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第1章 3話「オーク仮面ってなんなんだろう……名付けたのは俺だけど」

 レッドドラゴンの炎が自身の巣を焼き尽くす。その炎に遠慮も躊躇もない。ただあるのは、こちらをいいように叩いてきた人間を排除するという絶対的な殺意のみである。炎が目の前にいた二人の人間を焼き尽くす。レッドドラゴンの炎が止んだ時、そこには骨も灰も残っていなかった。唯一残っているのは、黒く大きな焦げ痕である。

 勝利を確信したレッドドラゴンは、勝利の雄叫びを上げた。


                    ◇


 ギャオォォォォンと、レッドドラゴンの叫びが反響することでよけいに脳に響いた。


「はっはっは! 柔らかい地面で助かったな!」


「知ってるか? 岩盤ってのは世間一般では硬い通り越して、壊せないもんなんだぜ」


「我の常識では、プリンとさほど変わらんな! 卵が少なくクリームが多い、柔らかいプリンだ!」


「そうか。俺は卵がたくさん使ってあって、弾力のあるタイプが好きだ」


「ふうむ。我もプリンは硬い派。気が合うものだ」


 ロンと女蛮族の二人は、小さな穴の中にいた。人一人がやっとのサイズの穴に二人と、当然組んず解れつでひどいことになっている。穴に沿って身体を曲げた女蛮族の股の間に、逆さになってるロンの頭があると、もはや組体操を越えたパズルの域だ。

 レッドドラゴンが火を吹く直前、女蛮族は棍棒で地面を砕き穴を作った。その穴にロンを無理やり引っ張り込んでの今である。


「しかしこの程度の穴で、なんで炎を避けられたんだ? どう考えても炎が流れ込んできての蒸し焼きだろ」


「それは我の鎧と、毛皮のおかげだな。この鎧にはそれなりの加護があり、この毛皮は炎も吹雪も軽減する一点ものだ」


 言われてみれば、女蛮族が身につけている毛皮が穴に蓋をするかのように覆いかぶさっていた。アレだけの炎を浴びたのに、毛皮から熱を感じない。どうやら女蛮族の言っていることは正しいらしい。


 それにしてもと、ロンはちょうど手が触れる所にある女蛮族の鎧を軽く撫でる。ビキニアーマーという、そんなもん特殊なプレイ以外で誰が着るんだというデザインのくせに、鎧に使われている金属もその仕上がりも一級品にして一流の職人の関与を感じさせる。加護云々も嘘ではないだろう。女蛮族の言っていることが全部ウソなら、今頃二人まとめて消し炭である。


 このビキニアーマーに、一点ものの毛皮。そして岩盤を容易く砕きドラゴンと殴り合える棍棒。この女蛮族はどう見ても蛮族だが、装備は間違いなく高級品だ。高い装備を蛮族のように着こなし、おそらくは単独で未攻略ダンジョンに潜り込んで見せる。まったくもって、わけのわからない蛮族である。


 ロンは逆さのまま、女蛮族に言う。


「このままだと、頭に血が上って死んじまう。いくらなんでも、そんな死に方はゴメンだ」


「む!? すまない。こんな魅力的な身体の我と密着していては、興奮して頭がパーン! となっても仕方のないことだろう」


「ちげーよ。体勢が逆さまだからだよ。勝手に納得すんな」


 あれだけの怪力を発揮していたくせに、そう固くもなくむしろ柔らかい二の腕に太もも。それなりに豊かな胸の双丘に、きめ細やかな褐色肌。もう少しロンが若くスレていなければ、この見た目美女との接触にちょっとは興奮していただろう。角付の仮面で顔を隠していても、たぶん美人なのはわかる。


 だが、今のロンは、人生に疲れ切って死場を探す人間である。美女の誘惑に心など動かない。いま関心があるのは、こんな変な女と心中するかのような死に方はゴメンだということだけだ。


「レッドドラゴンが穴に気づいたら、この珍妙な体勢のまま、本気で焼き殺されるかぺちゃんこだ。そんな死に様は避けたい。ひとまず、そーっと目立たずに穴から出ないと」


「うむ。だが、そーっと目立たずというのが、我は苦手だ。莫逆の友からも、ボリュームと存在感をもう少し隠して生きて欲しいとよく言われる」


「俺はお前の友じゃないが、ぜひともボリュームと存在感をもう少し隠して生きてくれ。とは言え、穴から出ても、ぐずぐずしてたらレッドドラゴンに見つかっちまう。こっそり逃げるってのは無理だろうよ」


