疑惑 5
「魔族による打撃は大きい、町は2つ潰れ、王都もひどい有様だ。このアドネルとて、魔女が居なければきっと同じようになっていた」
「……再び、魔女殿のお力をお借りするわけにはいかないのですか」
「人間嫌いの魔女殿に、こちらの都合を押し付けるか。王への謁見や報告すら拒否する方が、こちらの願いを聞き届けてくれるとでも?」
「確かに……」
唸るゴルドを横目に、ステイルは組んだ手で口元を隠したまま言葉を続けた。
「シフ殿に何かがあることは、間違いない。このアドネルの為に自ら大浴場を手掛けてくれるような男が、この国に仇を成すとは考えにくいが、状況が変わるような何かが起こっているのであれば話は別だ」
「相談出来ない何かが、あるのかもしれないってことですか?」
「そうだ」
ゴルドの言葉に頷くステイルを見て、不意に脳裏を過る考え。
フラッシュバックし何度も流れるスローモーションの映像。
あの伸ばされかけた手が、引き留めるための手ではなく、縋るための手だったとしたら?
物言いたげな口元から零れ落ちてくる言葉が、好奇心ではなく恐怖心からくるものであるならば?
諦めたように立ち去るその姿が合致したような気がした。
「そうか、相談したくても、出来なかった……!」
ひらめきが脳内を駆け巡り、アデルの目が見開かれていく。
「団長と近衛隊隊長の部屋で待機中に、シフ殿がやって来ましたよね?」
「ああ、アドネルの状況を聞かれたな。それが?」
「その時に、団長に何かを言いたそうにしていたんです。団長の背に手を伸ばしかけて、結局そのまま背を向けて部屋から遠ざかっていきました」
前のめりになるアデルを訝し気に見るゴルドだったが、静観することにしたようだ。
ステイルはじっと少年と目を合わせたまま身じろぎ一つしない。
「おれはその姿から、何かをまだ聞きたかったが聞けなかったため離れていった、と考えていました。けれどそうではなくて、単純に何かを相談したかったが、出来ない状況だったのだとしたら?」
そこでアデルは一度首を振り、改めてステイルを見る。
「相談したくても、出来ない状況に、彼が追い込まれているのだとしたら?」
そもそも、単身まったく知らない国へ乗り込んでこられる程探究心の強い男なのだ。
推薦されたチャンスを確実にものにして国の代表になり、知りたい事や興味のあることは貪欲に吸収するような人物が、言い淀む、などあるのだろうか?
気になるからやってきた。知りたいから国を渡った。興味があるから学んだ。そういう明快な人物が、何を言い淀むことがあるのだろう?
ゴルドは小さく感嘆する。そしてステイルも、その考えには納得出来ているようだった。
アデルよりも何度か交流がある分、気になる点も大いにあるのだろう。
「なんにせよ、調べる必要がある」
シフの状況、魔道具爆発の原因、魔族の行方。その全てに関連性があるのかどうかで、国の未来が変わるかもしれない。
一つ息を吐き、椅子にもたれかかりながらこめかみを指でほぐすステイルを見て、ゴルドがシチュー皿を暖炉の近くへ運んで行った。冷え切ったシチューは火に近づけてもすぐには溶けず、スプーンで崩すと割れて荒い塊となった。
沈黙が流れる。何事かを考えている様子のステイルと、シチュー皿の前で大きな身をかがめ固まった中身をスプーンでゆっくり掻きまわすゴルドの姿が対照的で不思議な空間だった。
「一番重要なのは、この魔道具爆発の犯人を魔道具師殿にしないことだ」
「戦争の切っ掛けになるから、ですか?」
そうだ、と頷く。
「国の代表としてやってきた人物を、真偽も分からぬうちに魔道具爆発の犯人に仕立て上げることは、魔族をこの国に引き入れ襲撃させた背信者という汚名を被せることにもなりかねない。たとえ噂一つでも、流れてしまえば付け入る隙になりかねない。この魔族の襲撃と魔道具の爆発は、分けて考えさせたい。そこで」
一呼吸置き、ステイルが姿勢を正した。
「正直に話す。アデル」
名を呼ばれ身構える。
「お前はこのままでは、騎士にはなれん」
あまりにもさらりと、衝撃的な発言を口にされる。
「だが、お前が覚悟を決めるのであれば、この国を守るだけでなく、騎士として認めさせることが出来る」
「団長、滅多なことは……」
「俺がそうする」
動揺が走る前に続く言葉を耳にして、アデルが大きく瞬いた。
錬気が使えない人間を騎士として認めさせるなど、夢物語のような話だ。だが、ステイルが断言したと言うことは、何か策があるのだろう、ということは分かる。
「今からする話をお前が聞いてしまったら、もうただの訓練生ではいられなくなる。今まで通りの生活は、出来ないと考えた方がいい」
曇る表情のゴルドと少年を見て、ステイルは無慈悲に問う。
「どうする?」
問いかけは、表面上の形でしかない。
アデルが何故これほどまでに惹かれるのか分からない。だが、ならなくてはならないと、ずっと胸の内で思いが叫んでいるのだ。その一心でここに入り、出来るこそ全てをこなしてきた。
報われるなら、答えは一つだ。
「話を聞かせてください」
アデルの返答に、ステイルは少しだけ寂しそうに笑った。
***
それは日も登らぬ早朝から始まった。
「アデル先輩が、アデル先輩が!!」
大慌てで新入生の大部屋に駆け込んできたジュノとレナーゼが、眠りについていた同級生たちを叩き起こす。
2段ベッドが並ぶ大部屋の中で次々と発光石のランプが光を宿し、なんだ、どうしたと皆が顔を出した。
ポッコルも例にもれず、眠い目を擦り起き上がる。
昨日は高揚し、なかなか寝付けなかった。
魔道具師がサウザンド王国からのスパイであるなら、この国から早急にご退場願わなければならず、その鍵となるものを自分が見つけたのだと思うと、英雄にでもなった気分だった。
アドネル総指揮官でもあるステイル団長とゴルド副団長にあんな間近で会話が出来ただけでも浮足立つのに、名前まで呼ばれてしまったことで様々な感情の渦に巻き込まれてしまった。思春期なのだ。
この同じ大部屋の中にいる同級生たちは誰も知らない。今まで平凡だった自分が、この国の為役に立てたと言うことを。それだけで誇らしい気持ちになり、大幅に遅れて入眠したのだった。
おかげで早朝の魔道具を見回りに行く時間帯であるというのに、未だまどろみから抜け出せていない。そもそも魔道具は爆発したので、見回る必要も無いのだが。
だがそんなことはお構いなしで止まらない2人が部屋の中を駆け回り騒いでいるので、見かねたアズロワとスワラグが彼等を止めた。
「落ち着け、どうしたんだ」
「除籍処分になったって!」
「え?」
「ついさっきだ!話してたんだ!」
「何?」
「だから!」
ゆっくり深呼吸したジュノが声を張り上げる。
「アデル先輩が、アドネル騎士団訓練所から除籍処分になったんだ!」
水を打ったように静まり返る大部屋の中。
「え……?」
ポッコルは頭が真っ白になった。




