疑惑 6
昨日の今日だ。一緒にステイル団長のもとへ報告しに行った。
なのに何故、突然アデル先輩が除籍処分になることがある?
原因は何だ?持っていった鉄片なのか?別にある?自分のせいなのか?
瞬時に巡る思考がポッコルの視界までも揺らしていた。
「ど、どういうこと……?」
絞り出すようにウェイトが問う。
ジュノも酷く動揺しており、いつもより身振り手振りが激しい。
「噂、そう、噂だ。流れてたのを知っているか?アデル先輩のいわれもない噂話だ」
「ジュノ様、まずは何故除籍処分となったかの説明をした方がよいかと」
「そう、そうだね、そうだ。騎士達の話によると、魔道具爆発の全責任をアデル先輩が引き受け、自ら除籍処分を願い出たそうだ」
「魔道具爆発の全責任、って……」
「俺、か?」
ケケンに視線が集まる。
確かにあの日の見回り当番はケケンとアズロワの組だった。
「俺たちの身代わりに、アデル先輩はやめたってのか?」
ケケンの震える声で血の気が引いていくアズロワの表情に、ジュノとスワラグも気付く。
少し悩んだ末、弾かれたようにスワラグが顔を上げた。
「そもそも、魔道具爆発の原因が見回りの管理不足であるなどと断定はまだ出来ない筈では?何が原因で爆発したか分からない程原型をとどめて居なかっただろう?」
「何か決定的な証拠があったのか?」
証拠、と聞いてポッコルの体が揺れた。
証拠なら、ある。だが、あの証拠が果たして悪事の証拠であるのかは分からない。しかし状況的に、自分がその証拠を団長達の元へ持っていったからこそ、事が動いたのではと考えてしまう。
箝口令がなければ、今すぐにでも話してしまいたい。しかしそれは、騎士団への、国への裏切りにもなりかねない。口外はできない。
震える手で口元を覆うことしか、今のポッコルには出来なかった。
「そんなこと僕等に分かるわけがないだろ!」
矢継ぎ早の質問にレナーゼが爆発する。
レナーゼの取り乱し様を見て幾分か冷静になったジュノが、一呼吸置いた後に話始めた。
「騎士達の会話の内容から察するに、アデル先輩が訓練生筆頭優等生で、本来ならケケンアズロワの班の上級生と、タロンマルクスの班の上級生が責任を負うところを、彼一人がまとめて責任を取ることで、他は免罪となった、ということだろう」
「お、俺たちも!?」
「恐らくだけど、これは口実なんだと思う」
「それは、どういうことだ?」
ジュノから飛び出す発言にスワラグが訝しむ。
「スワラグ、君が言ったように、そもそも処分が性急すぎる。このような大規模な誤作動が起こったのであれば、作った本人が確認しにくるはずだ。しかし、その確認作業をする前に、責任を訓練生の、それも筆頭優等生に取らせる、ということは、別の思惑がある……と、貴族的な考えかもしれないが、僕はそう思うんだ」
珍しく所々で詰まりながら話をしている。恐らく、自分でしゃべりながら考えを纏めようとしているのだろう。
「確かにその可能性もあるだろう。だが筆頭優等生と言っても、訓練生だぞ?アデル先輩一人に責任を背負わせることに、一体何の目的が?」
「目的……かどうかは分からないけど、今、アデル先輩のとんでもない噂が出回ってるのって知ってる?」
「噂?」
ウェイトの問いにマルクスが頷く。
思い出したのか、苦虫を噛みつぶしたかのような表情で吐き捨てた。
「意味わかんない噂だよ」
マルクスが発したのは、ここ1日2日で出回っている、いわれも無いアデルの噂だった。
アデルの監督不行き届きか、またはアデル自身がミスをしたせいで爆発したのでは?
魔女と一緒にアドネルを救った事実も、本当は最初から魔女をおびき出すための作戦だったのでは?
自分の錬気を発動させたいがために、わざとアドネルを危険にさらしたのでは?
だから魔族と裏で繋がってアドネル騎士団領を急襲させたのでは?
元々森で発見されたころから魔物とのつながりがあり、彼が今回の襲撃の首謀者であるのでは?
実は魔女と魔王の隠し子で、彼がこの国に居る限り魔物は町を襲い続けるのでは?
