第十六話「朱き継承」2
第二章 朱き翼の継承
成層圏に近い高高度。東帝都から飛び立った最新鋭の超音速輸送機は、雲海を切り裂き、ユーガリア大陸を西へと疾走していた。
コックピットでは、常盤知事が手配した熟練のパイロットが、無言で操縦桿を握っている。客席には、束の間の休息を取るリコリス・バロックの面々と、協力者たち。
窓際の席で地図を広げていた王 麗琳が、不意に顔を上げ、分厚い窓ガラスに手を当てた。
「……どうした、リーリン?」
隣の席で、不安そうに膝を抱えていたエミル・ノスフェラトゥが問う。リーリンの碧眼は、進行方向――遥か彼方の西の空を、険しい表情で睨みつけていた。肉眼では見えない。だが、青龍としての感覚が、大気の悲鳴を捉えていた。
「空の色が変わったわ。……西で、とんでもないことが起きた」
世界を構成する「理」が、暴力的に書き換えられた感覚。龍脈が震え、怯えている。そして、その震源地から弾き出されるように、かつての同胞の灯火が消えようとしているのを感じた。
「朱雀の気配が……消えかけている」
リーリンは、両手を組み合わせ、祈るように目を閉じた。 彼女の背後から、青い風の粒子が立ち昇り、機体の壁をすり抜けて東の空へと駆けていく。 それは、遥か遠く離れた故郷――虹海にいる師匠への、風の伝言。
『……じっちゃん。聞こえる?』
魔都・虹海。下層スラム『澱河』。 復興が進む屋台で、肉まんを蒸していた陳 幽寂の手が止まった。湿ったスラムの空気に、一陣の清冽な風が混じり、彼の頬を撫でたのだ。そこには、リーリンの焦燥と、世界の危機を告げるメッセージが込められていた。
『ああ。……聞こえておるよ、青龍』
チェン爺はキセルを置き、西の空を見上げた。 老人の瞳には、四神・白虎としての深刻な色が浮かんでいた。
「真祖ヴィクトルが消え、もっと恐ろしいナニカが生まれたか。……そして、朱雀は」
その時だった。 西の空から、彗星のような赤い光の玉が飛来した。それは虹海の紅い霧を突き破り、一直線にスラム街へと落下してくる。
ヒュオオオオオッ……!!
光の玉は、チェン爺の屋台の前に音もなく着地した。熱はない。 あるのは、燃え尽きる寸前の蝋燭のような、儚く揺らめく魂の炎。
『……白虎よ』
炎の中から、聞き覚えのある、しかし酷く弱々しい声が響いた。 かつての盟友、朱 焔陽の声。
「焔陽か。……無惨な姿になったな」
チェン爺は、哀れむように炎を見つめた。肉体は滅び、核だけの状態。 放っておけば、数分で霧散して消滅するだろう。
『我は……過ちを犯した』
朱雀の魂が、悔恨に揺れる。
『力を求め、矜持を捨て、あの女狐に魂を売った。……その報いがこれだ。盾にされ、捨てられ、全てを奪われた』
『……そうか』
『だが……我はまだ、消えるわけにはいかん』
炎が、最後の力を振り絞って燃え上がる。 それは、神としての最後の意地。
『奴は……アヴァベルは、この世界を喰らい尽くすつもりだ。……止めねばならん。我の残り火を、正しき者に託して……!』
「託す、だと?」
チェン爺は眉をひそめた。
「簡単に言うでない。……朱雀の業火を受け継げる器など、そうそうおらんぞ。生半可な霊力では、継承した瞬間に燃え尽きて灰になる」
神の力を宿すには、強靭な肉体と、相応の霊的資質が必要だ。現在、虹海にいる実力者で、その器に耐えうるのはリーリンだけだ。だが、彼女は既に青龍の力を宿している。相反する朱雀の力を取り込めば、反発し合って自爆するだろう。そして、彼女は今ここにはいない。
「リーリンは青龍となり、ここにはおらん。……今の虹海に、お前の炎を受け止められる『空っぽの器』など、どこにも……」
『……わかっている。だが、このままでは……』
