第十二話「錆びついたハイウェイ、龍の道」1
第一章 逃亡者たちの晩餐
東帝都と、西の古都・京帝を結ぶかつての大動脈、旧東海道。数度の震災と、終わらない酸性雨によってアスファルトはひび割れ、錆びついたガードレールが墓標のように延々と並ぶ、文明の廃道。雑草が生い茂り、野生化した動物たちが我が物顔で闊歩するこの道を、一台のボロボロのワンボックスカーが疾走していた。
塗装は剥げ落ち、ボディには無数の傷が刻まれている。だが、そのエンジン音は力強く、どんな悪路も踏み越えていく意志を感じさせた。
「……あー、おしりが痛い…」
運転席でハンドルを握るエミル・ノスフェラトゥが、顔をしかめて座り直した。吸血鬼の貴族服は泥で汚れ、その顔色は透けるように白い。 太陽の光に弱い彼は、フロントガラスに遮光フィルムを何重にも貼り、さらにサングラスをかけて運転している。
「もう少し我慢しなさい、エミル。……あと数時間で、中間地点のサービスエリア跡よ」
助手席には、青いチャイナドレスを着た王 麗琳が座っていた。 彼女は地図アプリが機能しないタブレットを膝に置き、窓の外を流れる景色から現在地を読み取っている。風の匂い。雲の流れ。地脈の微かな振動。 新生・青龍としての感覚が、荒野における唯一のナビゲーションだ。
そして、後部座席。 そこは、ジャンクフードの袋で埋め尽くされた、小さな要塞のようだった。
「……食わなきゃ、もたねぇ」
辰巳響が、ポテトチップスの袋を逆さにして、最後のかけらを口に流し込んでいた。 咀嚼音に覇気がない。顔色は悪く、指先は時折ノイズのように明滅し、実体を失いかけている。
「……ハァ、ハァ……」
東帝都を離れた代償。 土地からの霊的エネルギー供給を断たれた響は、物理的なカロリーを燃焼させ、強引に魔力へと変換し続けなければ、その存在を維持することさえできない。 今の彼女は、底の抜けたバケツだ。 注いでも注いでも、生命力が漏れ出していく。
だが、肉体的な疲労以上に彼女を蝕んでいるのは、精神的な重圧だった。親友・美咲が残した銀色の血痕。吸血鬼を捕食し、灰にしたという事実。 優しかったあいつが、得体の知れない「捕食者」に変わってしまったかもしれないという恐怖が、響の胃の腑を鉛のように重くしていた。 飲み込んだポテトチップスが、砂利のように感じる。
ふと、リーリンは数日前の虹海での出来事を思い出していた。 瓦礫の撤去が進むスラム街。復興の槌音が響く中、陳 幽寂の屋台で、彼女は老道士と向き合っていた。
『……妙な風が吹いておる』
チェン爺は、東の空を睨みながらキセルを吹かした。その瞳には、四神・白虎としての鋭い警戒色が宿っていた。
『朱雀の奴が動き出した。……それも、ただの気まぐれではない。奴の後ろにいる「吸血鬼の女狐」が、何かとんでもないものを嗅ぎつけたようだ』
『ベルベット・ミラーですか』
『ああ。……奴らの視線は、東帝都に向いている。あそこには、響の嬢ちゃんがいる』
チェン爺は、リーリンに一枚の護符を渡した。
『行け、青龍よ。……朱雀の尻尾を掴んでこい。そしてもし、響が窮地に陥っているようなら……その背中を支えてやれ』
『……御意』
リーリンは深く頭を下げた。 それは任務であると同時に、かつて殺し合い、そして認め合った友への、彼女自身の意志でもあった。だから彼女は、海を渡り、この荒野にいる。
エミルもまた、ハンドルを握りながら数日前のノクタルニアを思い出していた。 深い霧に包まれた古城の麓。 彼は、城を守る墓守として静かな日々を送っていたはずだった。
だが、あの日。 城の地下深くで眠る真祖ヴィクトルが、微かに呻いたのを彼は聞いた気がした。そして同時に、姉――ベルベット・ミラーが、狂喜乱舞してノクタルニアを飛び出していく気配を感じ取ったのだ。