そのほとんどが、アデルという人間を否定するものばかりだった。
「一貫しているのは、アデル先輩が不幸の元凶であるかのように吹聴されている、ということだ」
「根拠もないのに?」
「一体誰がそんなこと言いふらしてるんだ」
「分からない。でも、この噂話は訓練生内で収まっているわけでもなさそうなんだよ。俺が聞いたの、談話室だもん」
肩を落とすマルクスの横でタロンも頷く。
訓練所の片づけを済ませたため、訓練生は人手の足りない場所へ分散している。マルクスとタロンは今、談話室の片付け班に組み込まれていた。
「話をしていたのは、騎士だった。他の者が苦言を呈していたが、こんな話が出てくる時点で普通ではないと言ってきかなかった。俺たちにも、アデル先輩のことに関して何かと聞いて来たり、よくわからない助言をされたり……正直困った」
「よく分からない助言って?」
アズロワの純粋な疑問に、マルクスは顔を反らした。
タロンも言い渋ったが、諦めたかのように溜息を吐く。
「女神の寵愛から外れた者だから、近づくとお前も外れるぞ、と」
はっ、とジュノが息をのむ。
気付かない他の訓練生たちが疑問符を浮かべながら首をかしげていた。
「女神の寵愛……?」
「女神って言うと確か、イブリス教が祀っている神様だよね?」
囁くように各所で確認する声が聞こえてくる。
この国ではイブリス教はそれほど布教されていない。
そもそも祈る、ということから縁遠いお国柄である。それでも祈るのは、偶像のある神ではなく精霊や自然に対してだ。
強力な魔物による被害が頻発しているため、神に祈ったところで改善されない現状では祈る時間すら憚られる、という層の方が多い。
それよりも壊れた物を修復したほうが効率がいいのだと、考える者が多かったため、女神信仰は根付かなかった。
ちなみに騎士は騎士団を創設した初代騎士団長に祈る者が多い。
「話を纏めよう」
スワラグの一言でざわめきが止む。
「アデル先輩にまつわる良くない噂が出回っていて、渦中の先輩が訓練所を除籍処分となった。理由は、爆発の原因は未だ分かっていないにも関わらず、魔道具爆発による責任を取るためだ。……大丈夫か?」
「うん」
マルクスが首をひねる。
「なんかさぁ……それだけ聞くと、爆発の原因がまるで俺たちのせいみたいだよな」
溜息を吐くマルクスと同様、タロンも思う所があるようだ。
自分たちが見回りをした際には何事もなかっただけに、腑に落ちないのだろう。
ウェイトがその言葉に短く声を発した。
「それかも」
「え?」
「もしかして、爆発の原因が訓練生にあるって思わせたいんじゃない?あくまでも人為的な物であって、魔物や魔族と関連付けさせたくないとか!」
「なんで?」
「……なんでだろ?」
うーん、と首をかしげる面々の中、2人だけ息をのむ者がいた。
ジュノとポッコルだ。
そしてグズリだけがこの2人の変化に気付いた。
「考えていても分からない事は仕方がない。アデル先輩が除籍処分となるなら、いつ出ていくかは聞いたのか?」
切り替えたスワラグの問いにジュノが我に返る。
「あ、ああ。朝の内にでも発つって話だったが……」
「朝の内!?」
驚き声を上げるウェイトとポッコルが急いで着替えを始める。
「それを先に言ってくれよ!」
「すまない、気が動転していて……」
「2人ともどうする気だ?止めるのか?」
「止めるんなら俺たちも加勢するぜ!」
「まずは話を聞かないと!」
特急で身支度を済ませると連れ立って大部屋を飛び出していった。
残った面々で顔を見合わせる。
「君たちは追わなくていいのか?」
「彼らほど、僕は交流があるわけじゃないからね」
「寂しいけれど仕方がない。僕らがしなければならないのは、このアドネル騎士団領を一日も早く復興させることだ」
冷たく聞こえるかもしれないけど、とアズロワが付け加える。非常に理にかなった言葉に、誰も異議は唱えなかった。
他の者も身支度をはじめる中で、グズリが珍しくジュノに近づいていった。
不思議そうに眺める彼の前で、手をこまねきながら何度か言い淀むも、小さな声が聞こえてくる。
「大丈夫?」
心配そうな声だ。伺うように覗き込むその瞳に嘘はない。
貴族の生まれだと無意識の内に人の言葉の裏を読むことが日常化してしまうが、このグズリという男は普段はおどおどびくびくしている癖に言葉や態度には含みが無い。
純粋に気にかけてくれているのだ。ジュノはこの短い期間でそれを知っていたため、素直に頷く事が出来た。
「大丈夫さ、……僕はね」
カエルによく似たふくよかな手で顎を撫で考え込むジュノに、グズリは見守ることしかできなかった。




