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リコリス・アナザー・ヴァース  作者: ネオもろこし
最終舞踊(ラストワルツ)編

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第十七話「蝕まれた太陽」2

第二章 魔王のアリア


 その時、世界中の大気が一斉に震えた。 物理的な振動ではない。 地球という惑星の磁場そのものが、新たな支配者の誕生に畏怖し、悲鳴を上げたのだ。


 天空に浮かぶ紫色の雲海が渦を巻き、巨大なレンズを形成する。 そこに投影されたのは、魔王城の頂上に座す一人の女の姿だった。


 ベルベット・ミラー。かつては吸血鬼の一族を率いる野心家に過ぎなかった女。 だが、今の彼女は違う。 背中からは、蝙蝠の飛膜と炎の羽毛、そして機械的なパイプが複雑に絡み合った、六枚の禍々しい翼が生えている。 頭上には、光を吸い込む黒い光輪(ヘイロー)。 その美貌は神々しいまでに研ぎ澄まされ、真紅の瞳は、地上の全てを見通すかのような冷徹な輝きを宿していた。


 真祖の「虚無」、四神(朱雀)の「熱量」、そして魔界の「混沌」。 それら全てを『メシアの血』という触媒で強制的に融合させ、飲み込んだ存在。 もはや吸血鬼ではない。この世界を塗り替えるために生まれた、絶対的な簒奪者。


『傲慢の魔王 アヴァベル』。


『聞こえるかしら、地上の愛しき家畜たち』


 彼女の声は、スピーカーを通したものではなく、風そのものに乗って世界中に響き渡った。優雅で、慈悲深く、そして鼓膜の奥で拒絶を許さない絶対的な強制力を持った声。東帝都のビル街でも、虹海のスラムでも、ノクタルニアの森でも、すべての人間がその声を聞き、空を見上げていた。


『嘆くことはないわ。……古い神も、怠惰な真祖も、もういない。世界を放置し、無秩序な争いを許してきた無能な管理者たちは、私が処分したわ』


 アヴァベルは、玉座の肘掛けに頬杖をつき、退屈そうに指先を躍らせた。


『これからは私が法であり、秩序よ。……痛みも、迷いも、自由という名の苦しみも、全て私が管理してあげる』


 それは、究極の独裁宣言。個の意志を剥奪し、彼女というシステムの一部として世界を再定義するという、慈愛に満ちた悪夢。


『さあ、始めましょう。……世界を私の色に染め上げる、最後の舞踏会(ラスト・ワルツ)を』


 アヴァベルが、指揮者がタクトを振るように、指先を軽く跳ね上げた。


 ズズズズズ……!!


 大地が、悲鳴を上げた。 融合した異界のパッチワーク――その地面の裂け目から、どす黒い泥と共に、無数の影が湧き出したのだ。


「……な、なんだアレは……」


 エミル・ノスフェラトゥが、青ざめた顔で後ずさる。 現れたのは、悪夢の中でしか存在し得ない、冒涜的な混成(ハイブリッド・)軍団(アーミー)だった。


 白銀の甲冑を着たH.L.O.H.の騎士たち。だが、その兜からは悪魔の角が生え、背中からは汚れた翼が伸びている。額に護符を貼ったキョンシーたち。だが、その肉体は機械化され、聖なる光を放つ銃器と融合している。吸血鬼の貴族たち。だが、その肌は腐り落ち、ゾンビのように飢餓に喘いでいる。


 天使、悪魔、妖怪、吸血鬼、機械。 本来なら相容れないはずの種族たちが、アヴァベルの「傲慢」な魔力によって無理やり繋ぎ合わされ、一つの軍隊として統合されていた。 彼らの瞳に自我はない。 あるのは、女王への絶対的な服従と、敵対者への殺意のみ。


「……趣味が悪いにも程があるぞ、ベルベット」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、嫌悪感を露わにして唸る。 それは、個性を無視し、ただ「力」として混ぜ合わせただけの、命への冒涜だった。