朱雀の光が弱まる。 時間がない。このままでは、四神の一角が永久に失われ、魔王に対抗する術がなくなる。
「……私がやる!」
その時、屋台の奥から元気な声が響いた。 李 小蓮だ。彼女は、蒸し上がった肉まんのトレイを置き、真っ直ぐに炎の前に進み出た。
「シャオ!? 何を言うておる!」
チェン爺が慌てて止める。
「お前は人間に戻ったばかりじゃ! ……そんな危険な真似、ワシが許さん!」
「でも、じっちゃん!」
シャオは引かなかった。 その瞳には、かつて「雷帝」として暴走させられた時の虚ろさはない。 自分の意志で選び、自分の足で立つ、強い光が宿っていた。
「私には……響ちゃんみたいな雷もないし、リーリンみたいな風もない。……ただの、カンフーが得意なだけの女の子だよ」
彼女は、自分の手を見つめた。 かつて兵器として改造され、強化された肉体。その呪われた過去さえも、今は力に変えようとしていた。
「でも、体は丈夫だよ。……それに、私だって響ちゃんたちの力になりたいの! 守られてばっかりじゃ、嫌なんだよ!」
シャオの脳裏に、ボロボロになって戦う響の姿が浮かぶ。 「友達だ」と言ってくれた笑顔。 今、その友達が、西の果てで絶望的な戦いに挑もうとしている。 ここで指をくわえて待っているなんて、できない。
「……器の資格なんてないかもしれない。でも、私の命でよければ……全部、あげる!」
シャオは、炎に向かって手を差し出した。
『……ほう』
朱雀の魂が、シャオを値踏みするように揺らめいた。かつて「雷帝」の器として調整された、人間離れした強靭な肉体。そして何より、己の命を顧みず、他者のために燃え上がろうとする魂の熱量。それは、朱雀が忘れかけていた「守護者」としての資質だった。
『……面白い。雷の器に、炎を注ぐか』
朱雀が笑った気がした。
『良かろう。……その覚悟、受け取った』
炎が渦を巻き、シャオの身体へと吸い込まれていく。
「ぐ、ぁああああッ!!」
シャオが絶叫する。全身の血液が沸騰し、細胞が焼き尽くされ、そして再生する。 チャイナ服が赤く染まり、背中から炎が噴き出す。
「シャオッ!!」
チェン爺が駆け寄ろうとするが、熱波に阻まれる。 炎の中で、シャオは歯を食いしばり、耐えていた。 痛い。熱い。苦しい。 でも、響ちゃんはもっと痛かったはずだ。
(負けるもんか……! 私は……私はッ!)
ボオオオオオオッ!!
炎が爆発し、そして収束した。そこには、真紅のチャイナドレスを纏い、背中に炎の翼を生やした少女が立っていた。 瞳はルビーのように赤く輝き、全身から神々しいオーラを放っている。
新生・朱雀、覚醒。
「……はぁ、はぁ……」
シャオは、自分の手を見つめた。燃えている。でも、熱くない。力が、身体の奥底から湧き上がってくる。
「……できたよ、じっちゃん」
シャオは、ニカっと笑った。 その笑顔は、いつもの無邪気なシャオそのものだった。
「行くよ、じっちゃん! ……西へ! 響ちゃんたちのところへ!」
「……まったく、無茶な孫娘じゃ」
チェン爺は、やれやれと首を振り、そして誇らしげに目を細めた。彼は懐から、封印していた白虎の爪を取り出し、装着した。
「あい分かった。……老骨に鞭打って、付き合ってやるとするか」
戦場へ向かう足が必要だ。 青龍、白虎、そして朱雀。 離れていても、四神の意志は一つ。 魔王アヴァベルが支配する、絶望の国へ。
「出発だ! ……お土産は、魔王の首だ!」
シャオが叫び、炎の翼で空へと舞い上がった。 それを追って、老いた虎もまた、地を駆ける。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




