第十一話「銀色の雨と龍の迷子」2
第二章 緋色の来訪者
それは、数日前のことだった。 聖地アストエルでの「偽りのハルマゲドン」が終結し、ベルベット・ミラーが東帝都の地を踏んだ夜。彼女は、自身の傘下にあるハッカー集団を使い、死舞谷周辺の監視カメラ網を虱潰しに洗っていた。
彼女を突き動かしていたのは、吸血鬼としての本能的な「震え」だった。 アストエルで天羽祈が覚醒した瞬間、世界の反対側で響き渡った、産声にも似た強烈な魔力の波動。 祈は「メシア」ではなかった。ならば、その対極で生まれた存在こそが、自分が1000年間探し求めていた「本物」であるはずだ。
「……見つけたわ」
ベルベットは、路地裏の防犯カメラの映像を停止させた。画面は酷いノイズに覆われ、白黒の砂嵐が走っている。 だが、そのノイズの合間に、一瞬だけ映り込んだ「影」があった。
襲いかかる吸血鬼。 そして、それを迎撃する制服姿の少女。映像はそこで途切れている。カメラのレンズが、高すぎる魔力干渉に耐えきれず焼き切れたのだ。
ほんの数時間前、ベルベットは、現場へと向かった。そこで彼女が見たのは、雨に濡れた灰の山と、アスファルトに焼き付いた「銀色の染み」だった。
「……ああ、なんてこと」
ベルベットは、その染みに指を這わせた。ジュッ、と指先が焦げる音がする。吸血鬼の肉体を拒絶し、消滅させる聖なる猛毒。聖水などという生易しいものではない。存在の根源を否定する「死の概念」そのもの。
「これよ……。私が欲しかったのは、これなのよ」
彼女の身体が、歓喜に打ち震えた。アストエルでの失望は、この瞬間のためにあったのだ。 祈という偽物が開いた扉から、本物の怪物が這い出してきた。
不死なる真祖、ヴィクトル・ノスフェラトゥ。 彼を殺し、その玉座を奪うためには、彼と同じ「理の外」にある力が必要だった。 それが今、この極東の島国で、無自覚なまま産声を上げている。
「まだ幼い。……自分の力が何なのか、理解していないわね」
残された痕跡は、少女が空腹に耐えかねて無差別に捕食したことを物語っていた。制御されていない力。彷徨う核弾頭。 今なら、手に入る。 今なら、私の「武器」として飼いならせる。
「待っていなさい、愛しい子。……私が、貴女のゆりかごになってあげる」
ベルベットは、闇の中で妖艶に微笑んだ。 狩りの時間は終わった。これからは、収穫の時間だ。
――そして、現在。雨の死舞谷、スクランブル交差点。
「……正解よ、東洋の龍」
雨音に混じって響いたその声は、辰巳響の鼓膜を甘く、そして冷たく撫でた。
響が弾かれたように振り返ると、雑踏の向こう、誰もいない横断歩道の真ん中に、真っ赤な傘を差した女が立っていた。 周囲の人間が彼女を避けているのではない。 彼女の放つ異質な気配――死と退廃の香りが、無意識のうちに人々を遠ざけ、ぽっかりとした空白地帯を作っているのだ。
真紅のチャイナドレスに、黒い革ジャン。紫煙をくゆらせる長い煙管。 吸血鬼の三大一族・ミラー家当主、ベルベット・ミラー。
そしてその傍らには、巨大な炎の翼を畳み、雨粒さえも蒸発させる熱気を纏った男――朱 焔陽が控えている。
「テメェ……! なんでここにいんだよ!」
響が激昂し、全身から青白い雷を放つ。バチバチとアスファルトが焦げ、水たまりが沸騰する。 アストエルでの因縁。祈を連れ去り、利用した張本人たち。 だが、ベルベットは響の殺気など意に介さず、優雅に傘を回した。
「アストエルでの約束は失敗したわ。……あの時は、貴女たちの『おままごと』に水を差されてしまったけれど」
