表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコリス・アナザー・ヴァース  作者: ネオもろこし
魔界脱出(ディープアビス)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/54

第九話「腐肉の園の甘い毒 」2

第二章 痛覚の証明


 バチンッ!! ドゴッ!!


 久遠灯(くおん あかり)の手加減なしの平手打ちと裏拳が、二人の男の頬を強打した。焼き爛れた左腕の熱と、物理的な痛みが、脳髄を揺さぶる警鐘となる。


「……ッ!? 熱い!」


「痛ってぇ! ……な、何だ!?」


 ルシウス・クロウリーとチャーリー・Sの瞳に、理性の光が戻った。彼らは呆然と周囲を見渡し、自分たちの身体が腰まで地面の「肉」に沈み込み、同化しかけていることに気づいて戦慄した。


「不覚! 私は、何を……!」


 ルシウスが聖なる光を放ち、足元の肉を浄化して強引に引き抜く。 その顔は、自らの心の隙を突かれた羞恥と、神への背信に対する憤怒で朱に染まっていた。彼は唇を噛み締め、聖遺物の十字架を強く握り直す。


「神の愛に抱かれるなどと……。悪魔が見せる幻覚に、この魂を委ねようとしたか!」


「チッ、酒の酔いよりタチが悪いぜ! ……俺としたことが、女に骨抜きにされるとはな!」


 チャーリーも冷水を被り、意識をクリアにする。神獣としての誇りを傷つけられた彼もまた、殺気立っていた。彼は自身の頬を叩き、残っていた甘い未練を物理的に追い出した。


「あら、残念。……痛いのがお好きなの?」


 霧の奥から、艶やかな声が響いた。色欲の王アヴァルフェム。 彼女は、花弁の玉座に深く腰掛け、不満げに唇を尖らせていた。 その表情は、愛しいペットに指を噛まれた飼い主のように、嗜虐的で、どこか哀れみを含んでいる。


「せっかく、苦しまずに一つになれるチャンスをあげたのに。……貴方たち、マゾヒストなの?」


「黙れ、魔女!」


 ルシウスが十字架を構える。 その碧眼には、先程までの陶酔は微塵もない。 あるのは、自らを惑わせた悪徳に対する、氷のような殺意だけ。


「私の魂は神に捧げたものだ。……貴様のような汚らわしい肉塊に、一ミリたりとも渡すものか! 私の安らぎは、戦いの果てにのみある!」


「俺もだ。……俺の甲羅は、そんなふやけた愛じゃ溶かせねえよ」


 チャーリーもまた、玄武のオーラを立ち昇らせる。 背中の亀と蛇の刺青が、青白く輝き始める。


「俺たちは、傷つくことも、疲れることも承知でここに立ってるんだ。……楽になりてぇなら、とっくに逃げ出してるさ」


 三人の拒絶。 それは、アヴァルフェムにとって予想外の反応だった。 この領域に入った者は、皆、快楽に溺れ、自ら個を捨てて溶けていくのが常だったからだ。 痛みをあえて選び、個を保とうとする意志。 それは彼女にとって、理解不能な「異物」であり、排除すべき「不協和音」だった。


「……生意気な」


 アヴァルフェムの表情が、妖艶な笑みから、醜悪な怒りへと変わった。美しかった美女の顔が縦に裂け、その下から無数の牙と、蠢く触手が覗く。


「私を拒むの? ……私の愛を、汚らわしいと言ったの?」


 ゴゴゴゴゴ……。


 湿地帯全体が震え始めた。地面だと思っていた肉の絨毯が、一斉に隆起する。 それは地面ではなかった。 アヴァルフェムの、巨大な身体の一部だったのだ。 私たちは最初から、彼女の手のひらの上――いや、胃袋の中にいたのだ。


「なら、いいわ。……優しく溶かしてあげるのはやめ」


 彼女の全身から、無数の触手が伸びた。それは植物の蔓のようであり、血管のようでもあり、そして巨大な寄生虫のようでもあった。先端からは、黄緑色の溶解液がポタポタと滴り落ちている。一滴で岩をも溶かす、強力な消化液。 地面に落ちるたびに、ジュッという音と共に白い煙が上がる。


