第六話「黄金と強欲の迷宮」2
第二章 魂のオークション
黄金の扉の向こうに広がっていたのは、光の暴力だった。
宮殿の内部は、外観以上に狂気的な蒐集癖によって埋め尽くされていた。壁一面に敷き詰められた金塊。 天井からシャンデリアのように吊り下げられた、希少な宝石の原石。 そして、床に無造作に転がされている、かつての英雄たちが振るったとされる魔剣や聖槍の数々。 それらは博物館のように整然と並べられているのではない。まるで幼子が気に入った玩具を箱の中に放り込んだかのように、雑多に、しかし圧倒的な質量で積み上げられていた。
その中央。山のように積まれた財宝の上に、歪な玉座が鎮座していた。そこに座っていたのは、肥満体の醜悪な魔王だった。
『強欲の王:アヴァグラドゥス』。
その姿は、欲望という概念を具現化したかのように醜かった。 膨れ上がった腹は衣服を突き破り、その皮膚には直接、無数の宝石や貴金属が埋め込まれている。動くたびに、肉と金属が擦れ合う不快な音と、ジャラジャラという硬質な音が響く。十本の指には全て指輪が嵌められ、首には何重もの鎖が巻き付いている。
彼の背後には、特に価値が高いとされる「宝」が陳列されていた。 伝説級の魔導書。古代の王冠。そして、ホルマリン漬けにされた「生きた美女」や、今なお恨めしげに目を見開いている「英雄の生首」が、ガラスケースの中で永遠の時を過ごしている。
『ようこそ、地上の英雄たち』
アヴァグラドゥスが、ぶよぶよとした唇を歪めて笑った。 その声は、脂ぎった油膜のように鼓膜に張り付く。
『噂は聞いているぞ。……あのアヴァドルミアの寝返りを生き延びた者たちだとな』
彼は、値踏みするように三人をジロジロと見回した。久遠灯の真紅の瞳。 ルシウス・クロウリーの聖遺物。 チャーリー・Sの神気。
『フム……。悪くない素材だ。……特に、そこの吸血鬼と聖職者の魂は、なかなか希少な輝きをしている』
「……世辞はいい」
灯は、吐き気をこらえるようにM500の銃口を下げた。
「用件はわかっているはずだ。……アヴァトルの通った道を知りたい」
「アヴァトル……」
その名を聞いた瞬間、アヴァグラドゥスの表情が歪んだ。嫉妬。憎悪。そして、隠しきれない畏怖。
『あいつか。……あの傲慢で、鼻持ちならない裏切り者か』
魔王は、黄金の爪で玉座の肘掛けを引っ掻いた。金粉が舞う。
『奴が地上へ抜けた道……。確かに、私は知っている。……奴が去り際に、私の宝物庫の一部を破壊して通り抜けたルートだからな!』
憤慨するアヴァグラドゥス。だが、すぐにその表情は商人のそれへと戻った。
『教えてやってもいい。……だが、タダというわけにはいかん』
「金ならねえぞ」
灯がポケットを叩く。
『金? ……ハッ、そんなありふれた鉱物に何の価値がある?』
アヴァグラドゥスは、山積みの金塊をゴミのように蹴り飛ばした。 ガラガラと崩れ落ちる純金。
『私が欲しいのは、もっと希少で、代替不可能な「一点物」だ。……魂の輝き。喪失の痛み。あるいは、決して手放せない執着』
彼は、ぬらりとした舌で唇を舐めた。
『取引だ、人間ども。……情報をくれてやる代わりに、お前たちの「一番大切な記憶」を寄越せ』
「……記憶、だと?」
ルシウスが眉をひそめる。
『そうだ。……形ある宝は腐るほどある。だが、刹那を生きる者たちの、鮮烈な感情と記憶……。それだけは、私のコレクションにまだ足りない』
アヴァグラドゥスは、空中に三つの天秤を出現させた。 それぞれが、灯、ルシウス、チャーリーの前に浮かぶ。
『さあ、選べ。……道を通るか、思い出を抱えてここで朽ち果てるか』
魔王は、一人ひとりに「対価」を指定した。
まず、灯に向かって指を差す。
『吸血鬼よ。お前からは……「周と過ごした日々の記憶」を貰おう』
「……ッ!?」
灯の呼吸が止まる。 周。1000年前、彼女が愛し、失った男。 その記憶こそが、久遠灯という存在の核であり、彼女が1000年を生き抜くための唯一の灯火だった。
『甘美で、残酷な記憶だ。……愛する男を毒で失い、自らの手で埋葬した痛み。……実に素晴らしい。私のコレクションに相応しい逸品だ』
「……ふざけるな」
『ふざけてなどいない。……どうせ、それはお前にとって「重荷」だろう?』
