第十四話「銀色の暴食と四血の勾玉」3
第三章 四つの血の勾玉
京帝の夜が白み始める頃。 御所の最奥、祭壇の間には、張り詰めた静寂が満ちていた。戦火の煙は薄れ、代わりに清浄な香木の香りと、儀式のために焚かれた護摩の匂いが漂っている。
祭壇の中央には、美咲が横たえられていた。 暴食の衝動はタピオカによって一時的に収まっているが、その身体は依然として不安定に明滅している。 皮膚の下で銀色の光が脈打ち、血管が浮き上がるたびに、彼女という「器」を内側から食い破ろうとするかのように蠢いている。それは、世界を救うはずの力が、器である少女を殺そうとしている残酷な矛盾だった。
「……彼女の中に宿った『救世主』の力は、あまりに強大すぎます」
天帝・昊天が、厳かな声で告げた。彼女は祭壇の前に立ち、悲痛な面持ちで美咲を見下ろしている。
「今の彼女の魂では、この力の奔流を御しきれません。……放っておけば、彼女の自我は銀色の光に飲み込まれ、ただ破壊と再生を繰り返す『システム』へと成り果ててしまうでしょう」
「……そんなの、あいつじゃなくなるってことかよ」
辰巳響が、拳を握りしめて問う。 響の隣には、王 麗琳とエミル・ノスフェラトゥが控えていた。 彼らもまた、固唾を呑んで儀式の行方を見守っている。
「はい。……ですから、彼女の力を強制的に制御するための『枷』が必要です」
昊天は、祭壇の四隅に置かれた、透き通るような白磁の器を示した。
「天帝家に伝わる秘儀『天命封印儀』を行います。……古来より、強大すぎる神の力を封じるために用いられてきた、血の儀式です」
彼女は、響たちを見渡した。
「そのためには、この世の理を支える、四つの異なる属性を持った強大な血が必要です」
「四つの血……?」
「聖なる統治の力。荒ぶる自然の力。守護する風の力。そして……夜を統べる魔の力です」
昊天は、懐刀を取り出し、躊躇なく自らの指先を切り裂いた。ポタリ、と一滴。器の中に、黄金の粒子を含んだ鮮血が落ちる。
「一つ目は、私。……天帝の血」
次に、昊天は響に視線を向けた。
「二つ目は、東洋の龍・辰巳響様の血。……荒ぶる雷と水の力」
「わかった」
響は頷き、自身の腕を爪で裂いた。青白い雷光を帯びた血が、二つ目の器に満たされる。
「三つ目は、青龍・王 麗琳様の血。……大陸を守護する風の力」
「ええ。喜んで」
リーリンもまた、風の刃で指を切り、碧色の血を三つ目の器に注いだ。
そして、昊天は最後にエミルの方を向いた。
「そして四つ目は……吸血鬼・エミル・ノスフェラトゥ様の血。夜を統べる魔の力が必要です」
「……僕の血で、いいんですか?」
エミルが、おずおずと問い返す。 彼は自分が「落ちこぼれ」であるという意識が抜けていない。始祖である兄や姉に比べれば、自分は出来損ないの吸血鬼だ。 そんな自分の血が、神聖な儀式の役に立つのだろうか。
「はい。……あなたの血には、あの真祖ヴィクトルの因子が色濃く流れています。……過剰な生命力を『虚無』へと還し、鎮静化させるには、あなたの血が最も適しているのです」
昊天の言葉に、エミルはハッとした。 自分の弱さだと思っていた「虚無」の特性が、ここでは誰かを救うための力になる。 彼は決意を込めて頷き、震える指を牙で噛み切った。
「……わかりました。僕の血でよければ、いくらでも」
ドス黒い、闇のような血が四つ目の器に落ちる。
四つの血が揃った。 昊天が祝詞を唱え始めると、四つの器から光が立ち昇り、祭壇の中央で螺旋を描いて混ざり合い始めた。聖、龍、風、魔。 相反するはずの四つの力が、美咲という存在を守るために一つに溶け合っていく。
