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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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44/50

疑惑 3

 戻ってきてから随分と話し込んでしまっていたらしい。気が付けば夕飯の時刻を過ぎていた。

 職人街は火災による被害が大きかったものの、修繕する部分は非常に限定的であったため事なきを得る。

 暫くは職人街を封鎖し撤去作業に集中、中で仕事をしていた職人たちは外で仕事をし、工房がなければ成り立たない職から優先的に修繕されていく予定、という話だ。


 現在中央広場で炊き出しが行われており、訓練生も見習いも関係なく、休憩の合間に食事をとり復旧作業に尽力していた。

 ファビリオは一日中、即席炊事場に立ち食事を作り続けているようだ。

 石窯もないのに作られたパンが大皿の上にこれでもかと山積みにされている。

 大きな鉄板の上で大量に焼かれているパンは普段の物よりも平らだが、木の実を荒く砕いた物が練り込まれていて食べ応えがありそうだ。生地から漂う香ばしい香りに食欲を刺激される。

 保存していた野菜と肉がふんだんに入れられたクリームシチューの、湯気と共に漂う香りも相まって、中央広場はとても活気づいていた。

 雲のかかる星空の下、息を白くさせた腹ペコ騎士達が巨大な寸胴の前に集まる様子は圧巻だ。それでも列をきちんと守っているのは、食堂で徹底されたライン管理の賜物だろう。

 このような非常事態でも腹いっぱい食べられるようになっているのは、ファビリオを筆頭とした料理人たちの努力のおかげだ。アデルは他5年生たちと共に向かい、ファビリオに軽く挨拶をしてから食事を済ませる。

 机や椅子は無事だったが、食堂から外へ運び出すのは大変だ。その手間を省き、雪を成形した簡易的な長椅子が所々作られ、皆その上に自身のマントや毛皮を敷き食事をとっている。

 中央広場には蒸気浴場もあるため、体の冷えが強い者はそちらで食事をとっているようだ。葉でしばかれながらとる食事はさぞにぎやかな事だろう、建物から聞こえてくる笑いは絶えない。

 後は軽く運動をして体をほぐそう。そう思っていた矢先に、声をかけられる。ポッコルだ。

 出立時、新入生達が一人も見当たらない事は気がかりだったが、丁度食事をとりながら自分が居なくなった後の経緯を聞いていた為、元気そうな姿を見て安堵する。


「あの、アデル先輩。少しよろしいですか」


 いつになく深刻な表情だ。後輩がこういう思いつめた表情をしている時は大体重めの相談がある時だと経験上知っていた。

 今日は体を動かすのを諦めるしかなさそうだと気持ちを切り替え、「どうした?」と向き直る。


「ここじゃちょっと……」


 他の同期達が居る前では相談できない話なのだと理解し、立ち上がる。


「どこがいいんだ?」

「できれば人が居ない場所がよくて」

「そんな場所あるかなぁ」


 今はどこもかしこも作業中のため、人が行き来している。

 少し考え、厩舎に向かうことにした。

 ここは崩落や攻撃などの被害も少なく修繕しなければならない物も無い。あるのは沢山の軍用山羊、馬、そして羊だ。種類ごとに厩舎は分かれており、羊の厩舎へもぐりこむ。

 時間帯もあるが、既に世話を終えた羊たちは藁の上でくつろいでいた。ゆっくりと落ち着いた動作で侵入してくるアデルに、軽く騒ぎ始めた羊たちも距離を取りることで徐々に落ち着いていく。それを見ていたポッコルは感嘆し、真似しつつ扉を閉めた。

 真っ暗だと思っていた厩舎内は、ほのかに発光石の光が照らしていた。扉を開閉する衝撃で明かりがつく仕組みになっているらしい。壁に取り付けられた淡い光がネイビーブルーに包まれる羊の白い毛を染めている。

 対峙し、ポッコルは唇を強く噛みしめたかと思うと大きく深呼吸をする。そして意を決し顔を上げた。


「魔道具が爆発した後、岩石内で瓦礫の撤去作業をしている時に、あるものを拾ったんです」

「あるもの?」

「恐らく、爆発した空調装置の破片です。そこに、見たことのない文字がびっしり書き綴られていました」


 これです、と取り出した鉄板の欠片には、確かに見覚えがあった。丁度魔石が入れられていた筒状の部分で、爆発の衝撃で更に湾曲している。

 煤けて焦げた裏側に、魔法文字とよく似ている形の何かがびっしりと書き綴られていた。


「他の空調装置の部品はあの後しっかり確認しましたが、この鉄板と同じような状態の物は見つけられませんでした。おそらく中の魔石が爆発した時に、全て砕け散る想定で作られていたのだと思います」

