表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコリス・アナザー・ヴァース  作者: ネオもろこし
救世主降臨(メシアアライズ)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/53

第十一話「銀色の雨と龍の迷子」2

第二章 緋色の来訪者


 それは、数日前のことだった。 聖地アストエルでの「偽りのハルマゲドン」が終結し、ベルベット・ミラーが東帝都(トウテイト)の地を踏んだ夜。彼女は、自身の傘下にあるハッカー集団を使い、死舞谷(シブヤ)周辺の監視カメラ網を虱潰しに洗っていた。


 彼女を突き動かしていたのは、吸血鬼としての本能的な「震え」だった。 アストエルで天羽祈(あもう いのり)が覚醒した瞬間、世界の反対側で響き渡った、産声にも似た強烈な魔力の波動。 祈は「メシア」ではなかった。ならば、その対極で生まれた存在こそが、自分が1000年間探し求めていた「本物」であるはずだ。


「……見つけたわ」


 ベルベットは、路地裏の防犯カメラの映像を停止させた。画面は酷いノイズに覆われ、白黒の砂嵐が走っている。 だが、そのノイズの合間に、一瞬だけ映り込んだ「影」があった。


 襲いかかる吸血鬼。 そして、それを迎撃する制服姿の少女。映像はそこで途切れている。カメラのレンズが、高すぎる魔力干渉に耐えきれず焼き切れたのだ。


 ほんの数時間前、ベルベットは、現場へと向かった。そこで彼女が見たのは、雨に濡れた灰の山と、アスファルトに焼き付いた「銀色の染み」だった。


「……ああ、なんてこと」


 ベルベットは、その染みに指を這わせた。ジュッ、と指先が焦げる音がする。吸血鬼の肉体を拒絶し、消滅させる聖なる猛毒。聖水などという生易しいものではない。存在の根源を否定する「死の概念」そのもの。


「これよ……。私が欲しかったのは、これなのよ」


 彼女の身体が、歓喜に打ち震えた。アストエルでの失望は、この瞬間のためにあったのだ。 祈という偽物が開いた扉から、本物の怪物が這い出してきた。


 不死なる真祖、ヴィクトル・ノスフェラトゥ。 彼を殺し、その玉座を奪うためには、彼と同じ「(ことわり)の外」にある力が必要だった。 それが今、この極東の島国で、無自覚なまま産声を上げている。


「まだ幼い。……自分の力が何なのか、理解していないわね」


 残された痕跡は、少女が空腹に耐えかねて無差別に捕食したことを物語っていた。制御されていない力。彷徨う核弾頭。 今なら、手に入る。 今なら、私の「武器」として飼いならせる。


「待っていなさい、愛しい子。……私が、貴女のゆりかごになってあげる」


 ベルベットは、闇の中で妖艶に微笑んだ。 狩りの時間は終わった。これからは、収穫(ハーベスト)の時間だ。


 ――そして、現在。雨の死舞谷、スクランブル交差点。


「……正解よ、東洋の龍」


 雨音に混じって響いたその声は、辰巳響(たつみ ひびき)の鼓膜を甘く、そして冷たく撫でた。


 響が弾かれたように振り返ると、雑踏の向こう、誰もいない横断歩道の真ん中に、真っ赤な傘を差した女が立っていた。 周囲の人間が彼女を避けているのではない。 彼女の放つ異質な気配――死と退廃の香りが、無意識のうちに人々を遠ざけ、ぽっかりとした空白地帯を作っているのだ。


 真紅のチャイナドレスに、黒い革ジャン。紫煙をくゆらせる長い煙管(キセル)。 吸血鬼の三大一族・ミラー家当主、ベルベット・ミラー。


 そしてその傍らには、巨大な炎の翼を畳み、雨粒さえも蒸発させる熱気を纏った男――朱 焔陽(朱雀)が控えている。


「テメェ……! なんでここにいんだよ!」


 響が激昂し、全身から青白い雷を放つ。バチバチとアスファルトが焦げ、水たまりが沸騰する。 アストエルでの因縁。祈を連れ去り、利用した張本人たち。 だが、ベルベットは響の殺気など意に介さず、優雅に傘を回した。


