疑惑 1
早朝出立した一行がアドネル騎士団領へと戻ってきたのは、日も暮れた後だった。
本来ならばもう少し時間がかかるところを、山の斜面を駆けあがっていける程のバランス感覚と脚を持つ軍用山羊のおかげで道のりを短縮し、約3日という日程での定期報告を可能にしている。
アドネルへ続く道の大手門手前には自分たちの身長よりも高い雪が積まれており、その雪を絶えず下へ落としている最中だ。
どうやら魔女の魔法が解け、ただの白い雪に変わった後、早急に荷馬車が通れる道を作ったようだ。
巨大な雪の人型が倒れ込み巻きこまれた魔物は中で形を保ったまま粉々に砕かれ、雪と共に撤去されていく。綺麗に並んだ形のまま、シャベルで突き崩されていく光景は異様だった。
大手門を潜ったところで、外で撤去作業をしていた騎士達に囲まれ、団長の帰宅を祝う歓声に包まれた。
「団長!」
「ご無事で何よりです!」
「皆、よく留守を守ってくれた。修繕作業も進めているんだな」
「はい!守備隊長の指示で昼夜交代制に割り振られています!」
「ゴルド副団長と、隊長達を集めてくれ。報告を聞こう」
「了解!」
ふと団長の前に座る少年の姿を見て驚いた顔をする。
しかしすぐ姿勢を正した騎士達はアデルを見据えた。
「任務ご苦労、アデルが呼びに行ってくれた救援は、魔女が掃討してくれたすぐ後に到着した」
「足りない物資も第三拠点から持ってきてくれたおかげで賄えたようだ、医療隊が特に感謝していたぞ。間に合わなければ落としていた命があったと話していた」
「そんな、おれは……全ては深淵の魔女のおかげですから」
「おーい前達、さぼるなよー!」
大きな雪を積んだ荷車を押す騎士達にとがめられ、軽い挨拶の後慌てて持ち場へと戻っていく後姿を見送った。
こうして無事な姿の騎士達を見ることが出来て、本当に良かったと安堵する。
間に合ってよかった、心底そう思った。そんな時。
鋭い視線がアデルを刺す。
気付き顔を巡らせると、一団が雪の除去作業をしながらこちらを見ていた。
篝火の影で顔は見えない。
団長の帰りを祝いたいのかとも思ったが、そうではない様子。
首の後ろが強張るような緊張がそれを知らせてくれている。
嫉妬や嫌悪には慣れている。だが、今まで受けた物とやや系統が違うような気がした。
(なんだ……?)
アデルがお辞儀をすると、その一団は再び作業に戻った。首の後ろの緊張が解ける。見られていると気付きばつが悪くなったのか、その場からも移動していった。
ふと記憶がよみがえる。それは、ブルーノ森林地区で発見され目覚めた後の、騎士達の様子とよく似ていた。
魔物ではないと鈴が知らせてくれていたのに、それを信じられない人々の、本当に安全かどうか見極めようとするときの目。
「どうした?」
「はい、なんでもありません」
ステイルの問いに応えることはできなかった。
これを言葉にしたくはなかった。
しっかり体を休めるようにというステイルからの命を受け解散する。
とにかく体を動かしたい。1日中山羊の背に揺られていたせいで凝り固まっている気がする。眠る前に体をほぐしておきたいと、夜の訓練を頭の中で組み立てていく。
しかし部屋に戻ってからもなかなか落ち着くことが出来なかった。
「アデル!無事なんだな、どこも怪我はないんだな!?」
「おい!アデル帰って来たぞ!」
「お前そんな普通に帰ってくんなよ!びっくりするだろ!」
「無事でなにより」
5年生の大部屋に戻ってきたアデルを最初に出迎えてくれたのはフレデリック、ジーコ、ナジュ、ベヒナの4人だった。
他の同期達も集まり、出入り口に人だかりができる。
「ああ、大丈夫、無事だよ。みんなは大丈夫か?」
「問題ない、見習いや騎士達のおかげで訓練生のほとんどは無事だ」
