↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/49

戦いの後 6

 街道は町の近くだと石畳で出来ているが、少し外れていくと土の道に変わる。

 それでも荷馬車がスムーズに移動できるよう大きな石や障害物などは撤去され道もならされているためとても走りやすい。

 回復して初めての運動だったが、予想以上に快適だ。

 出立前に食べたキュアフィッシュの団子汁のおかげだろうか、それとも首に巻かれた黒糸の回復力がすさまじいのか、とにかく筋肉の疲労も回復し肉体は飛ぶように前へと進んでいく。

 石畳の道を終える頃、突然体が宙に浮いた。

 じたばたと暴れる。

 視界の端に映る黒糸が地面ではなく上へ繋がっていることに気付くと同時、声が降ってきた。


「お前は人の話を意図的に聞いてないな?」


 上空から魔女を乗せたソファがゆっくりと降りてくる。変わらず魔女を中心に薄い膜がはられていた。

 呆れた表情をする魔女の隣に体が沈み、同時に再び全身を黒糸が包み込む。

 みのむしのように蠢き口周りの糸だけどうにかどかすと、しおらしく頭を下げる。


「すまない、有事になってしまった。ペギュールに寄って王都ハレへ戻る。現状を報告し判断を仰がねば」

「人の脚では3日はかかる距離を?」

「おれなら走れば1日半」

「全快していないのにか?ふざけた奴」

「あの場には騎士が1人でも多く必要だ。それに魔物は貴女が掃討してくれたじゃないか」


 あまりにも無垢な顔をして言うので流石の魔女も不安になってきたようだ。

 確認するように伺い見る新しい彼女の表情に、不覚にもアデルの胸は鳴った。


「この大陸にいる魔物全てではないということを理解しているか?」

「もちろんだ。正気を保った魔物達が縄張りを広げられると気付く前に王都へ走ることが出来ると思ったから買って出た」

「……自信過剰なのか、野心に溢れているのか……単純に馬鹿なのか」

「貴女だって、1人でなんでもやろうとするじゃないか。おれに一言も言わず周囲を調べたり、周りを警戒したり」

「わたしにはそれが出来るのだから当たり前だろう」

「当たり前じゃない!新しい魔物の事も町のことも知らなかったのだろう?地形も500年前と変わっていたのでは?」


 思い当たることがあったらしい彼女は目を細める。

 臆する事もなく真正面から受け止めた。


「おれだって貴女の力になりたい」


 助けてもらった恩もある。自分の為にこんな所まで来てくれた。当然の思いだ。

 だがそれだけでは説明がつかない何かがアデルの中にはあった。

 魔女は何も言わない。ただ暫くして視線を反らす。

 居心地が悪いが、突き放す程でもない。どうしたらいいのか分からないと言った方がいいだろうか。そんな形容し難い表情が、何故だかとても彼女らしいと思う。

 魔女はソファを再び動かし始めた。

 北の方角に進むことだって、本来なら彼女は拒否することも出来るだろうに、自分がケガを治療中であることを鑑みて手助けしてくれている。人間嫌いと言いながら、こちらの願いを聞き入れてくれるやさしさがくすぐったい。


「どこいってたんだ?」

「周辺を確認していた」

「空から見た時は煙や炎は上がっていなかったが……どうだった?」

「一見して被害なく、魔物も暴走している様子はない。何か事件が起こっている様子もなく平穏だった」

「ということはやはり、一直線に来たんだな。始まりはブルーリッチというのは確定か……だが問題はブルーリッチより前だ」


 アデルはソファに深く身を沈め、先程聞いた内容を精査する。


「ブルーリッチの町の中心で突然魔物が湧いて出たらしい。空に赤薔薇姫がいたという報告も無く、ゴブリンが主だったため町はあっという間に餌食となってしまったようだ。恐らく王都を襲ったゴブリンの王の仕業だろうが、知らせの鈴も魔物が出現するまで鳴らず、どうやってそこまでたどり着いたのか分からない。……そんな事、ありえると思うか?」

「魔族は狡猾だ。もし、それが本当なら、既に魔族は知らせの鈴を欺く術を知っている、ということになる」

「なっ……!」


予想だにしなかった答えに息をのむ。


「魔族の狡猾さとはそういうものだ。我々では想像もつかない事をやってのける自力がある。なにより悪知恵が働くから、視点を変えてみるしかない」

「視点を……変える?」

「例えばだが、魔物が突然”湧いた”のではなく、最初からそこに魔族が”いた”と考えるとか」

「……人間になりすましている、ということか?」

「何故他の町を見に行ったのか分かるか?」

「魔族が逃げた先で暴れている事を案じて……?」

「わたしは確かに自分の魔法で奴らの体の一部を絡めとった感覚がある。そして吸い上げられたものも、霧散した魔素の量も推し量ることができる。体の一部であると断定したのは、魔族一体に対する魔素量と比べ少なかったからだ。それは告げたな?」

「ああ、聞いた」

「では手負いの者はどういう状態になっていると思う?」

「それはもちろん傷ついて……、あ!」


 落ちていた視線を上げて見ると、魔女は頷き返す。


「そうだ。痕跡が必ずどこかに残っているはずだ。手負いであるなら尚更魔族が流した血に含まれた魔素を感知できると考えた。だがブルーリッチまでの道のりで私の風の手は魔物達を絡めとったが、本体を絡めとることは出来なかった。ということは、逃げおおせている可能性が高い。どうやって逃げたかは分からないが、傷が治るまで近くの森や村に潜伏されると厄介だ、何より知らせの鈴を欺ける術を身に着けていると想定すると、人社会に馴染む術を知っているということにもなる」


