復興のために 1
風の精霊がアデルを城のテラスに降ろしてからはあっという間だった。
まず上空を目視した騎士から守備隊隊長ハガネド、近衛隊隊長に報告が行き、2人がアデルをわざわざテラスまで出向き迎え入れた。簡単な挨拶の後、書状とアドネルの鍵を見せ簡潔に報告をする。
ノカの私室に通され休むよう言われて待っている間に、ステイル団長は即断即決で救援隊を編成しペギュールとブルーリッチに向かわせた。
幸い城の貯蔵庫は無事であったため食料や物資に困ることは無く、現在王都の避難民にも十分食料が行き届いていることからの判断であった。もちろん快く思わない貴族もいたが、貴婦人達の協力により渋々承諾という形に納まる。
やってきたステイル、ノカから事後報告を受け、アデルは大きな瞳をぱちくりとしながら聞き入ることしかできなかった。
何より、ホワイト三世が目の前に座っている現実に動揺せずにはいられず、ずっとそわそわと落ち着かない。
いっぱしの、しかも見習いにも満たない訓練生1人が王と謁見出来るなど普通ではありえないことだったが、ここがノカの私室であることと、王冠を脱いだ姿から非公式の謁見ということになっていた。
守備隊隊長ハガネドに全指揮を任せ、ステイルは詳細な報告を求める。
もちろんアデルは包み隠さず伝えたが、ペンダントの話だけは口にすることが出来なかった。
このペンダントが輝きを放ったおかげで魔女の居る場所に辿り着けたことを今ここで話してしまうと、もう2度と魔女とは会えないような気がしたからだ。嘘や偽りは語らずに、瀕死の状態となり気付けば魔女の居る森の中にいた、とかいつまんであった出来事を話していく。
一番伝えたかった内容でもある魔族に関する情報も伝達する事が出来た。
魔族吸血鬼赤薔薇姫とゴブリンの王黄金の指は体の一部を失った状態で魔女の魔法を逃れ恐らく生きているということ。西の国に魔族の肉体を治せる魔族がいるということ。ブルーリッチに突然湧いて出た魔物についての魔女の見解。
にわかには信じられない、といった表情をしていた国王やノカだったが、ステイルの表情は崩れない。その視線はアデルの肩に覆いかぶさるようにして微動だにしない風の精霊に向けられていた。
この精霊はテラスにアデルを降ろしてからも消えることなく、何故かアデルの体に身を寄せている。時折クラゲのように空中を跳ねることはあったが、重力に従うようにゆっくりと漂いアデルの体に身を落ち着けるとまるで擬態するかのように動かなくなる、というのを何度か繰り返している。
全てを話し終えステイルは暫しの間逡巡した後、立ち上がった。
「明日の早朝、訓練生アデルは私と共に帰還だ。任務ご苦労」
「はっ!」
柔らかく座り心地の良い椅子から勢いよく立ち上がり、姿勢を正すアデルに続き王も席を立つ。
流れるような所作で握手を求める姿にどうしたらいいか分からずステイルとノカを見るが、目で促されおずおずと片手を差し出した。
王の手は分厚く、戦う者の手をしていた。
握り返される力強さに身が引き締まる。
「大義であった。そして、深淵の魔女を見つけてくれた功績を称えよう」
「勿体ないお言葉です!」
「魔女殿は何故お姿をお見せにならぬ?直接礼を述べたいのだが」
「陛下のその尊いお気持ちは伝わっています」
「なぜそう言い切れる?」
「このペンダントの石を通して人の世界を見て聞くと言っていました。お越しいただくようにも伝えましたが、今はまだその時ではないと」
「ほう」
「意味深じゃないか、今はその時じゃないってことは、いつかその時がくるってことか?そりゃまたどういった時だ」
「よいのだノカ」
王に言われてしまうと何も言えないノカは大人しく口を噤む。
「思惑があるということなのだな」
「はい、恐らくは」
「わかった。では改めて」
国王はその場で跪いた。
驚きやめさせようとするノカを手で制し、アデルのペンダントに目線を合わせる。
「深淵の魔女よ、此度は我がスノー王国の国民を守っていただき感謝する。貴殿の物語は国中に伝わり、今も英雄として語り継がれ愛されている。500年前、我が祖先を、この国を救ってくださり深く御礼申し上げる。いつでも参られよ、我々は貴殿を歓迎する」
いつの間にかステイルもノカも王の後ろで膝を着き、そして一緒に首を垂れる。
アデルは胸が熱くなった。
彼女が石を通して見極めると言っていた。その見極めが何なのかはわからない。だが、少しでも人々が彼女を今も愛していることが伝わっていればいいと思う。
非公式の謁見も終わり、ステイルに連れられ守備隊宿舎の世話になった翌日。
訓練生の寄宿舎と同じ木組みの木工建築だったが、違いは窓が取付けられていることだった。