「アストエルでの約束(ハルマゲドン)は失敗したわ。……あの時は、貴女たちの『おままごと』に水を差されてしまったけれど」


 ベルベットは、響の足元――銀色の血痕が残るアスファルトへ視線を流した。


「でも、無駄足ではなかった。……私の『鼻』が嗅ぎつけたのよ。アストエルの偽物()よりも、もっと上等で、もっと純粋な『殺意』が、この街で産声を上げたとね」


「……獲物だと?」


「ええ。貴女が血眼になって探している、そのお友達のことよ」


 ベルベットは、懐から一枚のデータチップを取り出し、響に放った。響が受け取る。 彼女のスマホに転送されたのは、先ほどベルベットが解析した監視カメラの映像だった。 ノイズ混じりの画面。だが、そこには確かに映っていた。


 吸血鬼に襲われ、そして逆にその腕に噛み付く美咲(みさき)の姿が。


 映像の中の美咲は、響が知っている優しい少女ではなかった。眼鏡は割れ、瞳は虚ろで、獣のように獲物を貪っていた。恐怖に怯えているようでもあり、同時に、満たされない飢餓に突き動かされているようでもある。


「嘘だ……」


 響の声が震える。 スマホを持つ手が小刻みに揺れ、画面が雨に濡れる。


「嘘だ…美咲は、ただの女子高生だ。人なんか殺せるわけねぇ! 吸血鬼なんか倒せるわけねぇんだよ!」


「認めたくない気持ちはわかるわ。……でも、現実は残酷よ」


 ベルベットが冷酷に告げる。 その声には、同情も嘲笑もなく、ただ事実を述べる研究者のような冷徹さがあった。


「私は見たのよ。……その場所で起きた現象の残滓(ログ)を。あの子は、吸血鬼を『殺した』んじゃない。『消去』したの」


 ベルベットは一歩、響に近づいた。


「あれは人間じゃない。……『救世主(メシア)』の幼生よ」


「メシア……?」


「そう。世界を浄化し、リセットするために生まれた、聖なる捕食者の雛。……私が1000年間探し続け、真祖ヴィクトルを殺すために必要としていた、唯一の毒」


 彼女の瞳に、狂気的な歓喜の炎が揺らめく。祈は「調律者」だった。世界を安定させるための楔。だが、美咲は違う。 彼女は「捕食者」だ。魔を食い尽くし、更地にするための破壊神。


「貴女には荷が重いわ、響。……あの子はもう、貴女の知っている『お友達』じゃない。放置すれば、無自覚なまま周囲の異能を喰らい尽くす災害になる」


 ベルベットが手を差し伸べる。それは救済の手ではない。 所有権を主張する、支配者の手だ。


「だから、私が『保護』してあげる。……感謝しなさい。貴女が殺される前に、私が管理してあげるのだから」


「……保護だぁ?」


 響が、スマホを握りつぶした。 バキリ、と画面が割れる音が、雨音に混じる。


「ふざけんなッ!!」


 響の怒りが爆発した。 理屈などどうでもいい。メシアだとか、毒だとか、そんな能書きはどうでもいい。 目の前の女は、美咲を「モノ」扱いし、利用しようとしている。 あいつは、一緒にタピオカを飲んで笑う、ただの女子高生なんだ。アタシの、たった一人の親友なんだ。


「美咲は……アタシの友達だ! 誰にも渡さねぇ!」


 響の拳に雷が宿る。大気中の電気が一点に収束し、閃光となる。必殺の距離。 龍神の一撃が、ベルベットの顔面を捉えようとする。


 だが。


「退け、小娘。……我らの邪魔をするな」


 朱雀が動いた。 彼は、響の動きを完全に見切っていた。無造作に振るわれた右腕。 ただそれだけの動作で、爆発的な熱波が発生した。


 ドォォォォォン!!


「ぐぁっ……!?」


 水蒸気爆発が起こり、視界が白く染まる。響の雷は熱によって拡散し、相殺された。圧倒的な圧力に吹き飛ばされ、響は濡れたアスファルトの上を無様に転がった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