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リコリス・アナザー・ヴァース  作者: ネオもろこし
最終舞踊(ラストワルツ)編

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第十六話「朱き継承」3

第三章 メシアの予言


 東帝都から飛び立った超音速輸送機(チャーター機)は、ユーガリア大陸の上空を、悲鳴のような風切り音を立てて疾走していた。 機内には、重苦しい沈黙が満ちている。辰巳響たつみ ひびきは、窓枠に額を押し付け、眼下を流れる大地を凝視していた。


「……おい、鏡花。まだ着かねえのか?」


 響が苛立ち交じりに問う。 計器上では、目的地上空に到達しているはずだった。


「座標は合致している。……だが」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)の声が、珍しく動揺に震えた。


「視覚情報と地図データが一致しない。……地形が変わっている」


「はぁ? 何言ってんだ……」


 響が窓の外を覗き込む。 そして、絶句した。


「……なんだ、ありゃ」


 響が窓の外を覗き込む。その隣で、王 麗琳(ワン・リーリン)もまた、青ざめた表情で眼下を見下ろした。 彼女の「青龍」としての感覚が、土地の悲鳴をダイレクトに感じ取っているのだ。


「……嘘でしょ。大地が、書き換えられているわ」


 眼下に広がっていたのは、彼女たちが知る荒野でも、峡谷でもなかった。


 白亜の城壁を誇った聖地アストエル。尖塔が林立していた宗教都市ヴァルチアン。 そして、深い峡谷の底にあった地下都市ヴァルハドキアへの入り口。


 それら全てが、巨大な影に飲み込まれていた。 大地には、幾何学的な紫色の紋様が血管のように脈打ち、そこから立ち昇る魔力が、空間そのものを支配している。


 そして、その中心。 かつて大聖堂があった場所に、禍々しくも神々しい「巨大な黒い城郭」が出現していたのだ。


 それは、ノクタルニアの古城と、虹海のタワー、そしてヴァルチアンの建築様式を悪夢の中で融合させたような、異形の巨城だった。 空は紫色に染まり、月は赤く輝いている。新たに誕生した支配者・アヴァベルが、一夜にして築き上げた「魔王の国」。


「……魔王の城かよ」


 響の声が震える。 あの中に、全ての元凶がいる。


「着陸ポイントを探せ! ……これ以上近づけば、対空結界に落とされるぞ!」


 鏡花の指示で、パイロットが機体を傾ける。 輸送機は、かろうじて原形を留めていたアストエル郊外の荒野へと、強行着陸を試みた。


 砂塵を巻き上げ、輸送機が着陸する。 ハッチが開くと同時に、響たちは外へと飛び出した。


「お待ちしておりました」


 瓦礫の陰から、数名の影が現れた。先頭に立つのは、黒い修道服を風になびかせた女性。シスター・ノアだ。 彼女は、生き残った孤児たちやH.L.O.H.の残党を率い、この変貌した世界で必死に抵抗を続けていたのだ。


「ノア様! 無事でしたか!」


 天羽祈(あもう いのり)が駆け寄る。


「ええ。……ですが、世界は御覧の通りです」


 ノアは、見えない目で黒い城を見上げた。


「魔王アヴァベル……。その力は、神の理を超えています。彼女は周辺都市を制圧し、自らの領土として書き換えてしまいました」


「……じっちゃん!」


 響が叫ぶ。姿を現したのは、一人の小柄な老人だった。陳 幽寂(チェン爺)。自らの足で大地を踏みしめ、その全身から歴戦の武人のごとき覇気を立ち昇らせている。 老いた背中は、岩山のように頼もしく見えた。 そして、その頭上から舞い降りた、真紅の翼を持つ少女。


「響ちゃん!!」


 李 小蓮(シャオ)だ。彼女は響に飛びつき、強く抱きしめた。 その背中には、炎で織られた幻影の翼が揺らめいている。 チャイナドレスは鮮やかな赤に染まり、全身から放たれる気配は、かつての暴走状態とは違う、神聖で力強いものだった。