「なら、倒すしかなかろう」


 ロンが言い難かったことを、この女蛮族はあっさり言ってみせた。レッドドラゴンから逃げ延びるのではなく、倒して道を切り開く。こんなことが即座に言えるのは、英雄か大馬鹿のどちらか、もしくは両方だろう。


 ただの馬鹿に付き合って死ぬのはゴメンだ。だが、英雄に付き合って死ねば、それなりによい死に様だ。大馬鹿だったとしても、ただの馬鹿と付き合うよりはずっといい。


「わかった。付き合ってやるよ。あのドラゴンをどうにかしよう」


 ロンが口にしたのは、盗賊という職業らしくない勇敢な言葉であった。

 その勇敢さを待っていたかのように、女蛮族の声が上ずる。


「そうか! なんとも勇気がある男だ。我の好感度が100上がったぞ」


「上限値がわからないものが100上がっても、まったく嬉しくねえな。そうだな……ドラゴンの弱点を知ってるか?」


 レッドドラゴンだけでなく、ドラゴンには大小ランク問わず共通の弱点がある。それは、特殊な鱗だ。逆立っていたり、輝いたりと、ドラゴンによって特徴も位置も違うが、その鱗を砕けばドラゴンは致命傷を負う。逆鱗や宝鱗と呼び名は様々だが、「特殊な鱗を狙え」は竜退治における一般常識であった。


「ドラゴンの弱点? わからぬわけがなかろう」


「それなら話が早い。俺が一足先に出て、わざとドラゴンの注意を引きつける。お前はこっそりとドラゴンの弱点を探して、フルパワーの一撃を叩き込む。OK?」


「うむ。おっけーだ! だが、囮をそちらに任せていいのか? 我なら、真正面からやりあえるぞ」


「無茶苦茶言ってやがるが、できるんだろうなあ……。いや、囮は俺がやる。ドラゴンの弱点をぶっ叩くのが一発勝負である以上、パワーのある奴が控えておくべきだ」


 女蛮族に真正面から戦ってもらって、ロンが弱点を探る。それも悪くないが、ドラゴンの弱点となる鱗はそう何度も狙えない。ドラゴンだって、弱点が狙われていると知れば、守りに入るだろう。

 つまりは、竜退治とは一撃必殺。一撃必殺の下ごしらえをするのであれば、ロンが囮になったほうがいい。例え相手が凶暴なレッドドラゴンだとしても、それなりの切り抜け方はロンも学んでいる。


 ロンは無理やり身を捩り、穴から先に出ようとする。その直前、肝心なことを聞いていないのを思い出した。


「俺はロン。一応、盗賊のロンだが、お前はなんて名前なんだ?」


「名前? そうか、名乗っていなかったか! 我の名前はエグ……」


 女蛮族エグなんとかの名乗りは、そこで止まってしまった。

 しばし止まった後、逆に問い返してくる。


「どう名乗ればいい?」


「他人にそんなことを聞かれたのは、生まれて始めてなんだが。俺に選択権も決定権もないし」


「ううむ。素直に名乗ってもよいのだが……。その場合、おそらくとんでもなく面倒なことになる可能性がある」


「具体的には?」


「我は怒られる。そちらは死ぬ」


「不平等極まりねえなあ!」


 やけに大仰な口調と素顔を隠す仮面から薄々察してはいたが、もしかしたらこの女蛮族は、本来蛮族と呼んだら処されるくらいの立場にいるのかもしれない。なんでそんな立場の人間が、一人でダンジョンに潜って、ダンジョンの主と真っ向勝負しているのかはまったくわからないが。

 ロンは少し考えてから、女蛮族に向けて宣言する。


「よし、選択権と決定権を俺がもらう。まず、本名は言わなくていい。これで選択権を使う。そして、お前の仮称はオーク仮面だ。これで決定権を使う」


「オーク仮面?」


「その仮面の牙と角、オーガと言うよりオークだ。オークに似た仮面を被ってるからオーク仮面。これでいいだろ」


 オークとは、豚面で太っていて頭の中には欲望しかないモンスター……と言うのが世間の認識だが、実のところオークという種族はもっと細分化されている。豚面ではなく、ほぼ人に近い顔かつ筋骨隆々の身体でストイックに生きるオークもいる。人間における人種以上にオークという種族の幅は広い。


 だが人間はオークはオークだと、豚面も人間顔も共に怪物として扱う。差別をするくせに、その境目と分析が雑過ぎる。それは、多種多様な種族をひとまとめにされているゴブリンも同じだ。この人間の無自覚な無知さは、差別される側であるロンにとっての不満であった。


