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リコリス・アナザー・ヴァース  作者: ネオもろこし
魔界脱出(ディープアビス)編

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第八話「灼熱の憤怒と静かなる炎」3

第三章 静寂なる一撃


『生意気なァァァッ!!』


 憤怒の王アヴァラグナが激昂し、四本の腕全てを使って襲いかかってくる。 炎の剣、雷の斧、岩石の拳、そして溶岩の爪。全方位からの破壊の嵐が、三人を挽き肉に変えようと迫る。


「来るぞ!」


 久遠灯(くおん あかり)は、あえて防御しなかった。彼女は、暴走するルシウス・クロウリーとチャーリー・Sの攻撃射線上に、自らの身を晒した。


「……ッ!」


 ルシウスの放った聖銀弾が、灯の肩を掠める。チャーリーが作り出した氷の礫が、頬を切り裂く。 激痛。肉が焼け、凍てつく感覚が神経を逆撫でする。だが、灯はその痛みを「燃料」に変えた。怒りを爆発させて散らすのではない。体内で圧縮し、臨界点まで高め、一点に収束させる。


「ルシウス、チャーリー。……あとで一発ずつ殴らせろよ」


 灯は、二人の攻撃の軌道を利用して加速した。ルシウスの弾幕を盾にし、チャーリーの氷塊を足場にして、アヴァラグナの懐へと飛び込む。


『なっ、味方の攻撃を……!?』


 魔王が驚愕する。灯は、仲間からの攻撃さえも推進力に変え、ミサイルのように突っ込んできた。


「借りれるもんは、殺意だって借りてやる!」


 灯は、アヴァラグナの開いた口の中に、M500の銃口を突っ込んだ。喉の奥、灼熱の炉心が見える。


「テメェの怒りは、ただの癇癪だ。……底が浅いんだよ!」


 灯の右腕が赤熱する。天帝、吸血鬼、真祖、魔天子。 四つの血が、灯の「静かなる怒り」によって完全に制御され、右腕に集約される。


「頭冷やして……出直してきなッ!!」


 ズドオォォォォォン!!


 ゼロ距離射撃。圧縮された魔力弾が、アヴァラグナの体内を貫通し、背中へと突き抜けた。


 物理的な破壊ではない。魔王の「怒りの(コア)」を、より強大で冷徹な「意志」が粉砕したのだ。 灯の怒りの質量が、魔王の怒りを上回った瞬間――のはずだった。


 爆煙が晴れる。 灯は着地し、荒い息を吐きながら振り返った。 終わったはずだ。 核を撃ち抜かれた魔王は、崩れ落ちるはずだ。


 だが。


『……痛いな』


 低い、地を這うような声が聞こえた。 灯が目を見開く。


 アヴァラグナは、倒れていなかった。 胸に風穴を開けられ、背中まで貫通しているにも関わらず、彼は仁王立ちのまま、灯を見下ろしていた。その六つの瞳が、先ほどまでとは比較にならないほどドス黒い、純粋な憎悪で染まっていく。


『痛い……痛いぞ……! よくも……よくも傷つけたなァァァッ!!』


 魔王の傷口から、血ではなく、煮えたぎるマグマが噴出した。マグマは傷を塞ぐどころか、全身を覆い、新たな鎧となって凝固していく。 黒曜石の皮膚がさらに厚く、鋭利に変貌する。核を破壊されたことで死ぬのではなく、核が破壊された「怒り」を糧にして、さらに強大化したのだ。


『許さん……! 貴様らごとき羽虫が、王である私に痛みを教えるなど……! 万死に値する!』


「……マジかよ」


 灯が呻く。M500の弾丸は尽きている。渾身の一撃を受けてなお、魔王の闘気(オーラ)は衰えるどころか、倍増していた。 これが、「憤怒」の本質。 戦えば戦うほど、傷つけば傷つくほど、そのエネルギーは無限に増殖していく。


『潰れろ!!』


 アヴァラグナが拳を振り下ろした。単純な殴打。だが、その質量は山脈一つ分に匹敵する。


「くっ……!」


 灯は反応が遅れた。 回避できない。


 ガギィィィン!!


 金属音が響き、火花が散った。 灯の頭上で、巨大な拳が止まっていた。


「……神父!」


 ルシウスが、十字架を盾にして割り込んでいた。彼は膝をつき、全身の血管を浮き上がらせて、魔王の拳を受け止めている。 聖遺物の光が、魔王の圧力をギリギリで相殺している。


「……正気に戻ったか」


「ああ。……最悪の目覚めだ」


 ルシウスは、苦痛に顔を歪めながらも、灯に減らず口を叩いた。


「貴様に借りを作ったままでは、死んでも死にきれん」


「ヒャッハー! 俺も混ぜろよ!」


 チャーリーが、側面から水流の鞭を放ち、アヴァラグナの腕を絡め取った。 玄武の剛力で引っ張り、体勢を崩させる。


「遅えんだよ、二人とも!」


「文句は後だ! ……こいつ、底なしだぞ!」


 チャーリーが叫ぶ。 アヴァラグナは、ルシウスとチャーリーの拘束を、筋肉の膨張だけで引き千切ろうとしている。


『小賢しい! 力比べで我に勝てると思うたか!』


 魔王の全身から、熱波が放射された。ルシウスの法衣が焦げ、チャーリーの水流が沸騰する。圧倒的な出力差。 このままでは、三人まとめて蒸発させられる。


「……勝てねえ」


 灯は悟った。 力でねじ伏せることは不可能だ。 怒りを怒りで返せば、相手はさらに強くなる。 この無限の連鎖を断ち切るには、物理的な破壊力ではない、「別の理屈」が必要だ。


