第八話「灼熱の憤怒と静かなる炎」2
第二章 理性の崩壊
「来るぞ! 散開!」
久遠灯の鋭い指示が、爆音の中で響いた。三人は弾かれたように左右へと飛び散る。 その直後、憤怒の王アヴァラグナが振り下ろした炎の剣が、彼らがつい先ほどまで立っていた場所を直撃した。
ジュウウウッ……!!
岩盤が溶解する不快な音。 剣が触れた箇所から同心円状に熱波が広がり、赤茶けた大地を一瞬にしてドロドロの溶岩の海へと変えていく。飛び散るマグマの飛沫が、致命的な散弾となって襲いかかる。
「ヒャッハー! やりやがったなデカブツ!」
チャーリー・Sが、飛沫を避けながら吼えた。 彼は手首のスナップを利かせ、空中に生成した水流のムチをしならせる。 神獣の魔力が込められた重水の一撃。それは岩をも砕く威力を持っているはずだった。
だが。
「オラァッ!」
チャーリーが放った水流は、アヴァラグナの装甲に触れた瞬間、激しい蒸気を上げて霧散した。通用しないわけではない。 だが、チャーリーの動きが大味すぎた。いつもの飄々とした冷静さは消え失せ、ただ力任せに水を叩きつけるだけの、野蛮な攻撃になっていた。
「効かねえよ、水遊びか!?」
アヴァラグナは、嘲笑うように裏拳を振るった。左下の腕に握られた、雷を纏う戦斧。その側面が、水流のガードごとチャーリーを捉える。
ガゴォン!!
「ぐはっ……!?」
チャーリーの巨体が、ボールのように弾き飛ばされた。 背後の岩壁に激突し、クレーターを作る。 普段の彼なら、受け流すか、あるいは水に溶けて回避していただろう一撃。 それを、まともに食らってしまった。
「チャーリー!」
ルシウス・クロウリーが、十字架を構え、援護射撃を開始する。 ガトリングガンの高速回転音。聖銀の弾丸が、雨あられと魔王に降り注ぐ。装甲が削られ、火花が散る。
『……痛いな』
だが、アヴァラグナは怯むどころか、その六つの瞳をさらに血走らせ、歓喜に震えた。
『痛い! 痛いぞ! ……貴様、よくも! よくも傷つけたなァァァッ!!』
魔王が絶叫すると、周囲の空間が赤く、どす黒く染まった。大気中のマナが変質し、粘着質な殺意の波動となって三人を包み込む。
固有結界『憤怒の檻』。
この領域内では、物理法則が「怒り」によって書き換えられる。受けた痛みはそのまま攻撃力へと変換され、さらに、敵対する者の心にある「怒りの種」を強制的に発芽させ、暴走させる精神汚染フィールド。
「……う、ぐぅ……ッ!」
ルシウスが、ガクリと膝をついた。十字架を支えにし、脂汗を流して喘ぐ。聖遺物の加護が、必死に精神汚染を食い止めようとしている。 だが、彼の心には、あまりにも多くの「燃料」がありすぎた。
脳裏に浮かぶフラッシュバック。 H.L.O.H.での屈辱。信仰を利用され、多くの無辜の民を見殺しにするよう命じられた、ヴァレリオ枢機卿の裏切り。アストエルで守れなかった孤児たちの泣き顔。そして、自分の無力さへの悔恨。
それらが全て、出口を求めて暴れまわる、どす黒い「怒り」となって爆発する。
「……許さん」
ルシウスが顔を上げた。その碧眼からは、理性の光が消え失せていた。 あるのは、狂戦士のような、濁った殺意の炎だけ。
「……神を冒涜する者も、私を利用した組織も、理不尽な世界も……全て、焼き尽くしてやる!」
彼は十字架を変形させた。安全装置を解除。ガトリングガンを乱射し始めた。 狙いは魔王だけではない。 視界に入るもの全て――灯や、瓦礫から這い出そうとしていたチャーリーさえも巻き込む、無差別攻撃。
「死ね! 悪徳も、偽善も、すべて消え失せろ!」
ダダダダダダダッ!!
