第十四話「銀色の暴食と四血の勾玉」1
第一章 聖なる捕食、魔女の代償
「……お腹、空いた」
美咲の呟きが、御所の最奥「開かずの間」の重苦しい空気を、一瞬にして凍りつかせた。それは、少女の甘えた訴えではない。深淵の底から響く、乾いた風の音。あるいは、世界そのものが軋みを上げて飢餓を訴える音だった。
拘束を物理的に引きちぎった彼女の背後で、陽炎のように揺らめく銀色の影――『救世主』の片鱗が、物理的な質量を持って部屋を圧迫する。 空間が歪み、床の石畳が音もなく粒子化して消えていく。 その瞳は、もはや人間のそれではない。感情の色はなく、瞳孔は極限まで開ききり、あらゆる有机物を「栄養素」としてしか認識しない、無機質で神聖な捕食者のレンズと化していた。
「……素晴らしいわ」
ベルベット・ミラーは、戦慄と歓喜に震えていた。彼女の真紅の瞳が、目の前の現象を貪るように見つめる。 1000年。 長い長い時をかけて探し求めた「真祖殺しの毒」が、今、産声を上げたのだ。だが、同時に彼女の吸血鬼としての本能が、けたたましい警鐘を鳴らしている。 『触れるな』と。 あの銀色のオーラに触れれば、真祖の血を引く自分であろうと、瞬時に「浄化」され、原子レベルで分解され消滅する。
「さあ、おいで。……ここには貴女を満たす『魔』がたくさんあるわ」
ベルベットは、努めて優雅に振る舞いながら、自身の血液で生成した『赫き荊棘』を慎重に伸ばした。直接触れるのは危険すぎる。遠距離から荊棘で拘束し、その棘から血を吸い上げる算段だ。 真紅の鞭が、銀色の少女へと伸びる。
だが。
ジュッ……!
荊棘が美咲の纏う銀色のオーラに触れた瞬間、ジジジという不快な音と共に、音もなく蒸発した。防御されたのではない。 存在そのものが否定され、分解され、無へと還元されたのだ。
「……ッ、なんて拒絶反応」
ベルベットが舌打ちする。魔力、呪力、妖気。 それら「夜の理」に属する力は、この聖なる捕食者の前では餌にすらならない。 ただの不純物として焼却されるのみ。
その隙に、美咲が動いた。
「……いい匂い」
美咲が鼻をひくつかせる。 彼女の視線が、ベルベットの身体――膨大な魔力を内包した高位吸血鬼の肉体に固定される。
「……いただきます」
フッ。
音が消えた。速度という概念を無視した、消失移動。空間を削り取りながら、美咲の身体がベルベットの懐へと転移する。
「なッ!?」
次の瞬間、彼女はベルベットの目の前にいた。
ガブッ!!
「ぐぁっ……!?」
ベルベットが、短く悲鳴を上げる。美咲の牙が、ベルベットの左肩を深々と食い千切ったのだ。ダイヤモンドよりも硬いはずの、装甲と化した吸血鬼の皮膚が、濡れた紙のように容易く裂ける。肉が弾け、骨が砕ける感触。
「……ん、ぐぅ……」
血が噴き出すが、それは地面に落ちない。美咲はその血さえも、銀色の光に変えて喉を鳴らし、飲み込んでいく。吸収。ベルベットの体内に蓄積された1000年分の魔力が、美咲というブラックホールへと吸い込まれ、消失していく。
「離れなさいッ!!」
ベルベットは、即座に決断した。 剥がそうとしても無駄だ。 このままでは、肩から全身へと「浄化」が伝播し、魂ごと食われる。
彼女は、食いつかれている自分の左腕の付け根に、右の手刀を振り下ろした。
ザシュッ!!
自切。 肉を斬らせて骨を断つ――いや、腕一本を餌にして、本体を守るための損切り。 ベルベットの左腕が宙を舞う。 美咲は、千切れた腕に喰らいついたまま、床へと着地した。
「ハァ、ハァ……ッ!」
ベルベットが後退り、傷口を押さえる。 再生能力が働かない。断面が銀色に焦げ付き、傷口を塞ぐことを拒絶している。
「……これだけの代償を払ったのだもの。……釣りは受け取るわよ!」
ベルベットは、苦痛に顔を歪めながらも、空いた右手で懐から特殊な魔術瓶を取り出した。 そして、噴き出す自分の鮮血と、美咲の口元から溢れた銀色の血が混じり合う一瞬を狙い、瓶へと吸い上げた。
ポタリ。
瓶の中に、赤と銀がマーブル模様を描く液体が溜まる。真祖殺しの毒。 その採取に、片腕と引き換えに成功したのだ。
「イェン! 引くわよ!」
ベルベットの叫びに、屋根を突き破って朱 焔陽が降下してくる。彼は負傷したベルベットを抱え上げ、炎の翼で天井を焼き払って離脱する。
「……化け物め。次に会う時は、檻に入れて飼い殺してやる」
捨て台詞を残し、二人は京帝の空へと消えていった。
残されたのは、暴れ足りずに虚空を睨む美咲と、瓦礫を越えて駆けつけた辰巳響、王 麗琳だった。
「美咲ッ!!」
響が部屋に飛び込む。 彼女の目に映ったのは、信じがたい光景だった。 崩れ落ちた檻。 そして、その中心で、ベルベットの千切れた腕を咀嚼し、口元を赤と銀で汚した親友の姿。
「……響、ちゃん?」
美咲が首を傾げる。その瞳に、一瞬だけ理性の光が戻る。見慣れた、気弱で優しい図書委員の瞳。
「美咲! 大丈夫か!?」
響が歩み寄ろうとする。 だが、すぐに美咲の瞳が濁った。銀色の渦が、理性を塗りつぶす。飢餓が上書きする。 目の前にいる、強大な龍脈エネルギーを宿す響は、今の美咲にとって、この上ない「ご馳走」だった。
「……響ちゃん、だ」
美咲が、ニタリと笑った。それは、再会の喜びではない。食欲の笑み。
「……美味しそう」
美咲が、ゆらりと歩み寄る。 その足元から広がる銀色の浸食が、石畳の床を灰に変えていく。生命を否定する、聖なる足音。 友の顔をした怪物が、響を食らおうと手を伸ばした。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




