は震え、呼吸は浅い。だが、その瞳には決して折れない意志の光が宿っていた。彼女は杖を床に突き立て、血を吐くように叫んだ。
「これ以上……私の家族を傷つけるな!!」
祈の背中から、光と闇の粒子が噴き出した。 右には漆黒の悪魔の翼、左には純白の天使の翼。 それらが複雑に絡み合い、灰色の巨大な翼となって展開される。
『祈りの魔天子』。
自らの命を薪にして燃やす、最後の輝き。灰色の光が波紋のように広がり、アヴァベルが支配していた重力場を一時的に中和する。 空間の歪みが正され、仲間たちの身体が軽くなる。
「灯さん! 響ちゃん! ……今です!」
「おうよ!!」
辰巳響が吼えた。 彼女は、人の姿を捨てた。全身がサファイアのような青い鱗に覆われ、額からは鋭利な角が生え、眼球が爬虫類の金色に染まる。 東洋の龍としての完全なる顕現。自我が消し飛ぶギリギリの領域まで、リーリンからの龍脈を取り込み、肉体を再構築したのだ。獣の本能が、理性を食い破る。ただ「敵を殺す」という純粋な殺意だけが、彼女を突き動かす。
「オオオオオオオッ!!」
響が、アヴァベルに突っ込む。 その爪が、魔王の障壁を食い破り、火花を散らす。 久遠灯も続く。四つの血を臨界点まで高め、右腕を赤熱させる。
「届く……! 今なら!」
灯の拳が、アヴァベルの顔面に迫る。 勝利の予感。この一撃で、全てが終わるはずだった。
だが、魔王は冷酷に微笑んだ。 その笑みは、チェックメイトを確信した棋士のものだった。
「……愚かね」
アヴァベルの胸から、音もなく黒い杭が射出された。それは灯を狙ったものではなかった。 防御を捨てて突っ込んできた、響の心臓。 そして、その射線上にいる、無防備な美咲。
「しまっ……!?」
灯が気づいた時には、遅かった。 黒い杭は、空間を削り取りながら、一直線に美咲へと向かっていた。
ドスッ。
嫌な音が響いた。 肉を貫き、骨を砕く、湿った破壊音。
響の動きが、空中でピタリと止まる。彼女の胸を、漆黒の杭が深々と貫通していた。 美咲を守るために、自ら軌道を変え、盾になったのだ。
「……あ?」
響が、大量の血を吐く。 龍の力が霧散し、青い鱗が剥がれ落ちていく。 生命の灯火が、フッと消える感覚。
「……響……?」
灯が、拳を止める。 目の前で、相棒が崩れ落ちていく。 スローモーションのような時間の中で、響の身体が重力に従って傾いていく。
ドサッ。
響は、美咲の足元に倒れ込んだ。血溜まりが広がり、美咲の靴を赤く染める。
「響ちゃん!!」
「響!!」
美咲と灯の悲鳴が重なる。響は、虚ろな目で美咲を見た。 口から溢れる血が、言葉を遮る。 それでも、彼女は血に濡れた手を、親友の方へと伸ばした。 その手は小刻みに震えていた。
「……逃げ、ろ……。美、咲……」
「いやだ……! 響ちゃん、死なないで! いやだぁ!」
美咲が、響の手を握りしめる。 冷たい。いつも温かかった手が、急速に熱を失っていく。
「……約束、したろ。……守るって……」
響の口元に、微かな笑みが浮かぶ。 それは、放課後の教室で、タピオカを飲んで笑った時と同じ、無邪気な笑顔だった。
「……わりぃ。……タピオカ、奢れなくなっちまった……」
「そんなこと言わないでよ! ……いくらでも奢るから! だから……!」
響の手から、力が抜けた。 パタリ、と地面に落ちる。動かない。 タピオカの約束も、一緒に帰る約束も、ここで途切れた。
「……響、ちゃん……?」
美咲が揺さぶるが、返事はない。 ただ、静寂だけが返ってくる。
「……あ……あぁ……」
美咲の喉から、空気の漏れるような音がした。理解できなかった。 目の前で、一番大切な友達が死んだ。私を守るために。 私が弱かったせいで。私がここにいたせいで。
「……いやだ」
美咲の手が、響の冷たくなっていく頬に触れる。 温かかった手が、冷たい。いつだって私を引っ張ってくれた手が、動かない。もう二度と、私の名前を呼んでくれない。
「……響ちゃん」
美咲は、首元の『四血の勾玉』を握りしめた。彼女の中で、何かが壊れる音がした。 理性という名の堤防が決壊し、感情の濁流が溢れ出す。悲しみ、後悔、そして世界へのどうしようもない憎悪。
「……返して」
バキッ。
勾玉に亀裂が入る。 悲しみと絶望、そして沸き上がるどす黒い怒りが、最強の封印を内側から破壊する。
「返して……。響ちゃんを……返してよぉッ!!」
パリーン!!
勾玉が砕け散った。瞬間、世界の色が反転した。
アヴァベルの放つ闇も、城の黒さも、全てが「銀色」に塗り潰されていく。 音のない爆発。 色彩の消失。
美咲の背中から、光の翼が出現する。それは天使の翼でも、龍の翼でもない。 幾何学的な光の結晶体。 世界を初期化するための、神のシステム。
救世主『神の子 ミサイア』。 完全覚醒。
美咲の姿が変わる。眼鏡が砕け散り、黒髪が根元から銀色に染まる。 その瞳からは、涙ではなく、光の粒子が溢れ出していた。 感情が消え、個が消え、ただ「浄化」という機能だけが残る。
「……罪深き者よ。消えなさい」
美咲の声ではない。 宇宙の真理が喋っているような、無機質な多重音声。彼女が視線を向けただけで、アヴァベルの禍々しい翼が燃え上がり、灰になって崩れ落ちる。
「グアァァァッ!? ……この光は……毒ッ!?」
アヴァベルが絶叫する。 魔にとっての猛毒。存在を否定する光。絶対的だった魔王が、恐怖に顔を歪めて後退る。 彼女の全能感が、銀色の光の前では無力な紙屑のように剥がれ落ちていく。
美咲は、響の亡骸を抱きしめたまま、ふわりと空へと浮き上がった。その姿は、あまりに神々しく、そして悲しいほどに非人間的だった。
「……世界など、いらない」
ミサイアが呟く。響のいない世界になど、価値はない。 だから、全てを消す。 純粋すぎる結論が、滅びの光となって収束していく。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




