第十六話「朱き継承」1
第一章 真祖狩りと魔王の産声
夜の国、ノクタルニア。 深い霧に閉ざされた森の奥、断崖にそびえる『ノスフェラトゥ城』の最上階。 かつて久遠灯との死闘の末、真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥが再び眠りについた「玉座の間」は、瓦礫が散乱したままの静寂に包まれていた。 天井の大穴からは、凍てつくような満月の光が降り注ぎ、玉座に沈む枯れ木のような老人――ヴィクトルの姿を青白く照らし出している。
その静寂を、カツン、カツンというヒールの音が冒涜した。
ベルベット・ミラー。 真紅のチャイナドレスに革ジャンを羽織った吸血鬼の女王は、かつて自分が這いつくばった床を、今は勝者の足取りで踏みしめていた。 その傍らには、炎の翼を収めた朱 焔陽が控えている。
「……見つけたわ。私の、未来」
ベルベットの手には、小さなガラスのアンプルが握られていた。中で揺らめくのは、赤と銀が混じり合った美しい液体。京帝で美咲から奪取した、『救世主の血』。 不死なる真祖に「死」を与えることができる、唯一の猛毒。
「起きなさい、化石」
ベルベットは、玉座の前に立ち、冷ややかに告げた。
「……今度こそ、終わりの時間よ」
殺気。純度100%の殺意が、針のようにヴィクトルの肌を刺す。
ドクン。
石像のように動かなかったヴィクトルの心臓が、跳ねた。 白濁した瞳がゆっくりと開かれる。 そこにあるのは、底知れない虚無。
「……また、お前か」
ヴィクトルの声は、地底の風のように掠れていた。
「懲りない娘だ。……灯に負けて、まだ学ぶことがないのか」
「黙りなさい!」
ベルベットが叫ぶ。 灯への敗北、そして屈辱。それら全てを燃料にして、彼女の野心は燃え上がっている。
「私は学んだわ。……力だけでは貴方を殺せない。必要なのは『理』を殺す毒だと!」
「……哀れな」
ヴィクトルが、億劫そうに指先を振った。 それだけで、空間が歪む。 『虚無の波動』。 触れるもの全ての時間を加速させ、風化させる絶対的な拒絶の壁。
「イェン! やりなさい!」
ベルベットの命令に応じ、朱雀が前に出た。
「御意!」
朱雀が両手を突き出す。『紅蓮焦土』。 太陽のごとき熱線が放たれる。だが、ヴィクトルの虚無の前では、神の炎さえも色褪せ、熱を失って消滅していく。
「ぐぅ……ッ! 通じぬか……!」
朱雀が脂汗を流す。 ヴィクトルは、玉座から立ち上がりもしない。 ただ、冷めた目で二人を見下ろしているだけだ。 その視線が、ベルベットを捉えた。
「……消えろ」
ヴィクトルが、手のひらをかざした。 圧縮された虚無の塊が、砲弾のようにベルベットへ放たれる。回避不能。直撃すれば、塵も残らない。
「ベルベット!」
朱雀が叫び、彼女を庇おうと動く。
だが。
「イェン! ……役に立ちなさい!」
ベルベットの手が、朱雀の背中を掴んだ。そして、躊躇なく彼を前へと突き飛ばしたのだ。
「なっ……ベルベット!?」
朱雀の驚愕の表情。 次の瞬間、ヴィクトルの虚無が朱雀を直撃した。
ズガァァァァン!!
「ガ、アアアアアッ!?」
朱雀の炎の翼が、鎧が、肉体が。見る間に風化し、崩れ落ちていく。彼は、使い捨ての「盾」にされたのだ。
だが、その一瞬の隙が、ベルベットには十分だった。朱雀の体が崩れ去る砂煙を突き破り、彼女はヴィクトルの懐へと飛び込んだ。
「これで……死ねぇッ!!」
ベルベットの手が閃く。 握りしめたアンプルごと、ヴィクトルの胸板――心臓のある位置へと、拳を叩き込んだ。
パリンッ!!
ガラスが砕ける音。 そして、銀色の液体が、真祖の体内へと注入される。
「……が、ッ……!?」
ヴィクトルの動きが止まった。 彼の血管が、銀色に発光し、浮き上がる。 メシアの血。 「存在を肯定する」はずの吸血鬼の血を、「存在を否定する」聖なる毒が食い荒らしていく。 細胞レベルでの崩壊。不死という概念そのものの死。
「……あぁ」
ヴィクトルは、苦痛に顔を歪めるどころか、安堵の息を漏らした。 その瞳から、虚無の色が消え、穏やかな光が宿る。
「これが……死か」
彼は、自らの崩れゆく手を見つめ、微笑んだ。 数千年の倦怠。終わらない夜。 それら全てから解放される、真の安らぎ。 灯には与えられなかった、完全なる「終わり」。
「やっと……眠れる……」
ヴィクトルの身体が、光の粒子となって霧散した。 肉体も、魂も、跡形もなく消滅する。
「……ハァ、ハァ……!」
ベルベットは、空っぽになった玉座の前で肩で息をしていた。 勝った。 殺した。 真祖を、この手で。
「……素晴らしい」
ベルベットは、空間に漂うヴィクトルの残滓――光の粒子を、貪るように吸い込み始めた。真祖の魔力。 世界の理を書き換えるほどの、絶対的な権能。
「力が……! 真祖の力が、私の中に!」
彼女の身体が、内側から発光する。背中から、真紅と漆黒が混じり合った、禍々しいコウモリの翼が生える。 吸血鬼の枠を超えた、魔王への変貌。
「……待て」
瓦礫の下から、掠れた声がした。朱雀だ。彼は半身を風化させられながらも、まだ息があった。
「我を……盾にしたな……」
「あら。生きていたの?」
ベルベットは、冷ややかに見下ろした。 感謝も、謝罪もない。
「光栄に思いなさい、イェン。……貴方の犠牲のおかげで、私は王になれたわ」
ベルベットが手を伸ばす。 その手は、朱雀の残りの命さえも奪おうとしていた。
「待て……! 我まで、喰らう気か!?」
「当たり前でしょう? ……真祖の力だけじゃ足りないわ。四神の力も、私の糧になりなさい」
「貴様ァッ!!」
朱雀は悟った。この女は、最初から自分を「道具」としか見ていなかったのだ。愛も、盟約も、全ては力を得るための嘘。
(……過ちだった)
朱雀は、最後の力を振り絞った。 肉体はもう助からない。ならば、せめて魂だけでも。
『……さらばだ、毒婦よ!』
朱雀の身体から、赤い光の玉が飛び出した。 彼の核。四神としての魂。 それはベルベットの手をすり抜け、東の空へと飛び去っていった。
「チッ……。逃げたか」
ベルベットは、残された朱雀の抜け殻――莫大な熱エネルギーの残骸を、余さず吸収した。
ゴオォォォォォ……!!
ノクタルニアの空が、紫色に染まる。大地が震え、城が形を変えていく。真祖の「虚無」と、朱雀の「熱」、そしてベルベットの「傲慢」。 それらが融合し、新たな世界律が誕生する。
ベルベットは、再生した玉座に腰を下ろした。 その姿は、もはやただの吸血鬼ではない。頭上には黒い光輪。背中には炎と闇の翼。
『傲慢の魔王 アヴァベル』。
彼女は、高らかに宣言した。 誰にともなく、世界に向けて。
「さあ、ひれ伏しなさい。……これより、私が世界の理よ」
彼女が手を掲げると、ノクタルニアを中心に、世界が書き換えられていく。 空が、大地が、そして歴史さえもが、彼女の望む形へと歪められていった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