「待ってくれ、……その言い方だと、まるで」

「疑っています」


 驚いて目を見開く。

 はっきりと宣言するポッコルの表情は、まったくの無表情だった。

 怒りも恐怖も、不安も無い。ただ、疑っている、という言葉だけで、この少年は自分の覚悟を示している。


「おかしな点が多いんです」


 鉄板を握る手に力がこもる。


「魔道具に使われる魔法文字というものは、直接石に彫り込まれるものですよね?その彫り込んだ文字が石に直接働きかけて、文字通りの能力を魔石が具現化させているんですよね?」

「そうだ」

「なのに、わざわざ人目につかない筒の裏側を使って、こんなにびっしりと文字を書くってことは、隠さなきゃならないことをこの文字に込めたってことなんじゃないですか?外から見た時にバレないような組み立て方をしている時点で、変じゃないですか」


 文字の上をなぞる指に視線を向けるも、アデルは未だ懐疑的だ。


「確かに、筒の裏側に魔法文字を書き込むのはおかしいが……正直、魔道具に関する知識がおれ達には無いだろう?シフさんが考案した、小さな魔石に短い魔法文字で能力を発揮させることが出来る、という技術は、実はこの鉄板に描かれた魔法文字が補助的な役割をしていたから、可能になっていたのかもしれない。ここに書かれていた文字を解読できなければ、話にならん段階だ。疑うのは早計なんじゃないか?」

「だったら何故です?」


 言葉を遮るようにポッコルが続ける。


「これほどまでに大規模な爆発が起きていて、魔道具師殿からの連絡は何故ないのですか?」

「それは」

「繋がっているじゃないですか、空調装置の置かれている部屋には、何かがあった時、非常時に直接緊急信号を出して魔道具師殿に連絡を取ることが出来る、非常用の連絡ボタンがありましたよね?」


 部屋ごと木っ端微塵となってしまった以上、確認しようがないと思うが、破損した時点でそのことを知らせる信号が出ていてもおかしくはない。

 唸るアデルにポッコルが指を立てる。


「もう一つ。彼は直近で空調装置の点検に来ていますよね?」


 息をのむ。

 そうだ、と思い出したのは、ポッコル達が来る前のこと。

 空調装置がこの騎士団領へやってきたのは去年の話だ。

 新しい魔道具であるため、空調装置の点検と、他の生活用魔道具が順調に稼働できているかどうか、問題はないかと魔道具師シフが直接視察にきたのだった。

 丁度その頃アデル達は演習に出ていて訓練所にはいなかったが、戻ってきた時に他の騎士や見習い達から魔道具師殿が来ていたと言う話を聞いたことがあった。


「点検しているにも関わらず、今回爆発が起きた。これだけ大規模な異変が起こるのなら、その兆候はきっと気付いていたのではないかとおもうんですよ」


 確かに、一つならまだしも、全ての空調装置が爆発している。給湯器まで、同じような爆発を起こした。

 明らかに異常だ。


「それでも、直せなかったのは何故なんでしょう。稀代の天才が、そんなミスをするでしょうか?」


 何も言い返せなかった。

 今アデルの頭の中では、城で出会ったシフの様子が繰り返し流れている。

 何かを言いたそうに開かれた口元、伸ばされかけた手、しかし諦めその場を離れていく姿。

 このアドネルで初めて体験したという蒸気浴にカルチャーショックを受け、わざわざ大衆浴場を自ら手掛けたバイタリティを持つ男とのギャップ。

 何かが引っかかるのは、自分も同様だったのだ。


「他の同級生たちには口外していません。混乱させてしまいそうだと思ったので。でも僕一人で抱えるには重すぎます。どうしたらいいのか、本当に分からないんです」

「ポッコル……」

「もしも、もしも僕の考えている事が真実であるのなら、この国の未来は危ういのではないかってずっと考えてしまっているんです」


 声が震えている。

 否定したいのに、それをすることが出来ない葛藤が、彼の心を蝕んでいる。


「魔道具師殿が西の国、【サウザンド王国】からのスパイであったなら、この国は将来、サウザンド王国に滅ぼされるかもしれません」



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