第十三話「緋色の侵食と銀の飢餓」3
第三章 孵化する絶望
「行くぞオラァッ!!」
「合わせなさい、響!!」
辰巳響と王 麗琳。二匹の龍が放った雷と風の合体攻撃――『雷風』が、御所の庭園を薙ぎ払い、ベルベット・ミラーと朱 焔陽へと殺到する。東洋と西洋、二つの龍脈が共鳴したエネルギーの奔流は、空間さえも歪めるほどの質量を持っていた。
ベルベットが、優雅に扇子を開く。 だが、防御の姿勢を取ったのは彼女ではなかった。
「……興が乗ってきたな」
朱雀が、ベルベットの前に滑り出た。彼は獰猛に口角を吊り上げ、背中の炎の翼を極限まで展開した。 周囲の酸素が一瞬で燃焼し、真空が生じる。
「下がっていろ、ベルベット。……この程度のトカゲ、我一人で十分だ」
朱雀が両手を突き出す。
「『焦熱地獄』ッ!!」
ドゴォォォォォン!!
爆発的な熱波が、龍たちの攻撃と正面から衝突した。雷と風、そして炎が混じり合い、光のドームとなって膨れ上がる。 互角。 いや、純粋なエネルギー出力において、朱雀は二匹の龍をたった一人で押し留めていた。腐っても四神。堕ちてもなお、彼は南方を統べる太陽の化身なのだ。
「嘘だろ……!? 二人がかりだぞ!?」
響が驚愕する。 チェン爺のタピオカでブーストし、リーリンのバックアップがあってもなお、この男の底が見えない。
「ククッ……。心地よい熱だ」
炎の中で、朱雀が嗤う。彼は、余波で吹き荒れる爆風を利用し、炎の壁を作り出した。 御所と庭園を分断する、高さ数十メートルの紅蓮のカーテン。
「さあ、行け。……『鍵』の回収は貴様の仕事だろう?」
朱雀が背越しに告げる。ベルベットは、その背中に妖艶な視線を送り、煙管をくゆらせた。
「ええ。……頼もしい騎士様ね」
ベルベットは、響たちを一瞥もしなかった。 彼女は炎の壁の向こう側――「開かずの間」へと続く回廊へと、足音もなく滑り込んだ。
「待てッ! 逃げるなベルベット!」
響が叫び、炎の壁を突き破ろうとする。 だが、朱雀がそこへ火球を撃ち込み、進路を塞ぐ。
「余所見とは余裕だな、青龍ども。……貴様らの相手は我だ。骨の髄まで焼き尽くしてくれる!」
「くっ……! 通してくれないようね」
リーリンが歯噛みする。響とリーリンは、最強の門番によって、完全に足止めを食らってしまった。
炎の壁の向こう側。 静寂と熱気が入り混じる御所の回廊を、ベルベットは優雅に歩いていた。 その足取りは、戦場を駆ける兵士のものではない。愛しい恋人の寝室へと向かう、情熱的な夜這いのそれだ。
「……そこね」
彼女は、最奥の扉の前に辿り着いた。 重厚な封印が施された扉の前には、二人の影が立ちはだかっていた。
「と、通しません……!」
エミル・ノスフェラトゥが、震える手で呪符を構える。 その隣には、幼き天帝・昊天が、必死の形相で結界を展開していた。
「ここから先は、禁域です! ……お引き取りを!」
「あら。……可愛い番犬ね」
ベルベットは足を止めず、微笑んだまま近づいていく。
「でも、躾がなっていないわ。……飼い主に牙を剥くなんて」
「くっ……! 『重力結界』ッ!」
昊天が手をかざし、ベルベットの周囲の重力を数倍に跳ね上げる。だが、ベルベットは眉一つ動かさない。 彼女のヒールの音が、リズムを変えることなく響く。格が違う。数千年を生きる吸血鬼の始祖の一角に対し、生まれたばかりの天帝の術など、そよ風にも等しい。
「退きなさい、雑種」
ベルベットは、煙管を持った左手を軽く振った。ただそれだけ。
バヂィン!!
衝撃波。 エミルの呪符が燃え上がり、昊天の結界が物理的に粉砕された。 ガラスが割れるような音と共に、守りは砕け散る。
「あぁっ……!?」
「ぐぅ……ッ!」
二人は 軽く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。 エミルは気絶し、昊天は咳き込みながら床に伏す。
「……貴方たちでは、時間稼ぎにもならないわ」
ベルベットは、倒れ伏す二人を一瞥もせず、扉に手を掛けた。厳重な封印術式が、彼女の魔力に触れた瞬間、焼け焦げて無効化される。
ギギギ……。
錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、扉が開く。途端に、中から溢れ出したのは、冷気と、神聖な、しかし冒涜的なまでの「銀色の気配」だった。
部屋の中央。 何重もの防弾ガラスと術式で隔離された檻の中に、その少女はいた。
美咲。
彼女は拘束具に繋がれ、苦悶に満ちた表情で身をよじっていた。 その姿を見た瞬間、ベルベットの瞳が、歓喜と欲情で揺らめいた。
「……素晴らしい」
彼女は、恍惚とした表情でガラスに歩み寄る。 檻の中の少女は、飢餓に震え、銀色の涎を垂らしていた。 その涎が床を溶かし、神聖な魔力を放っている。 それは、ベルベットが1000年間求め続けてきた「最強の捕食者」の幼生そのものだった。
祈のような、世界を安定させる「調律者」ではない。 世界を食い尽くし、リセットするための、純粋な破壊装置。 真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥを殺しうる、唯一の猛毒。
「なんて純粋な飢餓。……これなら、あの化石さえも食い殺せるわ」
ベルベットが、ガラスにそっと手を触れた。
その瞬間。
カッ!!
美咲が、目を見開いた。 彼女の瞳は、人間のものではない、水銀のように輝く銀色に染まっていた。 拘束具がミシミシと音を立てて歪み始める。
外で響き渡る朱雀と双龍の戦闘エネルギー。 そして、目の前に現れた高位吸血鬼の濃厚な魔力。 それらが、美咲の体内に眠る「捕食本能」を刺激し、覚醒を早めてしまったのだ。 餌が来た。極上の、魔力を持った餌が。
「……あ……あぁ……」
美咲の口が、裂けるように開いた。喉の奥から、銀色の光が漏れ出す。 それは言葉ではない。魂を食らうための呪詛。
「……いただき、ます」
パリーン!!
ガラスが、内側から砕け散った。物理的な衝撃ではない。 空間そのものが「食われた」かのように消失し、檻が崩壊したのだ。 衝撃波が走り、ベルベットさえも後退るほどの、圧倒的な捕食圧。
美咲は拘束を引きちぎり、ゆらりと立ち上がった。 その背後には、形を持たない銀色の影――世界を食い尽くす『救世主』の片鱗が、陽炎のように揺らめいていた。もはや眼鏡も、制服の面影もない。 ただ飢えだけが存在する、聖なる怪物。
ベルベットは、戦慄した。そして同時に、深い悦びに震えた。
(これよ……。私が欲しかったのは、この絶望!)
「……響ちゃん」
美咲が、虚ろな目で宙を見つめ、呟いた。その声は、外で戦っている響の耳にも、テレパシーのように、しかしはっきりと届いた。 親愛の情ではない。食欲の対象としての、呼びかけ。
「……お腹、空いた」
絶望の産声が、京帝に響き渡る。 守りたかった少女は、今、世界で最も危険な捕食者として、その檻を破ったのだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