聖銀の弾丸が、味方の足元をえぐる。
「おい、神父! 正気に戻れ!」
灯が叫び、転がって弾幕を避ける。だが、声は届かない。 怒りに支配された者の耳には、他者の言葉などノイズにしか聞こえない。
「全部壊れちまえ! ……俺はもう、我慢しねぇ!」
瓦礫の山から、チャーリーが飛び出した。彼もまた、汚染されていた。 玄武の鎧を暴走させ、周囲を無差別に凍結させながら暴れ回っている。
「逃げるのも、守るのも飽きたんだよ! ……俺だって、暴れたかったんだ!」
彼の心にあったのは、逃避への罪悪感と、それを正当化したいという屈折した衝動。 青龍が封印された時、何もできなかった自分への怒りが、破壊衝動となって噴出する。
水流の鞭がルシウスを襲い、ルシウスの弾丸がチャーリーを撃つ。仲間同士での殺し合い。共倒れの舞踏。
『ギャハハハハハ!!』
アヴァラグナは、その光景を見て下卑た笑い声を上げた。 腹を抱え、六つの目を歪めて哄笑する。
『そうだ! 憎め! 怒れ! 殺し合え!』
彼は、自分の撒き散らした毒で、人間たちが自滅していく様が愉快でたまらないのだ。理性だの、正義だの、友情だの。 そんな薄っぺらい皮を一枚剥げば、中身は自分と同じ、ただの獣ではないか。
『理性などという皮を被っていても、中身は獣だろうが! その醜い本性を晒せ! もっと血を流せ!』
灼熱と狂気が支配する戦場の中で。 ただ一人、氷のように冷静さを保っている者がいた。
久遠灯だ。
彼女は、暴走するルシウスの弾丸を最小限の動きで躱し、チャーリーの氷塊を拳で砕きながら、静かに魔王を見据えていた。 その瞳は、燃え盛る周囲の炎とは対照的に、凍てつくように冷たい。呼吸は乱れず、心拍数も一定。 まるで、嵐の中心にいるかのような静寂。
『……あぁ? なんだ貴様は』
アヴァラグナが、笑いを止めた。 灯の「反応のなさ」に、苛立ちを覚えたのだ。 自分の結界の中にいて、なぜ平然としていられるのか。 なぜ、怒りに我を忘れて踊らないのか。
『なぜ怒らん? なぜ暴れん?』
魔王が、灯を指差す。
『見えているぞ! ……貴様の中にも、どす黒い怨念が渦巻いているのが!』
アヴァラグナには見えていた。灯の魂の奥底に沈殿している、1000年分の澱が。 親に捨てられ、恋人を殺され、化け物にされ、1000年間孤独に歩き続けてきた女の、煮えたぎるような恨みが。
『貴様は被害者だ! 世界に復讐する権利がある! ……なのに、なぜ澄ました顔をしている!?』
魔王の言葉が、灯の古傷を抉る。 だが、灯は表情を変えなかった。 M500のハンマーを、親指で静かに、カチリと起こしただけだ。
「……ああ。あるよ」
灯の声は、低く、よく通った。
「私の腹ン中は、いつだって煮えくり返ってるさ。……1000年分の、やり場のない怒りでな」
彼女は、思い出す。 かつて自分を弄んだレオンハルトの嘲笑。 運命を操った烏丸の冷徹な目。そして、理不尽に奪われた周の命。
叫び出したいほどの激情。 世界を壊してしまいたいほどの衝動。それは、彼女が吸血鬼になって以来、片時も忘れたことのない感情だ。 毎晩、枕を濡らし、壁を殴り、血を吐くほどに呪ってきた。
だからこそ。 彼女は「怒り」の扱い方を知っていた。1000年という時間は、怒りに身を任せて自滅するには長すぎた。怒りは爆発させるものではない。 制御し、圧縮し、鍛え上げ、生きるための「力」に変える燃料だ。
「だがな……。本当の怒りってのは、そんな騒がしいもんじゃねえんだよ」
灯の瞳が、絶対零度の殺意で凍てついた。 それは、熱狂的な憤怒よりも遥かに恐ろしい、静謐な断罪の光。
「もっと冷たくて……静かで……長く燃え続けるもんだ」
灯は、一歩踏み出した。ルシウスの弾幕の中を、チャーリーの氷嵐の中を、悠然と歩く。彼女の纏う空気が、周囲の熱波を冷やしていく。 吸血鬼の王としての格が、場の空気を塗り替えていく。
「教えてやるよ、デカブツ」
灯は、銃口を魔王に向けた。
「大人の喧嘩ってやつをな」
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




