復興のために 2
出立は非常にスムーズだった。
アドネル騎士団領は山の中腹に位置しているため軍馬の運用はあまり多くは無く、山羊や羊の運用が多い。
特にヒュド山脈に元からいた種は体が馬並みに大きく、人を乗せて走っても問題なく斜面を駆け上っていける自力を持っており、2層の毛が全身を覆い非常に手触りも良く毛の中に手を入れるとすぐ暖まるほど熱を逃がさない構造だ。
角の生え方は個体差はあるものの総じて後ろへ伸びて巻いていくものが多い。
筋肉質だが脂肪層があり、性格は温厚なため軍用に改良されたのが現在の【アドネル種軍用山羊】だ。
主に雄を訓練し、ヤギミルクや換毛期に出た毛で服を作ったりと重宝されている。
種類ごとの厩舎があり、中央広場のほとんどはこの動物たちのためにある。
ステイル団長の相棒はアドネル種の中でもひと際美しい白雪の毛をした山羊で、団長が来ると甘えたように小さく鳴いた。
黄色の半月が瞳の中に宿っているのを見て、アデルはブルーノ森林地区で追いかけられた魔物を思い出し少し身構える。
騎士3人編成で王都を出立してからは問題なく進むことが出来た。
雪原平野を抜けヒュド山脈に差し掛かる頃、一度休憩を取ることになる。
麓には簡易的な野営地があり、野宿の痕跡が残っていた。
多少の雪よけをした後、火をおこし軽く昼食をとりはじめる。
「今回の任務、改めてご苦労だった」
横倒しになった丸太に座り干し肉をかじっている時、突然労いの言葉をかけられ驚いた。
隣に座るステイルと目が合う。
「勿体ないお言葉です」
殊勝な態度はこの訓練所で培われたもの。
入団したてのアデルを知っているステイルは、彼の成長にふと表情を和らげた。
和やかな空気だ。今なら、ずっと胸の内につかえていたことも聞けるかもしれない。
「団長、ずっとお聞きしたいことがあったのですが……よろしいですか?」
「かまわない」
了承を得たことで、改めて気持ちを落ち着ける。
体をずらし向き直った。
「何故自分を受け入れてくれたんですか」
ずっとアデルの中で気にかかっていたことだった。
自分は素性の知れない人間だ。どこから来てどうしてあの森で倒れていたのかも未だに分からない。手掛かりはペンダントだけで、そのペンダントもどうやって手に入れたのかは分からない。何故自分の体が成長しないのかも、なぜ自分の身体能力が人より高いのかも、何故自分だけ錬気が使えないのかも分からない。
こんなに分からないことだらけの人間が、国の要ともいえる騎士団領に、訓練所に入れてもらえたなんて信じられなかった。
居場所を与えてくれたことに深く感謝しているからこそ、何故受け入れてもらえたのかの不安はずっと胸の内で燻っている。
ステイルは携帯食料をのみ込んで一息つくと懐かしむように目を細めた。
「ヨギドさんが受け入れたから、という理由ももちろんあるが……アデルの笑った顔がどことなく団長と似ていたんだ」
「団長、ですか?」
「ああ、前任のな。あの人だったらそうするだろうなと思った」
思い出しているのか、空気が柔らかい。
豪雪の団長と揶揄されている人の雪解けがまさか彼の前任者だとは知らなかった。
従者の騎士達はステイルよりも一回り年上の者だったが、思い当たる節があるのか頷いている。
「底抜けに優しい、困っている人間を見ると手を指し伸ばさずにはいられない男だった。思い切りもよく豪胆で難題が目の前にあっても笑って壊していくような強さもあった。私はあの人に憧れてアドネル騎士団に入団したんだ。……それなのに」
深い溜息には諦めが宿っていた。
「あの人は勝手だ。騎士に上がったばかりの私に団長の座を勝手に譲り、そして出て行った」
本来なら騎士に上がった者の功績と貢献度、騎士達から信頼の厚い人物を次期団長の座に置く。
だが現団長は前団長退任時の判断により据え置かれた。
要するに自分の後任を指名し満期を待たず辞任した、前代未聞の処置だったのだ。
「一体何故?」
「今から20年前、魔物が突然急増し始めた。南の国から始まった魔物の増殖は、どういうわけか人間の生まれたばかりの赤子を狙いはじめたんだ。北の国にもその兆候が見られ始め……そして17年前、団長の故郷でもあるカレット村は一夜にして滅んだ」
20年前爆発的に増えた魔物の話は座学でも学んでいた。17年前に地図から消えた村の話も。
【故カレット村】は西湾岸の山脈の麓にあった閑静な村だと聞いている。
のどかで田舎で、魔物などめったに見ない、あたり一面花畑で埋め尽くされているような村だった。
だが、子どもを狙った魔物の大群が突然押し寄せ一夜にして村は壊滅した。
この魔物は野生の魔物で、突然何かにはやし立てられるように村へ集まり始めたという不可解な点もあったが未だに解明されておらず、現在も当時のまま廃村として残っている。
