第十五話「不在の食卓」3
第三章 知事の切り札
「移動手段なら、ここにある」
不意に、開け放たれたドアから、落ち着いた、それでいて芯のある男性の声が響いた。 その声には、修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、独特の重みがあった。
全員が弾かれたように振り返る。そこに立っていたのは、仕立ての良いダークスーツを着こなし、白髪交じりの髪を整えた初老の男だった。 その背後には、数人のSPが控えているが、彼自身が放つ存在感はそれらを凌駕している。
東帝都知事、常盤 宗一郎。
この混沌とした巨大都市の行政トップが、なぜこんな薄汚れたスラムの雑居ビルにいるのか。
「知事……!?」
白雪美流愛が目を見開き、警戒の色を見せる。 彼女たちにとって、権力者は常に敵対する存在だったからだ。
「不法侵入よ。……セキュリティはどうなってる」
鉄鏡花が義手の駆動音を響かせ、警戒態勢に入る。 だが、常盤は穏やかに微笑み、両手を挙げて敵意がないことを示した。
「すまないね。……緊急時だ、許してほしい。君たちのセキュリティは完璧だったが、正規のルートで認証を突破させてもらった」
彼は、部屋の中へと歩み入った。その視線が、ソファに横たわる美咲と、彼女を守るように立つ辰巳響に向けられる。 そして、部屋に充満する焦燥と決意の空気を、肌で感じ取ったようだった。
「どういう用件だ。……アタシらは今、忙しいんだよ」
響が低い声で威嚇する。常盤は懐から端末を取り出し、通信履歴を見せた。
「京帝の天帝・昊天陛下から、直々に連絡をいただいたのだよ」
「……昊天から?」
「ああ。『私の友人たちが困っているはずだ。……この国の未来のために、どうか力を貸してやってほしい』とね」
昊天。彼女は、遠い京帝の空の下から、響たちの窮地を察知し、政治的なルートを使って手を回してくれたのだ。 かつては鳥籠の中にいた無力な少女が、今は立派な統治者として、権力という力を使って仲間を助けようとしている。 その事実に、響の胸が熱くなる。
「それに……私自身も、君たちに借りを返したいと思っていた」
常盤は、デスクの上に残された「わかば」の空き箱を手に取り、懐かしそうに目を細めた。
「公にはできないがね。……君たちが『青い涙』事件を解決し、この街を守ってくれたことは知っている。……あの時、君たちが動かなければ、東帝都は死の街になっていただろう」
彼は、政治家としての顔ではなく、一人の市民としての顔で語りかけた。
「行政の長として、そしてこの街に生きる人間として。……英雄たちが地獄へ向かおうとしているのを、ただ見ているわけにはいかない」
常盤は、窓の外を指差した。 ビルの上空に、巨大な影が差している。窓ガラスがビリビリと振動し、突風が吹き込んでくる。
ゴオオオオオオッ!!
爆音と共にホバリングしているのは、軍用機を改造した、漆黒の機体。 垂直離着陸が可能な、最新鋭の超音速輸送機だった。 その翼には、東帝都の紋章が刻まれている。
「政府専用の特別機だ。……スクランブル発進の許可は取ってある。正規の手続きなら三日はかかるが、私の権限ですべてねじ伏せた」
常盤は、灯が吸っていた吸い殻を、携帯灰皿に丁寧に収めた。 それは、不在のリーダーへの敬意のようにも見えた。
「これなら、明日の朝にはヴァルハドキア上空へ到達できる。……行ってくれるね?」
「……当たり前です!」
天羽祈が即答する。 そのオッドアイには、涙ではなく、希望の光が宿っていた。権力も、立場も関係ない。ただ、灯を助けたいという想いが、ここで繋がったのだ。
「灯さんを……迎えに行きます!」
響、美流愛、鏡花、双子、リーリン、エミル。 全員の意志は一つだった。
「乗り込め! ……灯を殴りに行くぞ!」
響は、美咲を背負い直した。 美咲は、響の首に腕を回し、小さく頷く。 その瞳には、不安の色はあるが、響への絶対的な信頼があった。
「……うん。一緒に行く」
「よし。……総員、搭乗!」
美流愛が号令をかける。彼女たちは、屋上へと駆け上がった。強風の中、輸送機のハッチが開く。 タラップが下り、魔女たちが次々と乗り込んでいく。
「常盤知事! 感謝します!」
鏡花が、去り際に敬礼する。 常盤は、深く頷き返した。
「武運を。……君たちが帰ってくる場所は、私が守っておこう」
ハッチが閉まる。 密閉された機内。ジェットエンジンが轟音を上げ、アフターバーナーが点火される。
キィィィィィィン!!
鉄の翼が、東帝都の曇天を切り裂いて上昇していく。眼下には、灰色の摩天楼が小さくなっていく。
機内。 響はシートベルトを締め、隣に座る美咲の手を強く握りしめた。窓の外、西の空を見る。 そこには、分厚い雲の向こうに、ユーガリア大陸が待っている。 そしてその先には、地獄の蓋が開きかけた魔界が。
「待ってろよ、灯。……アタシらが、地獄の蓋をこじ開けてやる!」
リコリス・バロックの総力戦が始まる。神も悪魔も、そして魔界さえも敵に回して。彼女たちは、一番大切な「家族」を取り戻すために、音速の彼方へと飛び立った。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




