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第1章 1話「パーティーを追放するなら、せめて口で言って欲しい」

 剣と魔法が力を持つ大地、メコア大陸。


 数百年前、魔を率いる魔王と人類の先頭に立つ勇者の戦いがあった。そして、その戦いは代替わりしつつ、今でも続いていた。魔王も勇者もお互いを滅ぼす手立てがないまま戦いを続けた結果、人類も魔物も統率がゆるくなり、時代は人対魔の戦争から勢力問わずの小競り合いの時代へと移行していた。


 平和とも戦乱とも言えぬ、不可思議な時代。戦乱で磨き上げられた武器や技術は行き場を失い、その力は大陸全土に散らばっていった。未開の土地やダンジョンに挑む冒険者やそんな場所に潜む魔物の急増も、関係ない話ではないだろう。


 長きにわたる、終わらぬ争い。争いが生み出すのは、発展と破壊。そして、魔も人も受け入れぬ、双方から見ての淀みであった。


 火吹き竜の谷。支配者の名から名付けられたこの深き渓谷は、数十年間誰も踏破者のいない、未攻略ダンジョンである。その谷に、そんな淀みの一例があった。


                   ◇


”お前をパーティーから追放する!”


 以前、何処かの酒場でメシを食っていた時に聞いた言葉だが、実にいい言葉だ。

 人里という安全地帯で、お前とはもう付き合ってられないと言葉で告げる。なんとも優しい台詞である。慈愛と慈悲に満ちていると言っても、過言ではない。


「ああやって、ちゃんと文明的に追放してほしいもんだ……」


 冒険者であり職業盗賊のロンは、白骨の散らばる谷底で嘆く。ロンは先ほど、崖際を探索している最中にパーティーメンバーであるはずの仲間に蹴られ、谷底へと落下したばかりだ。別に追放してもらう分には構わないが、せめて口で何か言ってから蹴り飛ばして欲しい。


 いや、確か蹴り飛ばす時、リーダーの剣士は「死ね!」で魔術師は「調子に乗らないで!」なんてことは言っていたか。僧侶は清廉さがウリなだけあって、何も言っていなかったが、止める素振りは無かったし、落ちるこっちを見る目はまあ冷たかった。懐かしき、四人パーティー。今は三人パーティーだ。


 このまま、谷底でたそがれていても仕方ないだろう。ロンは目深に被っているフードを直しつつ立ち上がる。幸い、多少の打ち身はあるものの、骨は折れていなかった。先に谷底に落ちて死んだ冒険者やモンスターの骨がクッションになってくれたおかげである。


 それでも、だいぶ高いところから落とされてしまった。しかも見上げる首が真上を向くくらいの角度である。それでいて岩もつるっとしていると、ここから直に上を目指すのはちょっとした大きな街の鐘楼を登るようなものだ。せっかく登って、まだ上にいた元パーティーメンバーに再度蹴り落とされるのも馬鹿らしい。


 谷底をもう少し探ってみるか。そう考えたロンの周りに、突如気配が出現する。

 カチャカチャと軽快な音を立て、四匹のリビングスケルトンが出来上がっていた。生前無念を抱え弔いもなかった死骸は、肉が削げ骨となった段階で動く骸骨リビングスケルトンとなる。少し手のこんだダンジョンにはかならずいる、ある種の名物とも言える。


 人型のリビングスケルトンは、錆びた剣や穴の空いた盾をそれぞれ手に取る。生前の習慣であろうが、出来れば人としての常識や優しさも覚えておいてほしいものだ。リビングスケルトンの目的は、目の前の人間を殺し、同胞を増やすこと以外ない。 


 まず1番手とばかりに、両刃の斧を手にした大柄なリビングスケルトンがロンめがけ襲いかかる。骨の大きさからして、おそらく屈強な戦士だったのだろう。骨のあちこちに、生前の装備のパーツが引っかかっている。


 骨だけとはいえ、大柄なリビングスケルトンと比べ、ロンは小柄であった。ロンの体格は、平均的な男性どころか、女性と比べても小柄である。それでいて、ドワーフのような肉の厚さもなく、端的に言って頼りない体格である。


「よっと」


 ロンは軽い様子で、目の前のリビングスケルトンの膝頭を蹴り飛ばした。生前は防具や筋肉で守られていた足は、あっさり砕けてしまった。


 そのまま前のめりに倒れるリビングスケルトンを躱すロン。そんなロンに、残り三匹のリビングスケルトンが襲いかかる。


 そんな三匹それぞれの眉間が、突如砕けた。その眉間に刺さっているのは、太く鋭い骨。最初にロンに襲いかかった大柄なリビングスケルトンのあばら骨だった。先ほどロンは倒れるリビングスケルトンを躱す際、その太いあばら骨をもぎ取っていた。器用かつ手癖が悪く、経歴書に載るようなスキルとしては認められない。それが、ロンの持つ技能であった。


 死から再生したリビングスケルトンは不死の怪物に見えるものの、実際はそれなりのダメージを与えれば動けなくなる。事実、眉間を砕かれた三匹のリビングスケルトンはバラバラになって動かなくなった。一応とばかり、ロンは先に倒れた大柄なリビングスケルトンを何度も踏み潰して粉々にする。

