疑惑 2
怒りで煮えたぎるフレデリックの表情は恐ろしい。
地鳴りのような彼の声とは違う、ドスの効いた低い声が一回りも大きな男を圧倒する。
ジーコとナジュが止めようとするがなかなか抑えることが出来ず、揺さぶられる巨体は何かを必死に押し殺そうと唇を引き結ぶ。
「フレデリックお前伯爵家の御子息様になんてことを!」
「恥を知れ平民風情が!」
「貴族に手を上げれば極刑だぞ!」
「ここは騎士団の訓練所だ。貴族だろうが平民だろうが関係ない」
「俺たち自身にはなくとも俺の家族にはその権威がある!」
「父上にお前の村の領民が苦しむような重税を課すことだって出来るんだ、わきまえろよ!」
「親に頼るのか?情けない。そこまで言うならお前がかかってこいよ、俺を止めて見ろ。俺より弱いお前がどうやって止めるか見ものだよ」
「きっ……貴様……!!」
冷たく睨みつけられた貴族たちは体を震わせ顔を赤くする。一触即発の雰囲気だ。
「フレデリック」
アデルの声に視線をよこした美青年は露骨に嫌な顔をしながら、それでも最後には相手を突き飛ばす様に手を放しナジュとジーコにされるがまま引き下がっていった。
「説明してくれるか?ファジード」
体ごと向き直り巨体の男、ファジードへ問うも、当の本人は首元をさすり何も言わない。
普段の彼ならば、たとえ嫌いな相手であってもきちんと向き直り真正面から対峙する。あまり言葉を交わしたことは無いものの、そういった態度から非常に紳士な男であることを知っていた。らしくない対応である。
代りに一人の取り巻きが前へ出てきた。ツェケンという名の男爵令息だ。
「噂になってる。魔物をこの国に引き入れただとか、騎士や見習いの仕事を横取りして手柄を立てようとしたとか、本当は魔道具の爆発も仕組んだことだったのではとか」
「おれが?」
大きく瞬くアデルに「しらじらしいぞ!」と震えながらもファジードを庇うように前に立ち続ける。
「自分の錬気習得のために、自分を追い込むためにここを危険に晒したんだろう!?」
「行きましょうファジードさん。こいつと貴方が一緒にいてはいけない」
「頼むから俺達には関わらないでくれ、巻き込まれたくはない」
目の前で吠える小型犬のような男と巨体を促しながら、貴族出身である他の者達はまるで軽蔑するかのようにアデルを見て離れていく。
「何故そんなことになってるんだ……?」
ただただ困惑するアデルに、ジーコが声を潜め説明する。
どうやら、アデルを貶めるような噂が出回っている、という話らしい。
「どうも、お前が副団長に任を受けた事が歪曲して伝わっているみたいでな。一番耳にするのは、アデルと魔族が繋がっていたのではという話だ」
「魔族をこのアドネル騎士団領まで手引きし、魔物にこの地を襲わせることによって窮地が生まれるから、それを利用し錬気を習得しようとしたんじゃねーか、って噂が回ってる」
「魔女と共に戻ってきて、魔物も魔族も追い払ったのに?」
「ほとんどの騎士は、お前が魔女と共に戻ってきたことを知らないんだ。ただ深淵の魔女が眠りから復活してこの地の民を守ってくれただの、魔女の国の再来だの好き勝手言ってるよ」
「なのに、そんなおかしな噂が広まっているというのか?」
心底訳が分からない様子の少年に、フレデリックは同意して見せる。
しかしジーコとベヒナは互いに目を見合わせ、言い淀んでいた。
「お前、嫌われてるだろ」
だがナジュはお構いなしに口にする。
「錬気が使えないのに、ここにいる誰よりもお前の身体能力は上だ。戦闘面でも、座学の成績だって一番だろ。だから僻まれてやっかまれてんだよ」
「……同期の誰かが噂を流していると言いたいのか?」
「それだけじゃねぇ。お前のことをまだ普通の人間として受け止めきれてない奴もいる。これだけ時間がたってるってのに、出自がわからず体が成長しないってだけで異様な目で見られ続けてる。体が成長しないのに身体能力が誰よりも高いってところが不気味がられてんだよ」
「そんなこと、言われてもなぁ……」
珍しく困り果てた顔をし肩を落とす。
その強さは彼の努力のたまものだ。自分が他に劣っているが故に出来ることをこつこつと続けてきた結果が今の彼だ。
その全てを否定するような噂が出回っている事も腹立たしいが、騎士になろう人間がそんな噂に振り回されている事にも危機感を覚える。
「貴族は何かとお前の出自を気にするなぁ」
ヒヒ、とベヒナが笑う。