「崩落に巻き込まれた者は怪我を負ったが、治る怪我だと聞いている。重傷者もいるが一命はとりとめたって」
「よかった。ところでフレデリック、お前無茶したな」
「な、なんだ?」
「なんだじゃない、魔族と対峙してただろう。なんで屋上にいたんだ?」
「アデルの悪口言われたから、こいつプッツンきちゃったんだよ」
「違う!死んだとか言うから!」
「死んだ?おれが?」
きょとんと眼を見張るアデルに、フレデリックは遺憾ともしがたい表情で頷いた。
「根拠もないのになぜかそう断言してきたんだ、腹も立つだろう!?」
「まるでお前の様子を見ているような口ぶりだった」
「なんて言ってたんだ?」
喜びも束の間、真剣な表情に変わるアデルに皆戸惑う。
フレデリックは自分が言われたこと、聞いた部分を全て話した。
彼自身、魔族の言うことは真実ではないと思っていた。だからこそ、面と向かって強気に否定することが出来ていたのだ。
しかし、徐々に変わるアデルの顔色に、フレデリックは自信が持てなくなってくる。
「目視していないのに大体の場所が分かると言っていたんだな?首にヒデラという魔物がついていて、死ぬのは時間の問題だと、そう言っていたんだな?」
「あ、ああ……」
「フレデリックをそこまで連れて行くとも言っていたぞ」
様子を伺っていたジーコの表情にも不安がにじむ。
少年の顔に感情は現れていない。しかしだからこそ、付き合いの長い人間は理解することが出来る。
「本当……だったのか……?」
恐る恐る問うフレデリックの声はかすれていた。
頷く姿を前に、皆言葉を失う。
「実際に、そのヒデラとかいうヒル型の魔物はいつのまにか首の後ろについていた」
「なんだと!?」
ナジュがやや乱暴にアデルの縛られた髪を掴んで覗き込む。
吸血痕が輪のようにうっすらと残っている。
目をひんむいて口を開けるナジュの表情を見て、ベヒナも察したようだ。
「あの魔物は血を吸う速度が尋常ではなかった。よく生きて帰ってこられたな」
「おれもそう思う。死ぬ寸前だった所を魔女が魔法で治癒してくれたんだ。魔女と共に戻ってきた時、黒い糸でぐるぐる巻きにされていただろう?あれのおかげだ」
「魔女は治癒も出来るのか、知らなかった……!」
感嘆するジーコに体の緊張が解けていきナジュも話を聞いて落ち着いたようだ。ばつが悪そうに乱暴な手つきでアデルの襟元を正し、「それならいいけどよ」とぶっきらぼうに告げた。
しかしフレデリックの表情は晴れない。
声をかけようとしたアデルだったが、突然背後から衝撃を受ける。
「邪魔だ、こんな所で立ち話なんざするな」
人相の悪い巨体から地響きが聞こえてくる。
アデルと目が合うと少し驚いた顔をしていたが、開けられた道をそのまま通り離れていった。
彼が引き連れる何人かもアデルの帰還には触れず、ただ付き人の様に後を追いかけていく。先頭を歩く巨体の彼と違うところは、通り過ぎる際露骨に嫌な顔をしていくことだった。
アデルの出自に対して不審がる人間は多い。こうして同じ訓練生としてその実力を見ても尚、信じようとしない者は信じない。その筆頭が、同じ5年生の中にいる貴族派閥の彼等だった。
「すまない」と一言謝罪し扉の前から離れ顔を見合わせつつ、気にせず話に戻ろうとしたが、突然人相の悪い巨体がくるりと体を反転させて戻ってきた。
「ところでお前、自分の錬気習得のためにここにいるやつ全員を危険に晒したというのは本当か?」
「は?」
あまりにも突拍子のない質問に素直に驚くアデルだったが、瞬間的に爆発したフレデリックが巨体の胸倉をつかんで持ち上げる。
奇妙な空気の抜ける音が彼の口から洩れた。
「もう一度言ってみろよ」




