第1章 2話「バカなことする馬鹿力のバカ。一人三バカに巻き込まれて、なんか死にそう」
火吹き竜の谷。
はるか昔、火を吹く巨竜レッドドラゴンがこの渓谷を巣にしたのを起源とするダンジョンである。
鱗一つで金貨一枚、角の欠片で金貨十枚、体内奥にある心臓石を手にしたら孫の代まで食っていける。
レッドドラゴンを狙い、多くの冒険者、時には魔族や魔物までやって来たものの、レッドドラゴンは全員を消し炭にした。殺された冒険者は怨霊となり、やがて魔の者もやってくる冒険者を狙うようになっていく。レッドドラゴンが暴れる度に地形は歪み、ただの渓谷はこうしてダンジョンと化した。
そんな火吹き竜の谷の中間地点。岩の間にある通路にて、ロンは呆気にとられていた。
断崖近くの二つの岩の間に隠された通路の先に、レッドドラゴンの巣がある。ギルドで仕入れてきた情報には、そう記してあった。隠し通路は曲がりくねった上に分岐のあるトンネルであり、ちょっとした迷宮となっているとも書かれていた。更には、岩の外見と硬さの毛皮を持つロックウルフの縄張りにもなっているとの話も仕入れてある。ダンジョンに挑むのであれば、情報は武器防具以上の必需品なのだ。
「いやその、全然違う……い、いや合ってるのか?」
大金を払って仕入れた情報が間違っている、最初から大ぼらだったといったことが無いわけではない。それならば、騙された自分が間抜けだったと後悔して終わりだ。だがしかし、これは――
通路を隠しているはずの二つの大岩の間はだいぶ広く、遠目からでも道があるとわかる。これでは隠し通路とは言えない。
トンネルは一直線となっており、一直線の先に出口らしき光が見える。トンネルの岩肌は、年月によって磨かれた部分と、さっき掘ったかのような荒い部分のまだらである。
通路の入口やトンネルの壁面に、なにやらぺしゃんこの物体が複数貼り付けられている。それが自慢の毛皮ごと潰されたロックウルフの死骸であると気づくのには、多少の時を必要とした。
ロンはこれらの情報をまとめ、状況を整理する。
二つの大岩を動かした痕にトンネルの粗さにロックウルフの死骸の新しさ。時間に関する情報が残っているのは幸いであった。
つまり、ロンが来る少し前にこの隠し通路に誰か来た。
その誰かは恐らく情報を持っていない。だから、なんとなくこの辺りを怪しく思い、大岩を無理やりどけて、トンネルを一直線に掘って、襲ってきたであろうロックウルフの群れをぺしゃんこにした。
「いや、それはない。いくらなんでも、ない」
自分で導き出した推理を、ロンは自ら否定する。
前半部分はまだいい。後半部分が、岩を無理やりの辺りからまずありえない。
その誰かはトンネルの穴の大きさから、どれだけ大きく見積もっても常人である。つまり人間サイズの誰かは、独力で大岩を動かし、岩盤で出来たトンネルをパイ生地を扱うかのようにさくさく掘っていき、岩以上の硬度を持つロックウルフを片っ端から押し潰した。それこそ竜クラスのモンスターや巨人族なら出来るだろうが、サイズに見合わないし、そんなものがダンジョンを歩いていたら、もっと早く存在に気づいている。
複数人ならと考えたが、それだって目立つ。ふと、ロンは自分を見捨てた元仲間パーティーのことを思い出すが、ほぼ意味のない回想であった。剣士と魔術師と僧侶の三人の力を合わせても、大岩一つ動かせないだろう。
だいたい、あの三人はロンより若く未熟であり、そもそもロンが居なければこのレベルのダンジョンの奥地まで来れなかっただろう。きっとロンを見捨てた後に帰ったはずだ。そうでなければ、リビングスケルトンの仲間入りだ。
無茶苦茶な状況を前にして、思考があっちこっちへ飛んでしまった。
ロンは一度思考の全てを捨て、衝動を思い出す。
自分はレッドドラゴンに相対して、それなりに立派に死にたいのだ。
一度思考を捨ててしまえば、悩んで止まっていた足も容易く動く。むしろショートカットが出来ているのであれば、ありがたいではないか。
ロンは躊躇いを捨て、前情報とはあまりに違う隠し通路に足を踏み入れた。
◇
レッドドラゴンとは、赤い鱗を持つドラゴンの一種である。
一言で言ってしまえば、これで終わるが、当然こんな簡単な説明で済む生き物ではない。
まずドラゴン自体が強力な種族である。弱い種、もしくは幼いドラゴンでも村ぐらいなら悠々と壊滅させる大きさと凶暴性を持っており、もしダンジョン以外で発見されれば、その土地の領主は軍を編成することを考えなければならない。
そんなドラゴンの中で、レッドドラゴンは上位に位置する種族である。まず産まれた時から赤という目立つ色をしているレッドドラゴンは、幼年期の時点で大半が食われてしまう。レッドドラゴンの親は、強い子だけ生き残ればいいという放任主義だ。
幼年期を乗り越えたレッドドラゴンは、まず初めに、同じく生き延びた強い兄弟たちと殺し合う。殺し合いの末、生き延びた一匹は、そのまま両親に挑むこととなる。両親を食い殺すことで、レッドドラゴンは成龍となる。
レッドドラゴンの鱗は獲物の血で染めているから赤い。これは事実ではないが、レッドドラゴンの凶暴性を示すにはわかりやすい表現だ。