アヴァグラドゥスは囁く。
『思い出せば胸が張り裂けそうになる。……忘れようとしても忘れられない呪い。それを私に預ければ、お前は楽になれるぞ? 悲しみから解放され、ただの自由な吸血鬼に戻れるのだ』
甘い誘惑。 忘却という名の救済。 もし、周のことを忘れられたら。 あの雨の日の絶望も、喪失感も、すべて消えてなくなる。 それは、どれほど安らかなことだろうか。
次に、魔王はルシウスを見た。
『聖職者よ。お前からは……「信仰心」を頂こう』
ルシウスの手が、十字架を強く握りしめる。
『お前は神に裏切られた。……組織の腐敗を知り、正義の矛盾に苦しんでいる。だが、それでもなお神を信じようとする、その愚かしくも美しい「信仰」。……それを手放せば、お前はただの男として生きられるぞ?』
そして最後に、チャーリーへ。
『神獣よ。お前からは……「四神としての誇り」だ』
チャーリーのサングラスの奥の瞳が光る。
『仲間を失い、一人で大陸を支えてきた重圧。……もう疲れだろう? ただの遊び人として、刹那の快楽に溺れるのも悪くない』
三つの天秤が、ゆらりと揺れた。 どれもが、彼らのアイデンティティそのもの。 それを失えば、彼らは彼らでなくなる。
沈黙が支配する。 魔界の澱んだ空気が、彼らの決断を促すように重くのしかかる。
「……灯」
チャーリーが、小声で呼びかけた。灯は、俯いていた。 前髪が目元を隠し、表情が見えない。
(周との記憶……)
脳裏に浮かぶ、草庵での日々。 不器用な笑顔。温かい手。 そして、冷たくなっていく身体。 それら全てが、灯の心を1000年間、万力のように締め付け続けてきた。それを手放せば、楽になれる。 もう、夜中に泣いて目覚めることもない。
「……そうだな」
灯が、ポツリと言った。
「確かに、重荷だ。……思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。息ができなくなる」
「灯……?」
ルシウスが不安げに彼女を見る。灯は、ゆっくりと顔を上げた。
その顔には、涙ではなく、獰猛な笑みが浮かんでいた。牙を剥き出しにした、獣の笑み。
「……だがな」
灯は、自分の胸をドンと叩いた。
「その『痛み』こそが、私なんだよ」
「……何?」
アヴァグラドゥスの笑顔が凍りつく。
「周を愛した記憶も、失った悲しみも、1000年の後悔も……。全部ひっくるめて、今の『久遠灯』が出来上がってんだ」
灯は、天秤を乱暴に払いのけた。
「痛みを手放したら、私はただの空っぽな化け物になっちまう。……そんなもん、死んだ方がマシだ」
彼女にとって、周の記憶は呪いであり、同時に生きるための燃料だった。それを奪われることは、死ぬこと以上に耐え難い。
「……断る」
灯は、M500を魔王の鼻先に突きつけた。
「テメェのコレクションに収まるには、私の人生はデカすぎるんだよ」
「……ふっ」
ルシウスもまた、十字架を構え直した。 彼の碧眼に、迷いはない。
「信仰なき生になど、価値はない。……神が沈黙していても、私が信じる正義がある限り、私は神の代行者だ」
「へっ。……俺もだ」
チャーリーが、玄武のオーラを立ち昇らせる。
「誇りを捨てた神なんざ、ただの化物だ。……俺は、最後までカッコつけてえんだよ」
三人の拒絶。 それは、物質的な価値観でしか世界を測れない魔王に対する、魂の勝利宣言だった。
アヴァグラドゥスの顔が、どす黒く変色していく。醜悪な怒りが、黄金の仮面を剥がしていく。
『……交渉決裂か』
魔王の声が、地響きのように低くなった。
『理解できん。……楽になれる道を捨て、わざわざ茨の道を選ぶとは』
彼が指を鳴らすと、宮殿全体がギシギシと音を立てて変形を始めた。 壁に埋め込まれた宝石が怪しく光り、床から黄金の液体が滲み出す。
『ならば、死体から剥ぎ取るまで! ……お前たちの魂、力ずくで私のコレクションに加えてやる!!』
「上等だ! ……来やがれ、成金野郎!」
灯の怒号と共に、黄金の宮殿での死闘が幕を開ける。記憶を守るための、魂の戦争。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