朝日が差し込む客室は明るく、久しくこのような清々しい気持ちを寝起きで味わうことのなかったアデルは、少しだけ日の出を堪能させてもらう。
身支度を整えた頃再び呼び出され、昨日訪れた近衛隊隊長の私室を訪れる。
扉は開いており、ノカ、ハガネド、ステイルが室内で何事かを話していたが、アデルの存在に気付くとステイルに軽く会釈をして2人は部屋を後にする。
去り際、「よく頑張ったな」とハガネドに声を掛けられ、誇らしさで頭を下げる勢いが増す。
風の精霊は2人が通り過ぎた時の風圧でひらりと宙を舞ったが、クラゲのように空気の中を泳ぎアデルの首回りをスカーフのように包んで擬態し始めた。もしかしたら魔女の代わりに守ろうとしてくれているのかもしれない。
出立準備の知らせが来るまで待機ということだったが、2人の隊長が出て行ってすぐノック音が鳴り響く。
「早いな」
もう準備が出来たのかと腰を上げたステイルが扉に向かう。
しかし、続いて聞こえてきたのは予想とはまったく違う人物のものだった。
「僕です、シフです!ステイル団長がここに居るとお聞きしまして!」
「シフ殿?」
扉を開ける。
そこにはくたびれた姿の青年が立っていた。
ぼさぼさの黒髪と大きな眼鏡、煤けた長いコートを羽織り、指先は油の黒い汚れが染みついている。肌はくすみ、頬はこけ、目の下には大きな隈が出来ていた。
アデルは稀代の天才魔道具師シフの姿に衝撃を受ける。
「あの、アドネル騎士団領が魔族に襲撃されたと耳にしたのですが本当ですか!?」
どこから聞いたのか挨拶もそぞろに話し始めたシフは、アドネルの皆のことを心配してくれているのだと思った。
アデルが返答しようと口を開くも、ステイルに手で制される。
「シフ殿、その話は一体どなたからお聞きになったのですか?」
「え?!いやあの、騎士達が話しているのを偶然耳にしまして……魔道具のひらめきを与えてくれた場所でもありますし、何より皆さんとてもよくしてくださったから、どうしても気になってしまって」
情報統制をしているのだろうか?アドネル騎士団領が魔族に襲撃されたと言う話をあまり口外させたくないような物言いだ。
だがシフも口にする言葉に嘘や偽りは見えない。本当に心配してくれているのだろうことが伺える。
交差する視線が妙な緊張感を生み、アデルはただ沈黙することしかできない。
「アドネルは無事ですよ」
「え?」
「詳細な被害状況は戻らないと分からないのでなんともですが、ご心配には及びません」
暫くシフの様子を伺っていたが、にっこり、と分かりやすく作った笑みで釘を刺す。
これ以上ふれ回らないように、という無言の圧に、やせ細った青年は震える手で眼鏡を押し上げた。
「そ、そう……なんですね、よか、よかった……です」
「シフ殿?」
「すみません、軽率でした……今後気を付けます」
分かりやすく動揺する姿は一見して騎士団長の圧に怯えているようにも見えたが、違和感を覚える。
確かに冷ややかで恐ろしく、怒らせてはいけない人だということは理解できるが、これほどまでに、まして手が震える程恐ろしい存在でもないはずだ。
一般人だから騎士の圧に慣れていないだけでは?という考えも、以前アドネルにやってきてあの立派な大浴場を作った男が今更騎士に対して震えあがる程怯えるものだろうかと否定する。一瞬見えた安堵の表情、しかし続く不安と恐怖で震えだす姿に、何が彼をそうさせるのか、アデルには理解できなかった。
「団長、出立準備が完了しました」
甲冑を着こんだ騎士が顔を出すも、入り口付近での異様な空気に目を瞬かせている。
「行くぞアデル」
「はい!」
「シフ殿、我々はこれで」
まるで何事もなかったかのように振り返らずまっすぐ進む団長は、シフの横を通り部屋を出て行った。
ステイルに続き部屋を出ようとしていたアデルは、伸ばしかけたシフの手が空を切るのを目の前で見てしまい、ちらりと様子を伺い見る。
何事かを言いかけて開きかけた口を再び閉ざし、俯き、そして立ち去っていった。
少し歩いた頃に呼び出しに来た騎士がぽつりとつぶやく。
「以前うちに来た時はあんな姿じゃなかったと思うんですが」
「最近は魔道具作りに行き詰っておられるようだ、我々のような者には分からない、作り手ならではの悩みがあるのだろう」
「あれだけやつれる程の苦悩があるんですなぁ」
恐らく大浴場を作ってくれた頃のことを言っているのだろう。
確かに、いくらアイディアが湧いたとてあの規模の大改修をやってのけてしまうほどバイタリティのある男だ、本来はもっと思い切りのいい男なのではないか。
作り手の苦悩、という言葉の違和感は、アデルの小さな頭を悩ませるのだった。