平民や貧民等、権力を持たない人間は比較的アデルを認めている。近くにいる人間ならば尚更、その努力を目にすることが多いため、認めざるを得ない。
しかし権力に固執する者や、実家の階級が高い者ほど、その努力を否定し距離を置きたがっているように思えた。
「確かに。何故だろう?」
「そういやジーコって爵位持ちだろ?何か知らねーのかよ」
「俺は三男坊だし、あんまり家族仲いいほうじゃなかったから」
「もしかしたら、おふれをすぐに取り下げたことと何か関係があるのかもしれない」
まさか、そんなこと。
しかしすぐに笑顔は消えた。
「おふれ取り下げたのって貴族が原因って言ってなかったか?」
「お前もしかして、口には出せない貴族出身の者なんじゃねーの?」
「特に爵位の高い貴族は見栄もプライドも高いから、問題のある子どもはよそへ移すって聞いたことがある。貴族が来ない田舎の方に幽閉するんだって」
「それがバレたくないから早急に取りやめたんじゃ……」
「まてまてお前達!飛躍しすぎだ!」
盛り上がる大勢を手で制すも、フレデリックは「ありえない話でもない」と息巻いている。
「何より初めて会った時からアデルの肝は据わってた。あんな豪胆なことが出来る男は普通の生まれじゃないと思う」
「あんな豪胆な事って、どんな?」
「その話はいいから!落ち着いてくれ、今重要なのは、おれの行動から変な噂が出回っていて信じる者がいるってことだろ?それは多分早めに解決すると思う。ステイル団長と共に戻ってきたから、明日にでも皆聞くことになるんじゃないか?それに、おふれが早急に取り消された理由は公開されていないが、なんとなく……理解できるだろう?おれの見た目、目の色も、髪の色も、明らかにこの国の人間のものではない。貴族なら外交問題を視野に入れることも当然だ」
「お前はそれで納得してんのかよ、家族と再会出来るチャンスだったのかもしれねぇだろ!?」
「ナジュ落ち着け、どうしたんだよ」
「どんな理由があろうとなぁ!家族が生きてんなら知らせた方がいいだろが!今も心配してるかもしれねぇ、無理をして探してるかもしれねぇって、考えたことねーのかよ!」
いつにも増してナジュが吠える。
皆、心が乱されていると感じた。
あれだけのことが直近であったのだ、誰だって不安やトラウマが呼び起こされても仕方がないだろう。
だが不思議とアデルは冷静なままであった。
ある意味、冷酷なのかもしれないが。
「考えたことは無いが、必要だとも思っていない」
「どういうことだ?」
「うーん……何故だろうな、倒れていた以前のことはまったく覚えていないのに、あまり不安だとも思っていないんだ」
「え?」
「もちろん思い出したい気持ちはある。だが、なりふりかまわず固執する程興味を持てない、といったほうがいいか。自分の家族と言うものに憧れはあるが、自分の父親や母親に会いたいとそこまで思っていない。それよりも、フレデリックの家族にもう一度会いたいかな」
「なんでフレデリックの家族なんだよ」
疑問をそのままぶつけるナジュに、アデルは考えを巡らせる。
自分の中にある、家族に対する感情は〝知りたい欲求〟だ。記憶が無いから当然だが、切実というほどではなかった。
騎士になれたら何か思い出せるかもしれない、という希望的観測も、比重としては騎士になりたいという思いの方が強かったからここにいる。
「おれにとっては、あの村が心の故郷なんだ。まだ自分の置かれた状況に上手く馴染めなかったおれに、フレデリックの家族も、あの村に住む人々も皆、それこそ家族の様に接してくれた。だから今こうして、おれはここに居られるんだと思っているし、またあの村に帰ってみんなに会いたいとも思う。多分、似てるんじゃないか?家族に会いたい、故郷に帰りたいって気持ち、こういうことなんだろう?」
まぁ、本当の意味では分かっていないのかもしれないが。
そういって笑うアデルに胸を打たれる。
ここに居る皆には故郷があった。魔物に襲われ消えた村もあるなかで、現在も必死に生き延びているであろう家族のことを思うと、心の震えは静まっていく。皆同じようで、異様な興奮は収まっていった。
突然アデルが、思い出したかのように短く声を発する。
そして勢いよく頭を下げた。
「すまんフレデリック、ネックチューブ、魔物に引き裂かれて無くしてしまった」
「なっ……なんだと!?」
その後フレデリックは説教と生きていた事への安堵の狭間で揺れ動き、最終的に「もう一度ジュセ村に行き妹に一緒に謝る」という話で落ち着いた。




