旅立ちの日 1
訓練所内を探し回っていた際に偶然聞いた上級生の会話から、アデルは既に玄関ホールに向かったと知り急いで駆けつける。
しかしそこには少年の姿は見えず、広いホールに行き来する騎士や見習いの間を縫って探したが見つけることはできなかった。
「どこにもいないよ!」
「本当に玄関ホールって言ってたか?」
「もしかして、間に合わなかったんじゃ……」
焦り扉の横で身を寄せ合うポッコルとウェイトに気付いた見習い騎士が「さぼってんのか?」と様子を見に来てくれた。
事情を話している最中、外から戻ってきた騎士が軽く雪を払いながら近づいてくる。
「アデルのことを探しているのか?」
「は、はい!」
「丁度今、大手門の方へ歩いていくのを見たぞ」
「ありがとうございます!」
わっ、と2人の表情が明るくなった。
外へ出ると、曇天から粉雪がちらちらと舞っている。
恐らく今日の夜は吹雪きになるだろう。風が巻き上げるように強く、氷や岩の間を通り抜けるだけで悲鳴のような音を立てていく。
沢山の騎士や見習い騎士が、戦闘の後片付けをしていた。
雪を掘ると凍結した魔物が時々出てくるため、今はひたすら雪かきをして大手門から外に出た後崖下へと落とす作業を続けている。何かの拍子に凍結が解除され、突然領内で暴れ出すのを防ぐためだ。
日の光は薄ぼんやりと雲を照らし、明るいとも言い切れない空の下で必死に小さな男を探す。
大手門が見えてきた。
そして、探していた男も。
「アデル先輩!」
「待ってください、先輩!!」
聞こえてきた2人の声に、当の本人はのんきに驚いていた。
大手門手前は人の行き来が激しい。訓練所方面からの道を駆けてくる新入生達の姿を見て、少し外れた門の手前に移動し抱えていた荷物を降ろす。
といっても、片手に納まる程度のものだ。身なりも非常に簡素で、当然だが訓練所の制服ではなく、平民と同じ地味な色合いの質素な服に身を包んでいる。
防寒用のローブは皆が身に着けるものよりも短く裁断されいて、余った布で繕われたのかフードが取り付けられており、頭をすっぽりと覆えるほどだ。半透明のような不思議な質感の布が首元を覆うことで隙間を塞ぎ、防寒対策として内側に手触りのいい動物の毛皮が縫い付けられているおかげで、少し着膨れしている。
運動する気のない、旅人の様相だった。
「そんな……本当、なんすか?」
「訓練生、やめてしまうんですか?」
身なりを見て絶望する様子に、苦く笑う表情はひどく大人びている。
「まぁ、そうだ。短い期間だったが、2人ともありがとう。よくついてきてくれたな。頼りない上級生だったが」
「そんなこと絶対にありません!」
「アデル先輩は本当に、沢山教えてくださいました!ぼくらのこと、気にかけてさり気なく手助けしてくれたり!僕らの為にしてくれたこと、沢山知ってます!なんでなんですか!?噂のせいですか?!」
ポッコルの目から溢れ出る涙につられ、ウェイトも鼻の頭が赤くなっていく。
やりきれない気持ちが溢れ出て止められなかった。
「僕、くやしいです、アデル先輩は絶対そんなことする人じゃないのに、分かってるくせに、今までどんなことをしてきた人なのか分かってるくせに分からないふりをするなんて、そんなの騎士じゃない!!」
「嘘には嘘だと否定しないと、分からないなんて……根も葉もないうわさ話に踊らされるのが騎士なんですか!?」
逆にアデルの方が動揺してしまうほど、2人は取り乱してしまう。
荒げる声に、後片付けや雪かきをしている騎士達もちらちらと様子を伺っているようだ。
「落ち着いてくれ2人とも」
「いいや、もっと言ってやれ」
宥めるアデルの前に現れたのは、フレデリック率いる5年生他訓練生達だった。
ここまで走ってきたせいで息も荒い。