「いつも豪快に笑う人だった。あんな団長を見たのは後にも先にも一度きりだ」
呟く声の憂いは色濃い。
炎だけが、白く閉ざされた空間に時の流れを知らせてくれている。
「魔物の行動には必ず理由がある、原因をすぐに究明すべきだと団長は進言していたんだが、騎士は村や町を守るだけで精一杯、アメジストパレス周辺の警戒も必要、北から魔王を復活させようとする魔物や、海を渡ってくる魔物の掃討……人員不足により調べている余裕はなかった。国王への進言も貴族たちに一蹴された。今ある人々の命を守るだけで手いっぱいで、とても調べるための人員も物資も割けないと。実際国益はほぼ無に等しく、国庫も心もとないことは分かっていた。だからあの人は、辞めて自分で探すと言い残し出て行ってしまった」
「そんな……」
「無謀だろう?だがあの人はそういう人なんだ。実際に彼の見つけてきた魔物に関する情報はどれも有益なものばかりで、魔物の行動学もその一つだ。だから私達の世代の騎士は、皆あの人……ハザックさんが好きなんだよ」
頷く2人の壮年の騎士達だったが、1人がふと顎に手をかけ疑問を口にする。
「そういや不思議な事に、前団長がこの国を出てから魔物達の動きも元通りに変わっていきましたよね。ハザック前団長が国を去るときに一太刀入れて掃討していったって話は本当なんですか?」
「あったなそんな話。俺は一過性の病だったから行動がおかしくなってたって話を聞いたが」
「一過性の病の話は前団長より否定されてる。どうやら向かった国々で詳細に調べた結果病による症状ではないと結論付けられたようだ。それから、前団長は国王の許可なく剣を振るう人ではなかっただろう」
ステイルに軽く凄まれ首をすくめて見せる従者。
恐らく長い付き合いなのだろう、3人の穏やかな空気はとても居心地がいい。
そんな彼らから突然表情が消える。
ぎし、と小さな音が鳴った。
火が爆ぜる音ではない。背後から雪を踏みしめ近づく気配がある。
アデルが気付いて振り返るころには、3人の騎士は既に戦闘態勢を取っていた。
狼の見た目をしているがセイウチのように牙が長く突出しており、尻尾はまるで鞭のようにしなっている。
【ニブウルフ】と呼ばれている狼型の魔物は攻撃力も機動力も非常に高く、気配を殺し集団で獲物を囲み一斉に襲い掛かってくる習性があるS級の魔物だ。
アデルは刺激しないように視線だけを動かしてゆっくりと周囲を探った。既に囲まれている。
東側の森や雪原平野に生息しているニブウルフが、縄張り拡大のためここまでやってきたのだ。
威嚇すらしない、声を、音を出さずに彼らは獲物を狩る。
人を食料にするため、人の生息域に侵入してきたニブウルフは全て討伐対象だ。
「2人は守備陣を」
「はっ!」
アデルを挟むように騎士が立ち位置をかえた。
自分も助力しなければと短剣に手を伸ばすが、目で制される。
「錬気発動」
ステイルの体が淡く光る。
空気の揺らめきが手持ちの武器に収束されていき、そして消えた。
細身の剣が空気を撫でる。
「刹那瞬撃」
瞬間、幾重もの光が団長から迸った。
その場から全く動いていないように見えたのに、いつのまにか剣を鞘に戻している。
一拍遅れて周囲を囲んでいたニブウルフはぱたりとその場で力無く倒れ込んだ。
そしてじわじわと、首元から赤い花が咲いていく。
それは首に空いた小さな穴から広がっていた。
アデルの動体視力は光の中で団長の剣が素早く円を描き再び腰に納まるのを目撃していた。
団長の持つ剣の長さは直接ニブウルフに届かない。では何故、魔物達は息絶えているのだろうか?
あの光は正に錬気の光だったのだ。
剣から放たれた圧縮された魔素の光が魔物の急所を的確に貫き、そして全ては一瞬にして終わりを迎えた。
錬気は主に身体能力を向上する。人間の体内に必ずある魔素を練り上げ、全身の筋肉へ余すことなく行き届かせることにより遥かに強い力を発揮することが出来る。
熟練者は武器にもその錬気を宿すことが出来るようになるという話は聞いたことがあった。
今まさに、ステイル団長の、彼しか扱えない熟練された錬気技を目の当たりにしたのだ。
「毛皮と肉を取り出立する」
何事も無かったかのように魔物の亡骸へ近づき、短剣で解体を始める。
2人の従者も戦闘態勢を解き動き始めた。
アデルは無意識の中で解体作業を手伝いながら、先程の光景を反芻していた。
高揚する体と冷静に分析する脳、そして。
(これほどまでに強い人が憧れる前団長、かぁ)
正に騎士たる堂々とした立ち振る舞い、騎士とはこうあるべきという理想の人が尊敬している人物とは、一体どんな人なのだろう。
焼き付いた団長の姿は暫く消えそうになかった。




