疑惑 4
飛躍しすぎだ、と諫めることは出来なかった。
サウザンド王国とは、稀代の天才魔道具師シフの生まれ故郷だ。貿易大国でもあり、港は常に巨大な船でごった返すほど。職人が多くからくり技術に優れていることから〝からくりの国〟とも呼ばれている。西の大陸の最北端に位置する、スノー王国同等、歴史ある国だ。
技術交流として、国の代表として、この国の魔法学と魔道具技術を学びに来ているのがシフだ。
そんな彼がスパイかもしれない、という疑惑が拭えずにいるという危うさ。
アデルは逡巡の後、「わかった」と短く返事をする。
「この件は、直接ステイル団長にお伝えしよう」
「し、しかし……」
「ポッコルの言う通りだ」
「え……?」
戸惑うポッコルの手に握られる鉄板の欠片に視線を落とす。
「俺達だけで考えるには重すぎる話だし、その鉄板も証拠として非常に重要なものだから、絶対に無くさないように保管しなければならない。おれ達が持っているよりも確実に安全な場所は、上層部の部屋だ」
「確かに、そうですね」
「あの爆発と、その直後に魔族が襲来したことも、意図的な何かを感じ取っても仕方がないと思うんだ」
言いながら、腑に落ちていく感覚があった。
「要するに、魔族の襲撃の合図として、魔道具が使われたのではないか、って話だよな?」
「そ、そうです」
「だとするなら、魔族と繋がっているのは魔道具師殿かサウザンド王国か、それとも両方なのか、可能性を考えなきゃならない。その精査は、絶対におれ達がするべきではない」
藁を踏む音すら聞こえない沈黙。
ポッコルはゆっくりと頷いた。
「わかりました、団長には、いつ?」
「今から行こう。明日の全体報告より先に伝えなければ混乱を招きそうだ」
動き始めたアデルに続き、厩舎の扉を潜る。
音が鳴らぬよう細心の注意を払いながら施錠し、アドネル騎士団本拠点でもある大きな岩石へと足早に向かった。
訓練所のある岩石内とは違い、軍議や作戦室などがある本拠点は非常に洗礼されている。
木組みの木工建築であることには変わりないが、訓練所よりも更に岩肌が露出している面が多く、どちらかというと巨大な空洞の中に木を添えたような建築となっている。調度品は古く型遅れの物ばかりだが、長い年月を大切に使われてきたのだろう、木目が美しく艶を放つテーブルが暖炉の炎を反射して、室内はより明るさを保っていた。
直接団長室へ赴き、顔を出した副団長へ取り次ぎを願い出る。
報告を聞いている最中であるなら待ちますというアデルの様子に、「少し待て」と中へ一度戻ってから再び扉を開けて2人を招き入れた。
どうやら隊長達の報告は手早く済まされたようで、団長室にはステイル団長とゴルド副団長の姿しかない。ステイルの手元には炊き出しのシチューと平たいパンが置かれていた。食事をまともにとる時間もなかったのだろう、すっかり冷めた食べかけのシチューの上にパンが差し込まれ固まっている。
岩に阻まれ隙間から見た時、怪我を負っていたゴルドの頭に巻かれている包帯は新しく、きちんと治療されているのが分かる。火傷痕や擦り傷など目に見える部分にも多少はあるようだが、後遺症などはないらしい。普段通りの立ち振る舞いに息を吐く。
促されるまま、ポッコルが口を開いた。緊張しっぱなしではあったが、拙い報告にアデルが補足する形で、出てきた鉄板を提出する。
「……話は分かった」
組んだ両手に隠された口元から、長く細く息を吐く音が漏れている。
再び顔を上げたステイルはいつもと変わらぬ表情で告げた。
「ここに居る全員に箝口令を敷く。以後、この件に関し一切口外せんように。そしてポッコル」
「は、はいっ!」
「よく伝えてくれた。君が手にしたこの証拠は、こちらで有意義に使わせてもらう。下がってよい」
「し、し、失礼します!」
ぎこちない動きで部屋から出るのを、副団長が付き添う。
一度アデルの方を心配そうに振り返ったが、促され大人しく従っていった。