「おい、亀野郎! 水だ!」


 灯が叫んだ。


「こいつの熱を奪え! ……物理的に冷やすんじゃねえ! こいつの『時間』ごと凍らせるんだ!」


「無茶言うな! ここは灼熱地獄だぞ!?」


「やれ! 神獣の意地を見せろ!」


「……チッ、人使いの荒いリーダーだ!」


 チャーリーは、覚悟を決めた。彼はサングラスをかなぐり捨て、両手を地面に突き刺した。


「なら、俺の全霊を持ってけ! ……『絶海氷壁(アビスグレイシア)』・絶対零度(アブソリュート・ゼロ)!!」


 チャーリーの全身から、青白い冷気が爆発的に広がった。それは、物理的な氷ではない。対象の分子運動を強制的に停止させる、概念的な「静止」の力。 魔界の熱気さえも凍てつかせる、玄武の奥義。


『ぬぅ……!?』


 アヴァラグナの動きが鈍る。マグマの鎧が灰色に変色し、ひび割れていく。


「今だ、神父! 縫い付けろ!」


「承知!」


 ルシウスが、十字架を変形させた。パイルバンカーの杭が、最大出力で回転する。 彼は、聖遺物の輝きを杭に集中させた。


「主よ、荒ぶる魂に鎮静を! ……『聖釘(セイント・ネイル)』ッ!!」


 ズドン!!


 ルシウスが放った杭が、アヴァラグナの足元――影の部分に突き刺さった。 肉体ではなく、影を縫い止める封印術式。 魔王の動きが、完全に停止する。


『貴様ら……! 小細工を……!』


 アヴァラグナが吼えるが、体は動かない。 冷却と封印。 二つの拘束が、魔王の無限の怒りを一時的にロックしたのだ。


「……灯! やるなら今しかねえぞ!」


 チャーリーが血を吐きながら叫ぶ。 ルシウスも限界だ。 この拘束は、数秒しか持たない。


 灯は、M500を捨てた。 拳を握りしめる。四つの血が、右腕に集約される。だが、今度は「怒り」ではない。もっと冷たく、重く、そして鋭利な感情。


「……テメェの怒りは、ただの癇癪だ」


 灯が踏み込む。アヴァラグナの目の前へ。


「熱すぎて、自分が何を燃やしてるかも分かってねえ」


 灯は、魔王の燃える瞳を見据えた。


「本当の怒りってのはな……」


 灯の右腕が、赤熱を超えて、白く輝き始めた。 それは、全ての感情を削ぎ落とした後に残る、純粋な「殺意」の光。


「もっと冷たくて……静かで……長く燃え続けるもんだ!!」


 ズドオォォォォォン!!


 灯の拳が、アヴァラグナの眉間を打ち抜いた。 貫通はしない。 だが、その衝撃は装甲を透過し、脳髄を揺らし、思考回路をショートさせた。物理的なダメージではない。「怒り」という概念に対する、完全なる否定。 「お前の怒りは、私には通じない」という、魂の拒絶。


『ガ、……ァ……』


 アヴァラグナの瞳から、憎悪の光が消えた。 白目を剥き、巨体がゆらりと揺れる。 彼は死んではいない。 だが、その精神は強制的にシャットダウンされた。 怒りの供給源を断たれ、意識を失った魔王は、ただの巨大な岩石の塊へと戻っていく。


 ズズズ……ン。


 アヴァラグナが、膝から崩れ落ちた。 地響きが収まり、噴火が止まる。 戦場を覆っていた赤い結界が霧散し、熱波が引いていく。


「……はぁ、はぁ……」


 灯は、拳を握ったまま立ち尽くしていた。 右手の骨は砕け、感覚がない。 だが、勝った。 力ではなく、意志の強さで、魔王をねじ伏せたのだ。


「……やったか」


 ルシウスが、十字架を杖にして立ち上がる。チャーリーが、大の字に寝転がって息を整える。


「とんでもねぇ化け物だったな……」


 アヴァラグナは、眠っているだけだ。いずれまた目覚め、怒り狂うだろう。だが、今はこれでいい。 道は開けた。


「……行くぞ」


 灯は、腫れ上がった右手で「わかば」の空箱を弄んだ。中身はないが、その感触が心を落ち着かせる。


「次はどんなイカれた奴が待ってるか、楽しみだな」


 三人は歩き出す。 崩れ去った火山の向こう、陽炎の揺らめく地平線へ。


 空気の色が変わる。熱気は去ったが、代わりに肌にまとわりつくような、湿った気配が漂い始めた。 甘く、そして腐った花の香り。 どこか遠くで、女のすすり泣く声が聞こえるような気がした。


 次に何が待ち受けているのかはわからない。その背後では、眠りについた憤怒の王が、巨大な墓標のように静まり返っていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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