第二十話「崩壊と再生のワルツ」1
第一章 傲慢なる簒奪者
魔王城の最上階。 長く続いた螺旋階段の果てに存在する「玉座の間」は、この世の物理法則がねじ曲げられ、再構築された異界と化していた。
壁面は脈動する生体組織のような肉塊に覆われ、天井からは紫色の高濃度魔力が、巨大なシャンデリアのように垂れ下がっている。空気は水銀のように重く、呼吸をするたびに肺胞が焼けつくような感覚に襲われる。 そこは、城というよりは、巨大な捕食者の胃袋の中だった。
その中心で、久遠灯は血反吐を吐きながら床を転がった。
「……ハァ、ハァ……ッ! 化け物め……!」
灯は、震える手でM500を杖にし、片膝をついて辛うじて体を支える。視界が赤い。額から流れた血が目に入り、世界を赤く染めている。彼女の周囲では、共に突入した仲間たちが無残に伏していた。
ルシウス・クロウリーは、聖遺物の光を失った十字架の下で倒れ、ピクリとも動かない。エミル・ノスフェラトゥは、壁に叩きつけられ、全身の骨を砕かれて気絶している。 天羽祈だけが、かろうじて立っていた。だが、彼女が展開する灰色の結界――『魔天子』の片鱗は、ガラス細工のようにヒビが入り、今にも砕け散りそうだ。
灯の背後、瓦礫の陰。 そこに、美咲がうずくまっていた。 彼女は恐怖に震えながらも、灯の背中を見つめ、必死に祈っている。 首元の『四血の勾玉』が、彼女の暴走を抑え込んでいるが、その光は風前の灯火だ。
「くっ……! 灯さん……これ以上は……!」
祈が悲鳴を上げる。 その視線の先。 玉座には、傲慢の魔王 アヴァベルが、退屈そうに脚を組んで座していた。
真祖ヴィクトルから奪った「虚無」の権能。 四神・朱雀から吸収した「焦熱」の神気。 そして、彼女自身が磨き上げた「吸血鬼」の魔力。 それらが融合し、不可視の要塞となって彼女を守っている。
「どうしたの? 威勢がいいのは口だけ?」
アヴァベルが、艶やかに嘲笑う。彼女は玉座から一歩も動いていない。ただ指先を指揮者のように振るうだけで、空間を折り曲げ、重力を操り、灯たちを子供のようにあしらっていた。 接近することさえ許されない、絶対的な拒絶。
「……黙ってろ、アマ」
灯は、歯茎から血が出るほど食いしばり、立ち上がろうとする。 だが、見えない鎖(重力波)が全身を縛り付け、地面へと縫い留める。ミシミシと、骨がきしむ音が体内で響く。
「無駄よ。……今の私は『理』そのもの。貴女たちがどう足掻こうと、私の庭では私の法則に従ってもらうわ」
アヴァベルの真紅の瞳が、細められる。 彼女が見ているのは、灯たちではない。 その背後に隠された、銀色の気配――美咲だ。
彼女は知っている。真祖を殺す猛毒、『救世主』の存在を。自分が完全なる神になるためには、その不確定要素をここで摘み取らねばならない。
「さあ、出しなさい。……貴女たちが隠し持っている『毒』を」
アヴァベルが手を伸ばす。 空間が圧縮され、灯の身体を万力のように締め上げる。
「ぐァ……ッ!」
「まずは貴女から壊してあげる。……愛しい灯」
ベルベットにとって、兄レオンハルトが生み出した灯は「姪」にあたる。 だが、その呼びかけに親愛の情などない。 あるのは、出来損ないの親族を処分するような、冷徹な殺意だけ。 死の窒息感が灯を包み込む。
「……灯ッ!!」
その時、重苦しい空気を裂いて、裂帛の気合いが響いた。 入り口の瓦礫が爆ぜ飛び、蒼い雷光を纏った砲弾が飛び込んでくる。
辰巳響だ。
彼女は、アヴァベルの放っていた重力場を強引に突破し、灯の前に滑り込んだ。
バリバリバリッ!!