ベルベットは、響の足元――銀色の血痕が残るアスファルトへ視線を流した。
「でも、無駄足ではなかった。……私の『鼻』が嗅ぎつけたのよ。アストエルの偽物よりも、もっと上等で、もっと純粋な『殺意』が、この街で産声を上げたとね」
「……獲物だと?」
「ええ。貴女が血眼になって探している、そのお友達のことよ」
ベルベットは、懐から一枚のデータチップを取り出し、響に放った。響が受け取る。 彼女のスマホに転送されたのは、先ほどベルベットが解析した監視カメラの映像だった。 ノイズ混じりの画面。だが、そこには確かに映っていた。
吸血鬼に襲われ、そして逆にその腕に噛み付く美咲の姿が。
映像の中の美咲は、響が知っている優しい少女ではなかった。眼鏡は割れ、瞳は虚ろで、獣のように獲物を貪っていた。恐怖に怯えているようでもあり、同時に、満たされない飢餓に突き動かされているようでもある。
「嘘だ……」
響の声が震える。 スマホを持つ手が小刻みに揺れ、画面が雨に濡れる。
「嘘だ…美咲は、ただの女子高生だ。人なんか殺せるわけねぇ! 吸血鬼なんか倒せるわけねぇんだよ!」
「認めたくない気持ちはわかるわ。……でも、現実は残酷よ」
ベルベットが冷酷に告げる。 その声には、同情も嘲笑もなく、ただ事実を述べる研究者のような冷徹さがあった。
「私は見たのよ。……その場所で起きた現象の残滓を。あの子は、吸血鬼を『殺した』んじゃない。『消去』したの」
ベルベットは一歩、響に近づいた。
「あれは人間じゃない。……『救世主』の幼生よ」
「メシア……?」
「そう。世界を浄化し、リセットするために生まれた、聖なる捕食者の雛。……私が1000年間探し続け、真祖ヴィクトルを殺すために必要としていた、唯一の毒」
彼女の瞳に、狂気的な歓喜の炎が揺らめく。祈は「調律者」だった。世界を安定させるための楔。だが、美咲は違う。 彼女は「捕食者」だ。魔を食い尽くし、更地にするための破壊神。
「貴女には荷が重いわ、響。……あの子はもう、貴女の知っている『お友達』じゃない。放置すれば、無自覚なまま周囲の異能を喰らい尽くす災害になる」
ベルベットが手を差し伸べる。それは救済の手ではない。 所有権を主張する、支配者の手だ。
「だから、私が『保護』してあげる。……感謝しなさい。貴女が殺される前に、私が管理してあげるのだから」
「……保護だぁ?」
響が、スマホを握りつぶした。 バキリ、と画面が割れる音が、雨音に混じる。
「ふざけんなッ!!」
響の怒りが爆発した。 理屈などどうでもいい。メシアだとか、毒だとか、そんな能書きはどうでもいい。 目の前の女は、美咲を「モノ」扱いし、利用しようとしている。 あいつは、一緒にタピオカを飲んで笑う、ただの女子高生なんだ。アタシの、たった一人の親友なんだ。
「美咲は……アタシの友達だ! 誰にも渡さねぇ!」
響の拳に雷が宿る。大気中の電気が一点に収束し、閃光となる。必殺の距離。 龍神の一撃が、ベルベットの顔面を捉えようとする。
だが。
「退け、小娘。……我らの邪魔をするな」
朱雀が動いた。 彼は、響の動きを完全に見切っていた。無造作に振るわれた右腕。 ただそれだけの動作で、爆発的な熱波が発生した。
ドォォォォォン!!
「ぐぁっ……!?」
水蒸気爆発が起こり、視界が白く染まる。響の雷は熱によって拡散し、相殺された。圧倒的な圧力に吹き飛ばされ、響は濡れたアスファルトの上を無様に転がった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