光が収束する。 そこに現れたのは、七色に輝く小さな勾玉だった。
『四血の勾玉』。
「……これを」
昊天が、震える手で勾玉を捧げ持ち、美咲の首にかけた。勾玉が美咲の肌に触れた瞬間。
シュゥゥ……。
美咲の全身を覆っていた銀色のオーラが、掃除機に吸われるように勾玉の中へと収束していった。苦悶に歪んでいた表情が和らぎ、痙攣が止まる。銀色に染まっていた髪の毛先が、元の黒色に戻っていく。
「……これで、彼女の力は封印されました」
昊天が、深い安堵の息を吐いた。
「勾玉がフィルターとなり、過剰な出力を抑え込んでくれます。……感情が高ぶれば漏れ出すこともありますが、自我を失い、飢餓に支配されることはないでしょう」
「……よかった」
響はその場に崩れ落ちそうになった。守れた。ギリギリのところで、親友を人間の側に繋ぎ止めることができたのだ。
数時間後。美咲が目を覚ました。
「……ん……」
「美咲! 気がついたか!?」
響が覗き込む。美咲は、ぼんやりとした視線で天井を見つめ、そして自分の手を見た。 銀色の光は消えている。 だが、身体の奥底に、得体の知れない「何か」が熱く渦巻いている感覚は残っていた。
「響ちゃん……。私、どうなっちゃったの……?」
美咲の声が震える。記憶は断片的だ。 路地裏で襲われたこと。気がついたら、自分が怪物を食べていたこと。そして、響に襲いかかろうとしたこと。
昊天が、静かに歩み寄った。 彼女は、美咲の手を握り、真実を告げた。
「……貴女は、覚醒したのです。美咲様」
「覚醒……?」
「はい。貴女の中に眠っていた因子……世界を浄化し、新たな理をもたらす『救世主』としての力が」
「救世主……?」
美咲は、意味がわからず首を振った。
「何言ってるの……? 私は、ただの高校生だよ? 勉強も運動も苦手で……特別なことなんて何もない……」
「いいえ。貴女の血は、あらゆる魔を滅ぼす聖なる毒です。……そして、貴女の魂は、世界の歪みを喰らい尽くす捕食者の器なのです」
昊天は、残酷なまでの真実を告げた。それは、美咲がもう二度と「普通」には戻れないという宣告だった。彼女が生きているだけで、周囲の異能は否定され、消滅していく。 彼女が空腹を感じれば、それは世界への脅威となる。
「……そんな」
美咲の目から、涙が溢れた。
「嫌だ……。そんなの嫌だよ……。私、化け物になんてなりたくない……!」
「美咲!」
響が、泣きじゃくる美咲を抱きしめた。強く、痛いほどに。
「大丈夫だ。……お前は化け物なんかじゃねぇ」
「でも……私、響ちゃんを食べようとした……! 銀色の血が出て……!」
「関係ねぇよ!」
響は叫んだ。
「お前がメシアだろうが何だろうが、お前は美咲だ。……一緒にタピオカ飲んで、補習サボって、馬鹿笑いした美咲だ!」
響は、美咲の肩を掴み、真っ直ぐに目を見つめた。
「アタシがついてる。……この勾玉もある。もしまた暴走しそうになったら、アタシが止めてやる。何回だって、ブン殴ってでも止めてやるよ」
「響ちゃん……」
「だから、安心しろ。……絶対、お前を一人にはしねぇ」
「……う、うぅ……!」
美咲は、響の胸に顔を埋めて泣いた。恐怖と、そして安堵の涙。 響の体温が、冷え切った心を溶かしていく。世界中が敵に回っても、この親友だけは味方でいてくれる。 その事実だけが、今の美咲にとっての唯一の救いだった。
数日後。 京帝の空は、久しぶりに晴れ渡っていた。 瓦礫の撤去が進み、復興へと動き出した街の門前。
