第八話「灼熱の憤怒と静かなる炎」1
第一章 終わらない戦争
銀色の悪夢――嫉妬の王アヴァエンヴィルが支配していた水銀の湿原を抜け、私たち三人が足を踏み入れたのは、色彩と温度が暴力的に反転した世界だった。
赤茶けた荒野。 そう表現するには、あまりに生々しく、脈動している大地だった。 地面は無数にひび割れ、その裂け目からはドロドロに溶けた岩石――溶岩が、傷口から溢れる動脈血のようにあふれ出し、黒い岩肌をどす黒い赤色に染め上げている。空は噴煙と火山灰で黒く塗り潰され、太陽の光など届かない。 だが、暗くはない。 地表を流れるマグマの輝きと、絶え間なく轟く雷鳴が、この地獄を陰惨な明滅で照らし出していた。
「……暑苦しい場所だ」
久遠灯が、額に滲んだ汗を手の甲で乱暴に拭いながら呟く。 呼吸をするだけで、喉の奥が焼けるような熱波と、鼻をつく硫黄の臭気が肺腑を犯す。 酸素よりも、殺意の方が濃度が高い空間。
灯の視線の先、地平線の彼方まで広がっていたのは、終わることのない戦場だった。
錆びついた鎧を着た亡者。 ねじれた角と翼を持つ悪魔。複数の生物を合成したような異形の獣たち。
彼らは、陣形を組むこともなく、戦略もなく、ただ目の前にいる「動くもの」全てに襲いかかり、殺し合っていた。敵味方の区別などない。 生存本能ですらない。 ただ、腹の底から湧き上がる名状しがたいイラつき、破壊衝動、そして自己さえも焼き尽くしたいという「怒り」を解消するためだけに、永遠に剣を振るい、牙を突き立て続けているのだ。肉が焦げる臭いと、断末魔の絶叫が、熱風に乗って運ばれてくる。 ここは、静寂が許されない場所だ。
ここを支配するのは、七つの大罪が一つ、『憤怒の王:アヴァラグナ』。理性を焼き尽くす怒りと、終わらない闘争を司る、破壊の化身の領域。
「影響されるなよ。……ここの空気には、闘争本能を刺激する毒が含まれている」
ルシウス・クロウリーが、警告を発した。彼が掲げる巨大な十字架――対魔兵装『ゴルゴダ』の中央に埋め込まれた聖遺物が、青白い光のドームを展開している。聖域結界。 それが、熱波と共に押し寄せる「怒りの波動」を物理的・精神的に弾いている。
だが、その結界も微かに揺らぎ、ノイズが走っていた。この空間に満ちる魔素そのものが、怒りの感情で汚染されているのだ。ここにいるだけで、些細なことで苛立ち、血管が脈打ち、暴れたくなる衝動が、心臓の鼓動に合わせて内側から湧き上がってくる。理性の皮一枚下で、獣が鎖を噛みちぎろうとしている感覚。
「……チッ。わかってるよ、説教くせぇな」
チャーリー・Sが、珍しく乱暴な手つきでサングラスを外した。彼は普段、飄々とした態度で本心を隠しているが、その内側には神獣としての荒ぶる本能を飼っている。 この場の狂気が、彼の中の獣と共鳴し始めているのだ。 その瞳孔は、すでに興奮で細く開き、獲物を探す捕食者の色を帯びていた。
「だがよ……あいつら見てると、ウズウズしちまうんだよ。……一発殴れば、スッキリするんじゃねえかってな」
チャーリーが拳を握りしめる。バキバキ、と指の骨が鳴る音が、妙に大きく、乾いた音として響いた。 彼の背中、アロハシャツの下にある玄武の刺青が、熱を帯びて蠢いている。
「落ち着け、亀野郎。……無駄な体力を使うな」
灯がたしなめる。 だが、彼女自身の指も、S&W M500のラバーグリップが凹むほど強く握りしめられていた。 吸血鬼の血が騒ぐ。1000年の孤独の中で培われた「生き残るための凶暴性」が、この環境下では過剰に刺激される。目の前の全てを破壊してしまえば、どんなに楽だろうか。 そんな破壊衝動が、理性の皮を内側から食い破ろうとしていた。
その時。戦場の中央、世界を見下ろすようにそびえ立っていた巨大な火山が、前触れもなく噴火した。
ドゴォォォォォン!!
天を衝く爆音。火口から、溶岩の噴水と共に、巨大な影が飛び出した。 それは岩石ではない。 意思を持った「災厄」だった。
全身が燃え盛る溶岩と、磨き上げられた黒曜石の装甲で構成された巨躯。 四本の腕を持つ、阿修羅のようなシルエット。 その顔には六つの目があり、すべてが血走った憎悪の色で爛々と輝いている。
『オオオオオオオォォォッ!!』
咆哮。ただ叫んだだけで、周囲で戦っていた数百の亡者たちが衝撃波で吹き飛び、灰となって霧散した。音圧が物理的な壁となって、灯たちの肌を叩く。
『憤怒の王:アヴァラグナ』。
彼は、空中で身をひるがえすと、灯たちの存在に気づき、地響きを立てて着地した。地面が陥没し、クレーターができる。飛び散った溶岩が、雨のように降り注ぐ。
『貴様らか……! 我が同胞たちを虚仮にした、生意気な羽虫どもは!!』
アヴァラグナの手には、それぞれ異なる武器が握られていた。巨大な炎の剣。雷を纏った戦斧。 棘のついた鉄球。 そして、何も持たざる剛腕の拳。
問答無用。 交渉の余地などない、純度100%の殺意が、六つの瞳から放たれている。彼にとって、灯たちが強欲の王や嫉妬の王を退けたことなど、どうでもいい。ただ、「自分のテリトリーに異物がいる」という事実だけで、殺す理由は十分なのだ。
「虚仮になんかしてねえよ。……通り抜けたいだけだ」
灯が叫ぶが、魔王の耳には届かない。彼は、灯たちが存在すること自体が許せないのだ。呼吸をしていること、立っていること、自分を見上げていること。 その全てが、彼の神経を逆撫でする。
『ムカつくんだよ! そのすました顔が! 存在そのものが! 生きていること自体が、我への侮辱だ!!』
理不尽な言いがかり。だが、それこそが「憤怒」の本質。 理由などない。論理などない。 ただ、腹が立つから壊す。気に入らないから消す。赤子が泣くように、魔王は怒りを撒き散らす。
『死ね! 死んで詫びろ!!』
魔王が、炎の剣を振り上げた。刀身に纏わりつく炎が膨れ上がり、巨大な刃となって天を焦がす。 灼熱の暴風が、三人を飲み込もうと迫る。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




