第十七話「蝕まれた太陽」1
第一章 アギトの丘の再会
聖地アストエルの郊外、アギトの丘。 かつて神と悪魔が最初の契約を交わしたとされるこの伝説の地は、今や「世界の終わりの特等席」へと変貌していた。
次元の裂け目から吐き出され、柔らかな草地に転がった久遠灯は、全身を襲う倦怠感と戦いながら、重いまぶたを持ち上げた。隣では、ルシウス・クロウリーが十字架を支えに身を起こし、チャーリー・Sがサングラスを拭きながら空を見上げている。
「……ハァ、ハァ……。戻った、のか?」
灯の網膜に映ったのは、見慣れた空ではなかった。そこにあるはずの太陽は、どす黒い影に塗り潰され、縁だけが金環食のように不吉な光を放っている。空の色は、静脈血のような暗い紫色に染まり、雲は不自然な幾何学模様を描いて流れていた。
「おいおい……。俺たちがいない間に、世界はどうなっちまったんだ?」
チャーリーが、呆然と呟く。 彼らは、眼下に広がる光景に言葉を失った。
そこは、暴力的に統合された異界のパッチワークだった。白亜の城壁を誇った聖都アストエル。 無数の尖塔が林立していた宗教都市ヴァルチアン。深い峡谷の底にあった地下都市ヴァルハドキア。 そして、遥か東欧の霧深い森にあったはずのノクタルニア。
それら全く異なる場所にあったはずの都市や地形が、まるで子供が積み木を乱暴に混ぜ合わせたかのように、無理やり融合させられていたのだ。 教会の屋根を突き破って魔界の奇岩が隆起し、路地裏には吸血鬼の住まう古城の回廊が接続されている。聖なる鐘の音と、魔物の唸り声が不協和音となって響き渡る、混沌の国土。
境界線は溶け合い、大地には紫色の光脈が血管のように脈打ち、そこから立ち昇る濃密な魔力が空間そのものを支配している。
「空間圧縮……いや、世界規模の概念書き換えか」
ルシウスが、震える声で呻く。 これは、神の御業ではない。 もっと独善的で、貪欲で、そして傲慢な意志による「模様替え」だ。
そして、その中心。 かつて大聖堂があった爆心地に、天を衝く『魔王城』が鎮座していた。 真祖ヴィクトルの「虚無」の黒曜石。ドクター・メイの「機械技術」による金属の装甲。 H.L.O.H.の「聖域結界」による光の防壁。 それら全てを取り込み、悪夢の中で再構築したような、異形の巨城。
「……あの中に、何かいるのか」
灯は、直感した。 あの城の玉座に座る者が、この狂った世界を作り変えた元凶であることを。
「……灯さん!」
丘の下から、切迫した、けれど温かい声が風に乗って届いた。 灯が視線を落とす。 そこには、数台の車両と、武装した集団が展開していた。彼らもまた、突然変異した世界に戸惑いながらも、灯たちを見つけ、駆け寄ってくるところだった。
「灯さん……ッ!!」
先頭を切って飛び込んできたのは、天羽祈だった。 彼女は、灯の泥だらけのコートにしがみつき、顔を埋めた。その肩が小刻みに震えている。
「遅いです……! 遅すぎますよぉ……!」
「……悪い。ちょっと道に迷ってな」
灯は、祈の頭を撫でた。 その手は、真祖の血と魔天子の血によって再生し、以前よりも力強く脈打っている。
「遅ぇよ、バカリーダー!」
辰巳響が、泣き笑いの顔で灯の肩を殴った。手加減なしの一撃。だが、今の灯には心地よい痛みだった。
「魔界なんぞで油売ってんじゃねぇよ! ……心配、させやがって」
「へっ。土産話は山ほどあるぜ。……タピオカはねえけどな」
灯が笑うと、響も鼻をすすりながらニカっと笑った。
その後ろには、鉄鏡花が、端末を操作しながら安堵の息を漏らしている。白雪美流愛は、呆れたように腕を組みつつも、その目尻には光るものがあった。 双子の亞莉愛と華琉愛は、手を取り合って喜んでいる。
それだけではない。 虹海から駆けつけた王 麗琳が、青いドレスを風になびかせて微笑んでいる。陳 幽寂が、無事な帰還を祝うようにキセルを吹かす。 その隣には、新生・朱雀となった李 小蓮が、興味津々な目で灯を見つめている。ノクタルニアから来たエミル・ノスフェラトゥは、灯の無事を確認し、へなへなと座り込んでいた。
東帝都、虹海、ノクタルニア。 灯たちが旅の中で出会い、拳を交わし、絆を結んだ仲間たちが、一堂に会している。
そして。 響の傍らで、一人の少女が不安げに立ち尽くしていた。黒縁眼鏡。地味な制服。 だが、その首元には七色に輝く勾玉がかけられ、全身からは隠しきれない神聖なオーラが漏れ出している。
美咲。
「……灯。紹介するぜ」
響が、美咲の背中を押した。
「こいつが、アタシのマブダチ。……そんで、このふざけた世界を救う『救世主』だ」
「……はじめまして。灯、さん」
美咲が、おずおずと頭を下げる。その瞳には、戸惑いと恐怖、そしてそれを必死に抑え込もうとする芯の強さがあった。
「……ああ。話は聞いてる」
灯は、美咲の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。 吸血鬼の本能が告げている。この少女の血こそが、自分たちを灰にする猛毒であり、同時に世界を浄化する唯一の希望であると。
「大変だったな。……よく耐えた」
灯は、美咲の頭にポンと手を置いた。 美咲が、驚いたように目を見開く。
「怖がらなくていい。……ウチの連中は、ちっとばかり柄が悪いが、家族を売るような真似はしねえ」
灯の言葉に、美咲の瞳から涙がこぼれた。彼女はずっと怖かったのだ。 自分が自分でなくなってしまう恐怖。世界中から狙われる恐怖。 だが、この人の手は、そんな恐怖を吹き飛ばすほどに温かかった。
「……はい!」
美咲が、力強く頷く。
「……揃ったな」
灯は立ち上がり、全員の顔を見渡した。傷だらけで、泥だらけで、疲労困憊の魔女たち。だが、その瞳は誰一人として死んでいない。 絶望的な光景を前にしてもなお、戦う意志を失っていない。
灯は、ポケットから空になった「わかば」の箱を取り出した。もう中身はない。 だが、それは彼女が日常へ帰るための、大切な切符だ。 彼女は箱を握りつぶし、魔王城の方角へと投げ捨てた。
「土産話は山ほどあるが……まずは、あのクソデカい城の主人に挨拶しなきゃならねえみたいだ」
灯の視線の先。 巨大な黒い城郭の頂上から、世界を圧するような視線が降り注いでいた。世界の全てを奪い取った簒奪者。
さあ、始めようか。 最後の喧嘩を。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