東帝都から一緒に乗ってきたボロボロのワンボックスカーに荷物を積み込み、出発の準備を整える響たちの姿があった。
「……本当に行くのですか?」
見送りに来た昊天と葛葉が、名残惜しそうに声をかける。
「京帝は、今回の騒動で大きく傷つきました。……ですが、貴女方のような強力な方々がいてくだされば、復興も早まるでしょうに」
「ああ。……でも、ここにいたら、また迷惑かけちまうしな」
響は、車の荷台で眠る美咲に毛布をかけながら、振り返った。 美咲はまだ精神的に消耗しており、眠っている時間が長い。 だが、その寝息は穏やかだ。
「それに……心配なんだよ」
響の視線は、東――東帝都の方角を向いていたが、その心は、今この瞬間も戦っているであろう仲間たちに向けられていた。
「祈のやつ……まだ目を覚ましてねぇんだろ? 鏡花たちが精神世界で頑張ってるはずだけど……」
響は、自分の胸をギュッと掴んだ。胸騒ぎがする。 祈の精神世界へのダイブは、命がけの賭けだ。もし失敗すれば、祈だけでなく、鏡花や美流愛たちまで失ってしまう。
「それに……灯だ」
響の声が低くなる。
「あいつ、一人でヴァルハドキアに向かいやがった。……魔界の門を閉じるために」
リコリス・バロックの事務所で別れた時の、灯の背中を思い出す。 『貧乏くじは慣れっこだ』と笑った、不器用なリーダー。
「魔界の門なんて、生きて帰れる保証はねぇ。……灯のやつ、また無茶してボロボロになってるに決まってる」
「……そうですね」
リーリンが、助手席から声をかけた。彼女もまた、虹海を離れ、最後までこの旅に付き合う覚悟を決めていた。
「灯さんだけじゃないわ。……美咲さんの血を奪ったベルベットたちも、きっと次の動きを見せるはず」
エミルも、後部座席で頷く。
「ベルベット姉さんは……真祖ヴィクトル様を殺すために、メシアの血を手に入れた。……奴らは間違いなく、ノクタルニアへ向かいます」
全ての因縁が、複雑に絡み合っている。東帝都の祈。 ヴァルハドキアの灯。 そして、ノクタルニアへ向かうベルベット。
「……バラバラになっちまったな」
響は苦笑した。 だが、その瞳に迷いはない。
「でも、繋がってる。……アタシらが動けば、必ずまた合流できるはずだ」
まずは、東帝都へ戻る。 そこで祈たちの無事を確認し、態勢を立て直す。 そして、全員で灯を迎えに行き、ベルベットを追う。
「行きましょう、響」
「リコリス・バロック全員で……最後の決着をつけに」
エンジンがかかる。 その振動で、美咲がうっすらと目を開けた。
「……ん……」
「美咲!?」
響が覗き込む。美咲は、まだ焦点の定まらない目で、ぼんやりと響を見つめた。そして、響の服の裾を、弱々しく掴んだ。
「……響ちゃん。……行くの?」
「……ああ。ちょっと、遠出のドライブだ」
響は、美咲の手を両手で包み込み、強く握り返した。 その手は、もう冷たくない。銀色の毒ではなく、人間の血が通った温かさ。
「大丈夫だ。……もう二度と、この手は離さねぇから」
「……うん」
美咲は安心したように微笑み、再び眠りについた。首元の勾玉が、優しく七色に輝いている。
「……行くぞ!」
響が運転席のエミルに合図を送る。 車が走り出す。 古都を背に、一行は東帝都を目指す。
そこで待つ祈や鏡花、美流愛たちと合流し、全ての因縁が集う「最後の舞台」へ向かうために。
タイヤが砂利を蹴り、道なき道を進んでいく。その先には、まだ誰も知らない結末が待っている。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