火吹き竜の谷の最奥部、自身が死場と見定めたレッドドラゴンの巣にて、ロンは信じられない光景を目にしていた。
巣はだだっ広く、天井も吹き抜けとなっている。つまり、ダンジョンという閉鎖空間でありながらも、巨大な生物が住める環境である。この火吹き竜の谷の主であるレッドドラゴンは、通常の同種よりも二まわりは大きかった。四肢も太く、尻尾を含めた全長も長い。レッドドラゴンは細身の鋭さを持つ竜だが、目の前にいるレッドドラゴンは筋骨隆々とした威厳を持つ竜である。まるで、赤龍の王だ。素のあちこちに散らばっている人間の骨や壊れた装備が、王としてのこれまでを語っている。
小山の如き大きさのレッドドラゴン。殺されてやるには十分なくらい立派な竜だが、ロンが驚いているのはレッドドラゴンに対してではなかった。
「はーっはっは! やるな、巨竜!」
四つ足のレッドドラゴンが振り下ろしてきた爪を、謎の女蛮族が手にした鉄製の棍棒で弾く。レッドドラゴンは構わずに攻撃を続けるが、女蛮族は怯むどころか笑いながらレッドドラゴンの攻撃を真正面からさばいていた。仮面を被っている女蛮族の表情は完璧に読み切れない。だが、戦いを楽しんでいるのが伝わってくる。
謎の女蛮族のサイズは普通の女性である。対するレッドドラゴンのサイズは数十倍にもなるだろう。このサイズ差で、真っ向勝負を挑む。まずその時点でありえないし、それが成立してしまうのはさらにありえない。
だが、実際に目の前で繰り広げられているのは、人間と竜の一騎打ちである。もうちょっとこう、普通竜退治というのは、人間が知恵や小回りの良さで立ち向かうものであり、腕力に物を言わせるものではないのだが。とにかく、先ほどの岩を動かし、洞窟を掘り、ロックウルフを潰した者の正体は、ここではっきりとわかった。
数多の冒険者や英雄を倒してきたレッドドラゴンに殺されることで、並以下の自分が英雄らしく死ぬ。これがロンの計画であった。きっと、あのアホみたいな竜対人の戦いに割り込めばそれは叶うだろう。しかしそれは、竜に挑んだ英雄と言うより、アホに巻き込まれての頓死だ。
レッドドラゴンはわずかに身を捩る。振るわれた尻尾が、女蛮族を薙ぎ払わんとしていた。
「ふふふ。勝負を急いだな! 巨竜!」
絶対そんなつもりはないという指摘を尊大さでくるみつつ、女蛮族は尻尾をかいくぐる。このまま尻尾を掴んでレッドドラゴンを振り回すのではとも思ったが、流石にそこまでの常識外れではないらしい。
そんな女蛮族は、レッドドラゴンの懐に潜り込んで、足の小指の先を棍棒で思いっきり叩いた。
グギャァァァ!と悲鳴寄りの叫びを上げるレッドドラゴン。足の小指をぶつければ、人も竜も痛い……などという次元ではない。レッドドラゴンの叩かれた足の指は、爪ごと潰れてしまっていた。
女蛮族はうめきつつ天を仰ぐレッドドラゴンめがけ、再び棍棒を振り上げる。きっと、レッドドラゴンを追い詰めたと思っているのだろう。
遠くから見ていたロンの視野に映っていたのは、別の光景であった。
「まずい……!」
レッドドラゴンの挙動に気づいたロンは、衝動的に走る。向かう先は棍棒を振り下ろさんとする女蛮族であった。ロンは女蛮族めがけ、そのまま飛びかかる。
「あぶなーい!」
ロンが思い描いていたのは、そのまま抱きついて女蛮族を押し倒すような挙動だったのだろう。だが結果は、全く揺るがぬ女蛮族、女蛮族に激突して弾かれたロンであった。ぶつかった時に聞こえた、ゴン!という硬い音。まるで石壁にぶつかったかのような音である。
唐突に自分に突っ込んできて、そのまま動かなくなったロン。女蛮族は、そんなロンを見下ろしつつ言う。
「我が魅力的なのはわかるし、情熱的なアプローチは好きだが、いくらなんでもこの状況でそういうことをするのは……度を越して情熱的だ! 素晴らしい!」
「なんで褒めてんだよ! つーか、倒れろよ!」
あまりに見当違いな褒められ方をした結果、ロンの意識は思ったより早く戻ってきた。
「つまり、押し倒されろと!? ううむ、なんという好ましさだ! 我の心がどんどんときめいていく!」
「ときめく!? ダンジョンで、んな言葉聞いたの始めてだわ! ちげえよ、俺はお前をかばおうとしたんだよ! 抱きついて、そのまま物陰にズサーって逃げる感じで!」
「逃げる? なにから?」
「お前の目の前にいるデケエ竜以外、何がいるってんだ! あ……」
しまった忘れてたと、ロンはようやく我を取り戻す。天を仰ぐレッドドラゴンの口端から、炎が溢れている。先ほどのうめきは、単に痛みにうめいていたわけではない。アレは、目の前の生意気な人間を焼き尽くすことを決意した怒りの咆哮であった。足元にいた女蛮族には見えなかったが、ロンの視野には竜の口に炎が宿ったのが見えていた。
レッドドラゴンは自身の鱗より赤い炎をロンと女蛮族めがけ吐きつける。
誰かをかばおうとして、そのまま一緒に焼き尽くされる。多少、変なノイズは入っているものの、おそらく世間一般的にそれは、献身的であると称えられる死に様であった。