「無理やり犯して、ドロドロに砕いて、飲み込んであげる!」


 魔王の力が膨れ上がる。 この空間そのものが、彼女の捕食器官だ。逃げ場はない。 全方位から、消化と吸収の嵐が迫る。


「……チッ。デカくなりやがった」


 灯がM500を構えるが、相手の質量があまりに大きすぎる。再生能力も桁違いだ。 触手の一本を吹き飛ばしても、断面から即座に新たな触手が生えてくる。まともに戦って勝てる相手ではない。ここで消耗すれば、脱出する前に力尽きる。


「愛だの恋だの語る前に……テメェのその食い意地をどうにかしな!」


 灯が叫び、M500を連射する。神気を帯びた弾丸が、迫りくる触手の群れを弾き飛ばす。 だが、それは一時しのぎに過ぎない。 切断された触手は、地面の肉と融合し、再び鎌首をもたげる。


「無駄よ、無駄! ……貴女たちの抵抗も、悲鳴も、全て私の養分になるの!」


 アヴァルフェムが高笑いする。彼女の身体から、甘い香りが爆発的に噴き出した。 物理的な攻撃だけでなく、再び精神汚染のフェロモンが襲いかかる。


「くっ……! また、あの香りが!」


 ルシウスが顔をしかめる。聖遺物の結界が、ピンク色の霧に侵食され、明滅している。


「神父! 結界を維持しろ! ここで意識を持っていかれたら終わりだぞ!」


 チャーリーが叫び、水の壁を展開して霧を防ぐ。 だが、水流さえも甘い毒に染まり、粘度を増していく。


「わかっている! ……だが、この濃度は異常だ! 私の信仰心が試されている……!」


 ルシウスが脂汗を流す。 彼の眼前には、再び甘美な幻覚がちらついている。戦いを放棄し、ただ愛されるだけの世界。 それがどれほど楽か。 だが、彼は自身の舌を噛み切り、痛みで正気を保った。


「……退け、悪魔め!」


 ガガガガガッ!!


 ルシウスのガトリングガンが火を噴く。聖銀の弾幕が、迫りくる肉の波を押し返す。


「逃げるぞ! ……こいつは、まともな生物じゃねえ!」


 灯が叫ぶ。 目的は討伐ではない。この腐肉の園を突破し、出口へたどり着くことだ。魔王を倒す必要はない。 ただ、彼女の愛(消化)から逃げ切ればいい。


「道を作る! ……遅れるなよ!」


 灯は、迫りくる触手の群れに向かって、真っ正面から駆け出した。焼けた腕が痛む。だが、その痛みこそが、彼女が生きている証であり、この幻覚の楽園を切り裂く唯一の刃だった。


「あら、逃げるの? ……許さないわよ。貴女たちは私のものだもの」


 アヴァルフェムが、花弁のような巨大な手を広げた。行く手を阻む肉の壁。


「通すかよッ!!」


 灯は、地面を蹴った。 吸血鬼の跳躍力。彼女は空中で身をひねり、魔王の顔面――妖艶な美女の部分に向けて、M500の銃口を向けた。


「テメェの愛は重すぎるんだよ! ……ダイエットしろ!」


 ズドンッ!!


 至近距離からの射撃。弾丸がアヴァルフェムの眉間を貫通する。 魔王の顔が弾け飛び、ピンク色の体液が噴水のように撒き散らされた。


「ギャアアアアアッ!?」


 魔王が悲鳴を上げ、触手の壁が崩れる。再生するまでの数秒間。 それが、唯一の勝機。


「今だ! 走れッ!!」


 灯の合図と共に、ルシウスとチャーリーも駆け出した。腐肉の迷宮を、泥だらけの三人が疾走する。 背後からは、顔を再生させながら激怒する魔王の絶叫が追いかけてくる。


「待ちなさい! 愛してあげるって言ってるじゃない! なんで逃げるのよォッ!!」


「お断りだ! 俺は束縛されるのが大嫌いなんでね!」


 チャーリーが振り返りざまに氷の礫を放ち、追っ手を牽制する。


 出口が見えた。極彩色の霧が晴れ、赤茶けた岩肌が見えてくる。あそこまで行けば、魔王の領域から脱出できる。


「抜けるぞ!」


 灯たちは、最後の力を振り絞って、光の中へと飛び込んだ。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