第五話「奈落の重力」1
第一章 ヴァルハドキアの蓋
東帝都を飛び立ったステルスヘリは、ユーガリア大陸の空を切り裂くように疾走していた。 眼下には、かつて『鉄の馬車』で駆け抜けた荒野が、早送りされたフィルムのように流れていく。
操縦桿を握るチャーリー・Sが、インカム越しに声をかけた。
「……いいのかよ、リーダー。龍神の嬢ちゃんを置いてきて」
助手席に座る久遠灯は、窓の外を流れる雲を見つめたまま、短くなった「わかば」を噛み締めた。
「あいつには、あいつの戦場がある。……親友が消えたんだ。世界がどうなろうと、今の響にはそれが全てだ」
「違いねぇ。……だが、戦力はガタ落ちだぜ? 鏡花も美流愛もいねえ。おまけに『鍵』である祈ちゃんも夢の中だ」
チャーリーはサングラス越しに、計器類へ視線を落とす。
「これから向かうのは、ただの敵地じゃねぇ。……あの世の入り口だ。俺とお前だけで、蓋ができる保証はねえぞ」
「わかってるさ」
灯は、紫煙を吐き出した。 その煙は、空調に吸い込まれて消えていく。
「だから、拾いに行くんだろ。……世界で一番、悪魔を憎んでる石頭をな」
ヘリが高度を下げる。 前方に、白い城壁が見えてきた。 聖地アストエル。かつての激戦地は、今また、不穏な黒雲に覆われようとしていた。
ヘリは、アストエル郊外の臨時ポートに強行着陸した。 ローターの風圧が砂塵を巻き上げる中、一人の男が仁王立ちで待っていた。
漆黒のロングコート。背中には巨大な十字架『ゴルゴダ』。ルシウス・クロウリー。彼は、瓦礫撤去用の作業着ではなく、再び「執行官」としての戦闘衣を纏っていた。
「……遅いぞ、吸血鬼」
灯が降り立つと、ルシウスは険しい表情で迎えた。 その視線は、灯の後ろに誰もいないことを確認し、わずかに揺らいだ。
「他の者は?」
「別件で手一杯だ。……来れるのは私だけだ」
「……そうか」
ルシウスは、それ以上何も聞かなかった。 彼は踵を返し、一台の軍用ジープを指差した。
「状況は最悪だ。……移動しながら話す」
灯とチャーリーが乗り込むと、ルシウスは猛スピードで車を発進させた。目指すは、アストエルから数キロ離れた峡谷地帯――地下都市ヴァルハドキアへの入り口。
「ルーファス・アザリエルだ」
ハンドルを握りながら、ルシウスが憎々しげに吐き捨てた。
「あの男は、死に際に自身の魂を術式化し、地下都市の動力炉に組み込んでいたのだ。……己の死をトリガーとして発動する、最悪の置き土産をな」
「死んでもなお、世界に泥を塗るか……。趣味の悪い野郎だ」
灯が舌打ちする。 車の窓外、峡谷の方角から、天を衝くような黒い柱が立ち昇っているのが見えた。瘴気の柱。 魔界の大気が、物理的に噴出しているのだ。
「現在、H.L.O.H.の残存部隊とシスター・ノアが協力し、結界で封じ込めを図っている。……だが、限界だ。溢れ出した瘴気は、既に周辺の生態系を変質させ始めている」
ルシウスがアクセルを踏み込む。ジープは荒れた山道を跳ねるように進む。
「祈がいない今、外側から門を閉じる術はない。……物理的に破壊しようにも、エネルギーの奔流が強すぎて近づけん」
「なら、どうする?」
後部座席でチャーリーが尋ねる。ルシウスは、バックミラー越しに灯と視線を交わした。 そこには、狂気にも似た覚悟が宿っていた。
「蓋をするなら……内側からだ」
峡谷の縁に到着した三人は、眼下の光景に言葉を失った。
かつて『黄昏の黙示録団』が本拠地とした地下都市への大穴は、今や巨大な火口のように変貌していた。ドス黒い瘴気が、間欠泉のように噴き上がっている。 その瘴気に触れた岩盤は腐り落ち、大気は紫色に変色し、近づくだけで皮膚が焼けるような感覚がある。 結界班の術師たちが、次々と血を吐いて倒れていくのが見えた。
「……こりゃあ、酷ぇな」
チャーリーが、アロハシャツを脱ぎ捨てた。その背中の刺青――玄武の紋章が、青白く発光を始める。
「放っておけば、この大陸ごと腐り落ちるぞ」
「行くぞ」
灯は、M500のシリンダーを確認し、峡谷の縁に立った。 強烈な上昇気流が、コートを激しくはためかせる。
「魔界へ侵入し、制御中枢である門の術式を、あちら側から破壊・再構築する。……帰りのチケットはない片道切符だ」
「望むところだ」
ルシウスが十字架を展開した。ガシャン、という駆動音と共に、背中から光の翼のようなスラスターが噴射される。
「神の庭を汚す悪魔どもに、鉄槌を下す。……それが私の贖罪だ」
「ヒャッハー! 地獄めぐりツアーの始まりだ!」
チャーリーがニヤリと笑い、空中に躍り出た。 空中で水流を纏い、玄武の鎧を形成する。 さらに、三人分を包み込む水のクッションを展開し、突入の衝撃に備える。
「主よ、この身を御心のままに」
ルシウスが、聖なる光の結界を纏い、隕石のように急降下を開始する。
「……待ってろよ、祈」
灯は、最後に東の空――祈が眠る東帝都の方角を一瞥した。 そして、真紅の翼を広げることなく、重力に身を任せて落下した。
三つの影が、瘴気の渦へと吸い込まれていく。吸血鬼、聖職者、神獣。 本来なら殺し合うはずの異色のトリオによる、世界を救うための、最も無謀なダイビング。
轟音。 視界が黒く塗りつぶされる。圧力が、内臓を押し潰そうとする。 だが、彼らは止まらない。 光と、水と、血の輝きを纏い、逆流する魔界の息吹を突き破って、奈落の底へと突き進む。
闇が彼らを飲み込んだ。 その先にあるのは、絶望か、それとも新たな戦場か。 魔界の門が、嘲笑うように口を開けていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