「オーク仮面。ふうむ、わかる人間にはわかるもの……いや、この短い付き合いでわかったのは、この男ぐらいか。いいだろう! 我の名は、オーク仮面! そう呼ぶがいい!」


 よく考えれば、もしかしたらお偉い立場の人間を世間一般的には怪物そのものなオークと呼ぶのはだいぶ不敬と言うか、いきなり斬られてもおかしくない話である。だが、女蛮族改めオーク仮面はあっさり受け入れた。むしろ、少し嬉しそうなのが不気味である。


「じゃあ、オーク仮面さんよ。いいタイミングを狙ってくれな」


 ロンは逆さまのまま器用に穴から脱出する。途中、オーク仮面の身体のあちこちに触れたが、どうぞ支えに使え!と言わんばかりにオーク仮面は動かなかった。胸を触っても微動だにしなかったのは、役得の二文字が脳内から吹き飛ぶくらいに怖い。


 穴から脱出したロンは現状を確認する。幸い、確認に時間はかからなかった。

 レッドドラゴンの青い双眸がロンを高くから見下ろしていた。その瞳と表情は不満であり傲慢である。

 勝ったと思っていたのに、相手が生きていたという不満。

 まあいい。またすぐに殺すかという傲慢。この二つの感情を、ロンは存分に浴びていた。

 そんなレッドドラゴンの頭が突如揺らぐ。レッドドラゴンは右目に鋭い痛みを感じていた。


「もう、人生諦めている身だけどよ。そういう見下ろし方は気に食わねえんだよ」


 ロンの手が動く。今度の痛みは、レッドドラゴンの左目であった。


「お前に殺されるにしても、少しはこっちのことを面倒くさいと思ってもらうぜ」


 ロンは手にした小石をレッドドラゴンの右目めがけて投げつける。わかっていれば、避けるのは簡単である。同じ手は三度通じぬと、レッドドラゴンは巨体に見合わぬ俊敏さで首を動かし避けた。


 グギャッ!とレッドドラゴンが鳴く。石は避けたはずなのに、先ほどと同じ痛みが右目を襲った。


「なんだ? いまのはどうやったんだ! 教えろ、ロン!」


「一撃担当の奴は静かにしててもらえませんかね!?」


 穴の中から聞こえてきたオーク仮面の声を、ロンはヤケ気味で押し留める。

 そもそも今の状況がヤケもヤケ。これからロンは、一人でレッドドラゴンの注意を引きつけるのだ。しかも、自分の攻撃により、レッドドラゴンの頭は随分と温まってしまった。


 ああそうか。さっきの真正面から来た人間が身の程知らずなら、わけのわからないことをしてくるお前は嫌な奴なんだな。レッドドラゴンは腕を高く上げると、ロンめがけ振り下ろした。

 レッドドラゴンの一撃が地面を揺らす。レッドドラゴンの犠牲者が遺した鎧や武器が振動で浮く。後ろに跳んで避けたロンは、宙に浮いた折れた剣をそのまま捕まえると洞窟の壁面めがけ投げた。

 壁にぶつかった剣は勢いを殺さぬまま反射。今度はレッドドラゴンの左目のわずか下に当たった。


「少し狙いがズレた……いや、外されたのか?」


 ロンの得意技は、物を投げる投擲術である。ただ投げやすい物を真っ直ぐ投げるだけでなく、折れた剣のような複雑な形の物をでこぼこの岸壁にぶつけて反射させて当てる。このような器用過ぎる当て方もできるロンの投擲術は、並ぶ者なき神業でありオンリーワンの才能であった。


「物を手で投げて当てる。それだけのことで、こうも感動するものなのか。見事だ! ロン! その技を目にしただけで、このダンジョンに潜ったかいがあるというものよ!」


「やっぱ交代するか!? 囮そっちがやるか!? ああクソ、なんでドラゴンと真正面から戦うなんてすげえことが出来るのに、静かに大人しくするだけっていうガキでも出来ることが出来ねえんだコイツ!」


「我はともかく、子供をあまりナメない方がいいぞ。彼奴らを静かにさせるには、親としてそれなり以上の経験が必要なのだ」


「よしわかった。もう返事しないから、好きに言ってろ」


「なら黙ろう。独り言は淋しいからな」


 本当に黙ったオーク仮面に言い返したい衝動を必死に抑え、ロンは地面に落ちてた鎧の欠片を手にする。レッドドラゴンは小賢しすぎるロンを、新たな敵と見定めていた。

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