 じめじめとした谷底にて、何度も激しいステップを踏む。ロンの身体が、じわじわと汗ばんできた。


「暑ッ……!」


 ロンは被っていたフードを脱ぐ。鋭い両目に少し尖った鼻に浅黒い肌、多少怖さはあるものの、それなりに精悍な顔つきである。しかしながらその金がかった瞳と少し鋭い犬歯は、人より若干魔物に傾いていた。先に瞳と犬歯を見てしまうと、鋭い両目も少し尖った鼻も浅黒い肌も魔物らしく見えてしまう。そうなると、エルフほどではないが尖った耳も合わせ、まるで子鬼の魔物ことゴブリンである。


 ロンはゴブリンとヒューマンのハーフであった。このコメア大陸では現在進行系で人類と魔王の戦いが続いており、()()()()()結果、魔物と人の混血児も産まれている。魔物でもなく人でもない混血児の多くは居場所がなく、産まれた場所によっては産まれた瞬間、親ごと叩き殺されてしまう。ロンが一処に居着かぬ冒険者という職業を選んだのは必然だったのだが――


 ロンはもはや疲れ果てていた。


 傍から見て分かりやすい顔を隠し、流しの冒険者として生きてきた。基本的に冒険者は一人ではやれない。四方八方から危険が襲いかかってくるのが冒険者のフィールドである。そんな危険の渦を単独でわたり切れる者がいたとしたら、人の概念を越えた怪物としか言いようがない。たとえ仲間とした者が未熟で役に立たなくとも、いざという時に骨ぐらいは拾ってくれるだろうと思えば多少は無茶ができる。仲間は必要不可欠な精神安定剤とも言える。


 これまで、パーティーから追い出されたのが六回、途中で捨てられたのが三回、殺されかけたのが七回。これがロンのパーティー歴である。途中で何らかの理由で出自がバレて、こうなることが毎度のことだ。最初から素顔でいたことはない。この素顔では、そもそもパーティーを組むどころか、まともに街に入るのも難しい。


 しかし、今回はイケると思った。剣士も魔術師も僧侶もこれまでにないくらい善人で、先輩冒険者として先陣を切るロンを慕ってくれた。だから、キャンプの際に素顔と事情を明かしてみたら、結果的に捨てられた。


 きっと、彼らが善人なのは間違いない。そんな善人でも、善性と関係なくやってしまうのが差別である。むしろ、善き人ほど正々堂々と正論で異端を排除しにかかることもある。


 この現実を再度認識したことで、ロンの心はポッキリと折れた。もう、このダンジョンで死んでしまっていい。ロンはそう思っている。だがその一方で、それなりの死に方も求めていた。だからこそ、リビングスケルトンに襲われた時に抵抗してしまった。人間の心とは現金で複雑だ。

 ロンはそこで、あることに思い至る。


「そうだ、火吹き竜だ!」


 この火吹き竜の谷の主は、当たり前だが火吹き竜である。鎧を肉や骨ごと焼いて溶かす巨竜に単独で挑む。それは自殺行為であり、それなりに立派な死に様とも言える。竜に挑んで死ぬ。まるで、英雄だ。これまで真逆の人生を歩んできたのだから、最後くらいは英雄のような死に様でもいいだろう。


 ロンはあちこちにある骸骨の小山を蹴り飛ばす。予想通り、小山の下にギリギリ通れる穴があった。この谷底に死骸が溜まるのであれば、死肉を喰らうスカベンジャーたちの通路があるはずだ。この直感に間違いはなかった。


 そんな小さな穴に、ロンは無理やり入り込む。途中、土を掘りながら、ロンはひたすらに進む。

 穴の出口のところで、背後から何か重い物が落ちた音がしたが、ロンの耳には入らなかった。


                    ◇


 先ほど、ロンが落とされた崖上にて、これまた一人の女戦士が黄昏れていた。


「ダンジョンというものに入るのは始めてだが、なんともつまらぬ。刺激が足りぬぞ」


 黒に金縁のビキニアーマーの上から、茶色の分厚い毛皮を羽織ると、女戦士と言うより蛮族の着こなしである。それでいて、その口調はどことなく高貴に偉ぶっていると、実にミスマッチだ。至るところに角のついた兜により顔の上半分を隠しているため、その素顔はわからぬが、露出している唇の薄い桃色は麗しく、肌は褐色できめ細やかだ。素顔は美人だ。そう確信できる美しさが、この蛮族にはあった。


 女戦士は頭上に何やら塊を掲げている。塊の正体は二人の人間である。剣士と魔術師、二人の冒険者が力ずくで圧し固められていた。手足はひしゃげ、漏れるのは呼吸音のみ。物理法則を無視した、尋常ならざる怪力による技であった。


「ていっ」


 どことなく可愛げな掛け声とともに、女戦士は崖下に塊を投げ捨てる。スッキリしたとばかりに手をパンパンと叩いたところで、あることを思い出した。


「そういえば、もう一人いなかったか?」


 自分がこの崖にたどり着いた時、神官らしき人影もあったような気がする。女戦士は少しだけキョロキョロと辺りを見回す。


「まあ、よいか! いないのであれば、それでよかろう」


 あっさり割り切ってみせた女戦士は、背中に担いだ棍棒をしょいなおした後、意気揚々と先に進んでいく。たった一人でダンジョンに潜り、何かトラブルを待ち望んでいるかのようにわくわくとしている。先ほどの怪力といい、まさに人の概念を越えた怪物である。

 そんな怪物の行先は、ダンジョンの奥地。谷の主である火吹き竜の巣であった。

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