『見つけたわ! ……ついに、見つけた!』
ベルベットの歓喜の声が、風に乗って聞こえた。それは、世界を揺るがす「災厄」の誕生を祝う魔女の笑い声だった。
(姉さんは……何かを見つけた。父様(真祖)を殺せるほどの、何かを)
エミルは震えた。 ベルベットが動けば、必ず多くの血が流れる。 そしてその矛先は、灯さんや、その仲間たちに向けられるに違いない。
(知らせなきゃ……。灯さんに、響さんに)
彼は太陽に焼かれる恐怖を押し殺し、城を飛び出した。弱き吸血鬼が、初めて自分の意志で、誰かを守るために走ったのだ。
「響」
リーリンが、助手席から振り返った。 その瞳は、響の心の揺らぎを見透かすように澄んでいる。
「……少し、休みなさい」
リーリンは、響の手を取った。 その指先から、清涼な風のようなエネルギーが流れ込んでくる。
「……ッ、リーリン? これは……」
響が目を見開く。 流れ込んでくるのは、単なるリーリンの魔力ではない。 もっと太く、深く、大地そのものが呼吸するようなエネルギー。 この国――皇国の龍脈そのものだ。
「『血の交換』のパスを開くわ」
リーリンの肌に、青い鱗の紋様が浮かび上がる。
「私は今、大陸の青龍として覚醒している。……龍にとって、大地に国境はないわ。私のパスを通せば、この国の龍脈ともアクセスできる」
「マジかよ……。そんなことまでできんのか」
「ええ。ただし、私の寿命を削ることになるけれどね」
リーリンは悪戯っぽく笑った。彼女は、自身の生命力をフィルターにして、皇国の荒ぶる龍脈を響が扱える形に変換し、注ぎ込んでいるのだ。
「おい、よせよ! アンタこそ……無理すんなよ!」
響が手を引っ込めようとする。
「まだ身体、馴染んでねぇんだろ! ……大陸の守護者になったばっかで、無茶したら壊れるぞ!」
リーリンの肉体は、人間と龍の境界でまだ揺らいでいる。 安定しない状態で、他国の龍脈に干渉するのは、命綱なしで綱渡りをするようなものだ。
「平気よ」
リーリンは、気丈に微笑んだ。その笑顔は、かつて響と敵対していた頃の冷たさとは違う、温かい強さを秘めていた。
「私は、貴女の『相棒』だもの。……それに、貴女が倒れたら、誰が美咲さんを助けるの?」
「……ッ」
響は言葉を詰まらせた。 その通りだ。 ここでアタシがくたばったら、美咲は一人ぼっちになる。 あの銀色の血の味に溺れ、戻ってこれなくなるかもしれない。
「……わかったよ。借りるぜ」
響は、リーリンの手を強く握り返した。 温かい。 大陸の風と、この国の土の匂い。そして、友の絆の温かさ。
「へへ……。染みるなぁ」
エミルが、バックミラー越しに二人を見て微笑んだ。吸血鬼の落ちこぼれ。 人工ドラゴンの被検体。 土地を追われた神。種族も生まれも違う、傷だらけの三人が、一つの目的のために狭い車内で肩を寄せ合っている。 それは奇妙で、けれどどうしようもなく温かい光景だった。
「……僕も、頑張ります。アクセル、踏みますから!」
エミルが意気込むと、エンジンが力強く唸りを上げた。 ボロボロのワンボックスカーは、雨上がりの虹がかかる空の下、西へと向かって加速していく。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
「……来る!」
響とリーリンが、同時に叫んだ。 野生の勘。 龍としてのセンサーが、後方から迫りくる圧倒的な熱量と殺意を感知した。
「エミル! ハンドルを切れ!」
「えっ!?」
エミルが反応するよりも早く、サイドミラーがオレンジ色の閃光に包まれた。アスファルトが溶解する臭いが、車内に充満する。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