「シャオ……お前、その姿……」


「へへっ。……もらっちゃった」


 シャオは照れくさそうに笑い、自分の胸を叩いた。


「朱雀の力をね。……私、新しい朱雀になったんだ!」


「……マジかよ」


 響は絶句し、そしてチェン爺を見た。 老人は、深く頷いた。


焔陽(イェンヤン)は逝った。……奴の最期の灯火を、この子が継いだんじゃ。……ワシら四神も、これでようやく揃ったわい」


 白虎のチェン爺。 青龍のリーリン。 玄武のチャーリー・S(行方不明だが、生きているはずだ)。 そして、朱雀のシャオ。


 役者は揃いつつある。だが、一番重要なピースが欠けていた。


「……灯は!?」


 響が、ノアに詰め寄る。


「灯と、ルシウスと、チャーリーはどこだ!? ……魔界の門に向かったはずだろ!?」


 ノアは、痛ましげに目を伏せた。その沈黙が、最悪の答えを予感させる。


「……門は、消えました」


 ノアの声が、乾いた風に乗って響く。


「灯さんたちのおかげで、噴出していた瘴気は止まり、物理的な亀裂は塞がりました。……ですが、それは同時に、出口が失われたことを意味します」


 彼女は、黒い城の足元、かつて峡谷があった場所を指差した。 そこは今、城の敷地の一部となり、完全に埋め立てられていた。


「灯さんたちは、魔界の内側から門を閉じ……そのまま、あちら側の世界に取り残されてしまったのです」


「は……?」


「こちらの世界とのパスは断絶されました。……私たちには、彼女たちの居場所を特定することも、助けに行く道を開くこともできません」


「そんな……」


 祈がその場に崩れ落ちる。 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、悔しげに唇を噛み切り、血を流す。 鏡花でさえ、計算不能の事態に沈黙した。


 命を懸けて門を閉じた結果、彼らは世界から弾き出され、迷子になってしまったのだ。助けに行く道すらない。 完全なる、ロスト。


「……どうやって助ければいいんだよ」


 響の声が震える。 圧倒的な魔王の城を前に、彼女たちはあまりに無力だった。 神の力も、科学の力も、届かない場所。


 絶望が、重い幕のように一行を包み込みかけた、その時。


「……あそこ」


 鈴を転がすような、静かな声が響いた。


 全員が振り返る。 そこに立っていたのは、響の背後でずっと俯いていた少女。黒縁眼鏡の奥で、瞳を閉じていた美咲だった。


 彼女は、ゆっくりと顔を上げた。 その瞳が、カッ、と開かれる。


「……ッ!?」


 全員が息を呑んだ。 美咲の瞳は、人間のものではなかった。白目まで全てが、水銀のように輝く銀色に染まっていたのだ。


 彼女の周囲に、銀色の粒子が雪のように舞い始める。 それは魔力ではない。 因果律そのものを観測し、確定させる「運命の視線」。


救世主(メシア)』の予言。


 美咲は、震える指をゆっくりと持ち上げ、黒い城の彼方――荒野の一角にある、小さな丘を指差した。


「あそこ……」


 美咲の声は、トランス状態にある巫女のように、無機質で、しかし確信に満ちていた。


「アギトの丘。……神と悪魔が、最初に約束をした場所」


「アギトの丘……?」


 ノアが復唱する。 それは、アストエルの伝承に残る、最も古い聖地。今は魔王の領土に取り込まれ、荒れ果てた丘陵に過ぎない場所だ。


「灯さんたちは……あそこから帰ってくるよ」


 美咲は、予言した。 彼女の銀色の瞳には、時空を超えた未来のヴィジョンが映っているかのようだった。次元の裂け目が開き、三つの影が地上へと帰還する光景が。


「……本当か? 美咲」


 響が、美咲の肩を掴む。 美咲は、銀色の瞳のまま、響を見て微笑んだ。


「うん。……だって、お腹が空いた匂いがするもん」


 その言葉に、根拠などなかった。だが、誰も疑わなかった。世界を救うために生まれた少女が、世界を救う英雄たちの帰還を告げたのだ。 それを信じなくて、何を信じるというのか。


「……決まりだな」


 響が、涙を拭って立ち上がった。その顔には、もう迷いはない。野性の勘が、美咲の予言を「正解」だと告げている。


「行こう。……迎えに行くぞ!」


 響が拳を突き上げる。


「灯たちが帰ってきた瞬間に……反撃開始だ! 全員で、あのクソ魔王の城をカチ割ってやる!」


「ええ! 行きましょう!」


「お供します、お姉様!」


「データリンク、再設定。……座標、アギトの丘」


「……僕も、行きます」


 エミル・ノスフェラトゥが、青白い顔で、しかし力強く進み出た。 吸血鬼の落ちこぼれ。だが、今は仲間を守るために剣を取る戦士。


 リコリス・バロック。 四神。 吸血鬼。 そして、救世主。


 種族も生まれも違う者たちが、一つの点に向かって動き出す。最後の合流地点。 そこで待つのは、感動の再会か、それとも魔王の罠か。答えを知るために、彼女たちは走り出した。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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