 想像以上に恐ろしい事態となっていることに気付いたアデルは冷たい汗が背筋に流れ落ちていくのを感じていた。


「探しようがないじゃないか……」


 人間の暮らしの中に潜み、人が多く集まる場所をあえて狙い自分の眷属を突然生み出したのがブルーリッチでの出来事だったとしたら、恐らくまた同じことは繰り返されることだろう。


「いや、ある」


 ペギュールの町が見えてきたところで高度が徐々に落ちていく中、魔女がはっきりと断言したことで驚いた。


「どうやって?」

「魔族はプライドが高い。一般市民として潜伏するなど耐えられないだろう。故に、ある程度人間社会の中でも位の高い者に取り入るはずだ。そして、体の一部を失っている人間を探せばいい」

「肉体を蘇生することは?」

「特殊な個体……例えばスライム等でもないかぎり、人型で肉体の蘇生が出来るのは高位の魔族だけ、それこそ魔王から直に生まれた魔族でないかぎり自己蘇生は無理だろう。……ただ、西の大陸に一人、それを可能にする魔族を知っている。生きていたら、そいつを頼るはずだ」

「それって……」

「着いたぞ」


 気付けば再びペギュールの町に降り立っていた。

 小屋から顔を出したのはこの町を統治していた領主ギムのみで、傷ついていた騎士ジョブルや魔女の使い魔トリトンの姿は見えない。

 突然上空から姿を現した魔女とアデルの姿に驚きを隠せない様子だ。

 アデルはブルーリッチから持たされた食料をギムに手渡し、現在の状況を確認する。

 町の損壊具合や生き残った正確な人数、被害に合った者たちの名をリストアップ中であること、そして、トリトンは最初の宣言通り騎士の傷を癒すと再び不思議な魔法陣の中へ消えていったこと、全快したジョブルは市民たちと共に今夜を乗り切るための物資確保をしに行ってくれている事を教えられた。

 今から王都へ戻り報告することを伝えると、ギムは焼け落ちたペレニーム家の旗と自分の服を破り木炭でサインをする。

 深く頭を下げ「救援を頼む」とアデルと魔女に告げる。

 トリトンのおかげでケガも回復し移動できるが、流石に騎士一人で数人を守りながら他の村を目指すのは難しいと判断されたため、ここに留まることに決めたらしい。

 「なるべく急ぎますので!」と再び浮遊し、今度こそ王都へ戻ってきた。

 見下ろす景色は先ほどまでの激烈な光景は落ち着き、人々がぽつぽつと街を歩いているのが見えた。

 騎士達が空を仰ぎ魔女を見つけると大きく手を振る。

 そして城の真上までやってくると、魔女がアデルに向かって指を振った。

 小さな体をぐるぐる巻きにしていた黒糸が今度こそ全て解ける。

 首回りがすっきりし項に手を回してもさらりと肌の上を撫でるのみで、傷痕特有の膨らみや凹みは感じない。

 アデルは改めて魔女に礼を述べた。


「ありがとう深淵の魔女、あなたのおかげだ」

「かまわん。それよりこれを」


 魔女の胸にある美しい円形のペンダント、その中の石の一つを指で押し出し、アデルのペンダントにはめ込んだ。

 不思議と小さな丸い穴に魔女の紫色の石はぴたりとハマる。


「この石を通し、見て聞く」


 そんなことも魔女となれば出来るのかと驚きを隠せずしげしげとペンダントを見つめた。

 2つの石はコントラストが合い、まるで元からそこにあったかのように美しくきらめいている。


「見て聞いて、どうするんだ?」

「見極めさせてもらう」

「何を?」

「……お前に言う必要はない」


 突然突き放されて面食らうが、それもそうだと妙に納得してしまった。

 魔女はこの石を通し、今の騎士団や王族の様子を見ておきたい、ということなのだろうか。魔女にしか分からない思惑があり、その手助けが出来ると言うのなら別段追及する必要もないような気がしたアデルは素直にうなずいた。

 魔女がソファを2度軽く叩くと、ふさがふるふる震えだす。中から小さな半透明のハンカチのような小さな布が現れた。

 それは中心部分で上へ跳ねるように持ち上がり、まるでくらげのように宙を漂っている。


「この子は風の精霊。お前を目的の場所まで運んでくれる」


 可視化することのできる精霊を初めて目にしたアデルは驚愕した。

 精霊は普通の人間の目には映ることのない、選ばれた者の前にしか姿を現さないと伝えられている。

 この世界の自然を司る重要な存在であるため文献にしか存在は残っていない、未知の存在である。そんなものがソファに擬態した箒から飛び出してくるなど夢にも思わなかった。

 驚くアデルをよそに、その半透明のくらげのような布はゆっくりと大きく広がっていきアデルを包み込む。

 体が浮くと同時に、疑問を口にした。


「なあ、この石について何か知っているか?」


 ペンダントを掲げ魔女に見せる。

 ピンク色の石を暫し見つめた後魔女はどこか寂しいような、懐かしむような顔をして言った。


「ただの魔石だよ」


 風の精霊がゆっくりとアデルを包んだまま城のテラスへと降りていく。

 包まれている中は無風だというのに、まるで背中から風が吹き抜けていくような強い衝撃がアデルの心を揺さぶった。

 本当は聞きたかった。

 何故西の国の魔族の話をした時に、敵対心が感じられなかったのか。まるでかつての友人を思うような口ぶりが、自分の口を閉ざしたのだと理解していた。

 騎士にあるまじき行為だと思う。それでも、聞いてはいけないような気がして追及することが出来なかった自分を悔やむほかない。


(あなたを知りたい)


 離れていく薄い膜に覆われたソファは空に溶けて消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。