響の全身から放たれた雷撃が、灯を縛っていた重力の鎖を断ち切る。
「響……! 来たか!」
「遅くなって悪かったな!」
響の後ろから、雪崩を打って仲間たちが突入してくる。青い風を纏った王 麗琳。 ガトリングガンを構えた鉄鏡花。殺意に満ちた白雪美流愛と双子たち。そして、炎の翼を広げた李 小蓮。
陳 幽寂とチャーリー・Sは、城門で敵の大軍を食い止めるために残った。ここにいるのは、魔王の首を取るための精鋭たち。 リコリス・バロックと協力者たち、総勢7人が集結した。
響は、灯の背後――瓦礫の陰に隠れていた美咲の姿を確認し、深く息を吐いた。 美咲は響の姿を見て、涙目で小さく手を振った。
「……よかった。無事だな、美咲」
「響ちゃん……!」
美咲が、すがりつくように響の足元へ這い寄る。その体温を感じて、響の胸に安堵が広がる。守れた。まだ、間に合った。 最悪の事態――美咲が暴走し、世界を食い尽くす未来は回避されている。そして、彼女をここまで守り抜いてくれた灯への感謝。
「あら。観客が増えたわね」
アヴァベルは、増援を見ても眉一つ動さなかった。むしろ、まとめて葬れることを喜ぶように、口角を吊り上げる。 彼女の視線は、響の背後にいる美咲に固定されている。
殺意。 明確な排除の意志。
「それがメシアね。……目障りよ」
アヴァベルが、玉座から立ち上がった。 それだけの動作で、城全体が悲鳴を上げて震える。背中の六枚の翼が展開し、膨大な魔力が部屋を埋め尽くす。
「私の世界に、神は二人もいらない。……私が秩序であり、私が救いなのだから」
「……寝言は寝て言え!」
灯が咆哮した。彼女は立ち上がり、仲間たちを見渡す。 全員、ボロボロだ。 だが、その瞳に宿る光は、かつてないほど強く燃え上がっている。
「総員、構えろ! ……ここが墓場だ! 全力でぶっ叩け!」
灯の号令と共に、リコリス・バロック全員が動いた。
「オラオラオラァッ!」 響が雷を呼ぶ。 「切り裂け、風よ!」 リーリンが真空の刃を放つ。「燃え尽きろ!」 シャオが朱雀の炎を投げつける。「全弾発射!」 鏡花がミサイルを撃ち込む。「フィナーレよ!」 美流愛がワイヤーで死角を突く。
ありったけの火力が、玉座へ殺到する。全員が、美咲を守るための盾となり、剣となる。 光、炎、雷、風。 属性の嵐が、魔王を飲み込もうとする。
だが。
「……うるさいわね」
アヴァベルが、鬱陶しそうに黒い翼を広げた。 ただ、羽ばたいた。それだけだ。
ズガァァァァァン!!
衝撃波。 いや、それは台風以上のエネルギーを持った「拒絶」の暴風だった。迫りくる全ての攻撃が、空中で霧散し、かき消される。それどころか、余波だけで全員が吹き飛ばされた。
「きゃあああっ!?」
「ぐぅッ……!?」
美流愛が壁に叩きつけられる。リーリンの風が裂け、シャオの炎が消える。 鏡花の装甲がひしゃげる。 力の次元が違う。 彼女は既に、この世界の「理」そのものになっていた。
「もういいわ。……終わらせましょう」
アヴァベルが、美咲に向けて手を伸ばした。黒い霧が凝縮し、重力の鎖となって美咲を捕らえようと迫る。響たちを押しのけ、美咲だけを引きずり出し、握りつぶそうとする悪意の手。
「消えなさい、毒虫」
絶対的な死が、美咲の目前に迫る。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