新入生と5年生は見覚えのある人物ばかりだったが、ポッコルとウェイトの知らない2~4年生の制服を身に着けた青少年たちもいる。
広く親しまれていたことが分かり、少しだけ自分たちの知らないアデルの姿に嫉妬した。
少し呼吸を整え、ジーコが苦々しく口を開く。
「俺たちがどれだけ言っても聞かないんだ。まるで他人事のようにことを運ぶ。なぜそんなに、自分を蔑ろにするんだ」
「おまえ、どうしちまったんだよ。あんなになりたがってた騎士だぞ?卒業前にやめるって、諦めるって、お前らしくねーじゃねーかよ」
「俺は正直聞いているだけで辛い」
普段はあまり自分のことを話さないベヒナすら面と向かって気持ちを吐露してしまうほど、噂には嫌気がさしているのだろう。アデルも少し言葉が詰まってしまう。
「悪評云々は……まぁ、否定したり訂正したところで、また出てくる。それはおれがおれである限り、仕方のないことだ」
「そんなわけあるかよ!」
フレデリックの雷が落ちる。
普段の落ち着いた好青年の雰囲気とはうってかわり、烈火のごとく怒りをあらわにしている。
「お前は俺にとっての英雄なんだ、小さな体で守ってくれたあの姿こそ、本当の、本物の騎士の姿だった!生まれながらの騎士道を持っているような人間なのに、諦めないのがお前なのに、どうして……なんでだよ!」
「フレデリック……」
溢れてくる涙をぬぐうこともせず、膝を着きアデルの胸倉をつかむ。
まるで縋っているようだ。
ジーコが苦々しく呟く。
「お前が一度決めたなら、何を言っても聞かない事は分かってる。でも、それにしたってこんな……急すぎるだろ」
それでもやりきれない気持ちを押し殺しきれず表情に出てしまっているのは、若さ故か、それとも友を失う事に慣れてはいないせいだろうか。
「昨日の、今日ですよ」
ポッコルが静かに口を開く。
「ぼくのせいですか?」
「断じて違う」
きっぱりと言い放つアデルの声は強い。
「これは、おれが、自分で決めたことなんだ」
全員の目を見て話す。
驚く彼らに正対する。嘘偽りのない、強い視線だった。
「お前の悩みとおれのことは、まったく関係のない話しだ。重なってしまっただけで、誰が悪いとか、誰のせいとか、そういう話じゃない。分かるな?」
「……でも」
「おれが責任を取ることで、全て上手くいく。それでいいんだよ」
絶対にそんなことはない、と否定したい。
箝口令を敷かれている以上、ここで話すわけにはいかないとその目が訴えかけている。
口を噤み俯くポッコルの様子を、ウェイトは戸惑いながらも支えるように手を背に当てた。
「より一層、性質悪いじゃねーか」
「理由は一体何なんだ、本当に自主退所なのか?」
ナジュが盛大に溜息を吐く。
理由を話してはくれないと分かっていても、問わずにはいられなかったベヒナの言葉に、曖昧に笑うことしかできないアデルは荷物を改めて持ち直した。
「おれには重要なものが足りてないんだ」
「錬気か?」
「いいや」
風でフードがめくれる。
あどけない少年の顔が露になる。
穏やかな表情だった。
「騎士の心を一つにすること」
自分がいる限り、騎士は一丸となれない。
疑いは晴れず、疑心暗鬼もぬぐえない。
どれだけ努力をし、否定をしても、そもそも信じていない人間はアデル自身を継続的に見ようともしないだろう。
そこにいるだけで、騎士の団結を乱す者。
騎士の心を一つにすることができないものであると、アデルは自身をそう言っているのだ。
怒りでポッコルの体が震えている。
そんなことを言わせたくて、ここまで来たわけではない。
そんなことを思わせる騎士団で、あっていいはずがない。
ウェイトは背に当てていた手から震える友人に気付き、動揺していた。
その震えの根源が一体何なのか、彼には分らなかった。