廊下を確認し、扉をきちんと閉めてゴルドが戻ってくる。
一呼吸の後、ステイルが口を開いた。
「シフ殿から魔道具爆発の件に関して、直接確認したいと言う話があった。恐らく明日到着するだろう」
「いつ来たんですか?」
「ステイル団長達が戻ってくる前に、昔ながらの【フローフ便】が届いたんだ」
フローフ便とは、昔よく使われていた連絡手段の一つだ。魔女の居た時代から親子石の利便性は知られていたが、持ち運んでいる最中に魔物による襲撃で割れたり紛失したりと、移動する人間に宛てる連絡手段としては非常に不向きだった。
そこで目を付けたのが、スノー王国に生息するフローフの存在だ。
フローフとはこの国の森に生息している非常に臆病な猛禽類で、一度行ったことのある建物や会ったことのある人物を決して忘れない非常に優秀な鳥である。
この国は空を飛ぶ魔物の脅威を熟知していた。なので小鳥では魔物の威圧と魔素にあてられ無事では済まない個体が出るだろう。その点フローフは大型猛禽類で非常に賢く、飛ぶ羽は音を立てないので魔物に気取られる事も少ない。万が一見つかったとしても、空を飛べるだけの魔物であれば簡単に振りほどくことが出来る旋回技術も持っていた。
フローフは、移動中の魔女達や戦士たちと王国を繋ぐ架け橋としての逸話も残るほど、古くからこの国に貢献してくれている益鳥だ。
現在は魔道具の出現と親子石を安定して使うことが出来ているおかげで、あまりフローフの出番はなかったが、その技術が失われているわけではない。現在も城では緊急時用の連絡フローフが飼育されている。
出された書面にはシフと王の著名印が記されている。
「王都も魔族や魔物による襲撃があったため情報が混乱を極めていた。にも拘わらず、魔道具師殿はこのアドネル騎士団領の事が心配で心配でたまらないらしい」
「ちょっと待ってくださいよ団長、それって……」
動揺しているということは、副団長もその違和感に気付いている、ということだ。
「分からないのは、目的だ」
魔道具師シフという男は、はたから見てもかなり優遇されている人物である。
故郷サウザンド王国より、イブリス教神官の推薦とはいえ国の代表として魔法学や魔道具技術を学びにやってきた。このスノー王国に来てから魔法学等を学んだことで、卓越したからくり技術と柔軟な発想力で、すぐさま彼らしいオリジナリティあふれる生活用魔道具というジャンルを開拓し、更には魔石を加工する技術、魔法文字を短縮する技術までも発見、国内で一目置かれる存在となる。
身の安全のため、生活出来るのは城の中のみではあるが、騎士の目が届く場所に限り、王の許しを貰うことで外出も可能だ。
衣食住困ることなく、一級品に囲まれた生活を送ることが出来ているのは、彼がこのスノー王国を何度も助けてくれたサウザンド王国からの技術交流者であるからに他ならない。
この魔道具爆発が敵対行為であるものなのか、はたまた偶然誘発された事故であるのか、個人による犯行か、サウザンド王国からの命令か、最終的に何をなそうとしているのか。
知りたいのはそこだ。
「見極める必要がある」
「泳がせるっていうんですか、本当だったら明らかな工作行為ですよ」
「憶測の域をまだ出ていない。ここで摘発したら外交問題に発展するぞ、それこそ戦争にまでなったらどうする」
戦争、という言葉に息をのむ。
魔王との戦いの後、実に長い間、共に手を取り合い国を立て直してきた戦友のようなものだ。世界平和条約の加盟国でもあるサウザンド王国が、自ら均衡を乱すことは考えたくない。
もし本当に、戦争を望んでいるのだとしたら、世界中を巻き込んだ戦乱の世が巻き起こる可能性もある。
何より、今国同士の戦争が起こってしまえば、確実にスノー王国は滅びるだろう。復興するにも金が要る。なにより今まで、他国の支援があってようやく立て直すことが出来ていた国だ。一番多くの支援金を送ってくれていたサウザンド王国と敵対関係になれば、国を建て直すことも難しくなるだろう。