「数が多い……! 数万、いや数十万か!?」


 王 麗琳(ワン・リーリン)が、青龍の眼で戦場を見渡し、戦慄する。地平線を埋め尽くす異形の軍勢。 それだけで、一つの国を滅ぼすには十分な戦力だ。


 だが、真の絶望は、数の暴力ではなかった。


『まずは……舞台を整えましょうか』


 アヴァベルが、ホログラムの中で微笑んだ。彼女は、東の方角――かつてノクタルニアとの国境にあった、巨大な山脈に向けて、手のひらをかざした。


『邪魔よ』


 ただ、それだけ。 魔法陣も、詠唱もない。 彼女の「消えろ」という意志が、物理的な現象として具現化した。


 フッ。


 音が消えた。次の瞬間、山脈が「消失」した。


 爆発ではない。崩壊でもない。 まるで、最初からそこに山など存在しなかったかのように、空間ごと削り取られ、無へと置換されたのだ。数秒遅れて、大気が空白を埋めようと殺到し、凄まじい爆風が巻き起こる。


 ゴオオオオオオオッ!!


「……ッ、出力が違いすぎる」


 鉄鏡花くろがね きょうかが、吹き飛ばされそうになる身体を装甲車に固定しながら叫んだ。彼女の義眼カメラアイが、計測不能のエラーを吐き出し続けている。


「 ……あれは生物ではない! 歩く戦略兵器、いや、災害そのものだ!」


「あんなもん、どうやって倒すんだよ……」


 美咲みさきが、震える手で響の袖を掴む。 彼女の「救世主」としての本能が、アヴァベルを「絶対に勝てない捕食者」として認識し、警鐘を鳴らしていた。 真正面からぶつかれば、一瞬で蒸発する。 近づくことさえ、許されない。


「……マジかよ」


 チャーリー・Sの額を、冷や汗が伝う。 彼はサングラスを外し、その神獣の目で絶望的なエネルギーの奔流を見つめた。 四神として生きてきた彼でさえ、これほどの理不尽な力は見たことがない。


「真正面からぶつかれば、俺たちの全戦力を投入しても、3秒もたねえぞ……」


 沈黙。 圧倒的な「死」の予感が、丘の上の空気を重く押し潰す。 誰もが、言葉を失っていた。


 だが。


「……へっ」


 乾いた笑い声が、一つだけ響いた。


 久遠灯(くおん あかり)だった。彼女は、山が消えた方角を見つめながら、ニヤリと口角を吊り上げていた。 その瞳には、恐怖も絶望もない。あるのは、困難な依頼(ヤマ)を前にした時の、ふてぶてしい探偵の光。


「ビビってんじゃねえよ、野郎ども」


 灯は、仲間たちの方を振り返った。 その手には、M500が握られている。


「正面から行かなきゃいいだけの話だろ」


「灯……? 何か策があるの?」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が問う。


「ああ。……喧嘩ってのはな、力が強い方が勝つんじゃねえ。最後まで立ってた方が勝つんだ」


 灯は、アギトの丘の洞窟――かつて神と悪魔が密約を交わしたとされる隠し部屋を指差した。


「作戦会議だ。……こっちには、あいつが持ってない最高の『手札』が揃ってるんだ」


 灯の視線が、一人ひとりを巡る。 神、悪魔、吸血鬼、人間、サイボーグ、クローン。 バラバラで、歪で、傷だらけの家族たち。 アヴァベルが力で統合した軍勢とは対極にある、絆で結ばれた個の集まり。


「見せてやろうぜ。……完璧な独裁者様に、泥だらけの雑草の強さをな」


 灯の言葉に、全員の目に光が戻る。絶望は、決意へと変わった。


「行きましょう!」


 天羽祈(あもう いのり)が杖を掲げる。最後の作戦会議が始まる。夜明け前の最も暗い闇の中で、反逆の狼煙が上がろうとしていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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