戦いの後 5
「深淵の魔女って、絵本の中では人間嫌いなはずだろう?本当に助けてくれたのか?」
「あの魔物の量をどうやって?」
「今いないのは何故だ?」
カホールタハシュの騎士に問われるも、首を横に振ることしかできない。
「分かりません。ただ、言い伝えのように彼女は人間嫌いではありますが、非常に心優しい魔女でもありました。おれ自身もそうですが、ペギュールで1人最後まで守り抜いた騎士ジョブルの傷を癒してくれているだけでなく、今も尚彼女の使い魔が守ってくれています。王都からの道中も彼女は人々のことを案じてくれていました。本拠点を襲撃した赤薔薇姫という魔族も、王都で暴れていたゴブリンの魔族も彼女の魔法を見て逃げるましたが手負いにさせています。彼女がたどった道を今行くのなら、安全だと思います」
「いや、そうとは言い切れない」
「本当なんです!魔女はいい人で—―」
「そういうことではないんだアデル」
遮るマゴリ―に他の騎士達も表情が晴れない。
魔女の存在ではなく自分の言葉を信じられないということなのだろうかと戸惑うアデルに、マゴリ―はゆっくりと息を吐きだした。
「今回の襲撃がそうだったんだ。突然魔物が町の中心で湧いて出てきた。知らせの鈴を携帯していたにも関わらず、目の前に現れるまで鈴はならなかった。話を聞く限り、この町が一番最初に襲われている。ということは、魔族が突然現れたのか?騎士の警戒網を潜り町の中心地へ移動した?そんなこと可能なのか?町全体に鈴を持つ騎士が警備に当たっていたと言うのに?」
畳みかけるマゴリ―は冷静だ。だからこそ、必死で理由を探している。
「俺達の常識の範疇を超えている事が起こった。故に、既に魔物が去ったこの場であっても安全であると言う保障はないと考えて動いた方がいい」
「マゴリ―隊長、実は魔族についてですが……」
アデルは魔女との会話の中から得た魔族に対する知識を共有した。
皆静かにアデルの話を聞き入ってはいたが、マゴリ―が再び表情を曇らせていく。
「だとするなら、尚更警戒を解くわけにはいかない。赤薔薇姫が空を飛んできたという仮説もあるが、お前の言う服装の女が空に居たら嫌でも目立つだろう?だが、そんな報告は上がっていない。それに魔物は空から生まれてきたのではなく地上で発見された報告が多数あり、ゴブリンが主だった。どうやって魔族がこの町に降り立ったか分からない以上、同じことがまたおこると想定したほうがいい、たとえ魔族が手負いであってもだ。皆もそのつもりで頼む」
「はっ!」
「魔女殿が掃討してくれたというのなら、魔物の心配はないだろうがここの騎士は皆手負いだ。動けるうちに燃料や食料を確保しておく必要がある」
「資材や食料などの調達、遺体の身元確認、周囲の見張り……夜に明かりも必要になります」
「王都への報告と救援物資をお願いする人員も必要だろう、身動きが取れない負傷者が多いこともお伝えしなければ」
「マゴリ―隊長」
「代理だ、どうしたアデル」
「おれが報告と救援物資要請をしに行きます」
この地の状況はまだ逼迫している。
騎士は一人でも多く必要だと考えアデルは名乗り出た。
驚いたマゴリ―と騎士達へ、元々王都へは戻る予定だったこと、ペギュールの町のことも報告しなければならないことを説明すると、一部の者は納得した様子だった。
だがそうではない騎士達は不満を露にする。
「そのような重要な任務を訓練生が全うできるとは思えません、ご再考を」
「この訓練生が任務に失敗した場合、俺達は来ない救援物資を永遠に待ち続けることになるんですよ?失敗したかどうかも知る術はないこの状況で、それは自殺行為では?」
「騎士にも満たない小童に俺達は自分の命もこの地で身動きの取れない市民の命も賭けられません」
「彼1人にこの任は重すぎます、せめてあと2人はつけた方がよろしいのでは?」
騎士になったばかりの青年や壮年の者等、皆思い思いの言葉を口にする。
マゴリ―は肩を落としこめかみを指で揉みほぐしながら溜息を吐いた。
「アデルはアドネルの鍵を所持している。お前たちはまだ知らないだろうが、この鍵を託されたと言うことは団長、もしくは副団長から実力を認められたということだ。つまり」
瞼を開き不満顔の彼らへ視線を投げかける。
「お前たちは団長ないし副団長を信じられないと言っていることになるが、相違はないか?」
動揺した彼らは「いえ……」「そのような事は断じて」としどろもどろで返答しているが、恐らく本心では納得していないのだろう。
マゴリ―がどうしたものか考えている間に、アデルは一歩前に進んだ。彼らの傍にやってきて深く頭を下げる。
「おれは足の強さで副団長より命を受けました。氷の絶壁を生身で降りられるし、走るのも早かったから。皆さんの不安はごもっともだと思います。でも、集団だと速度が落ちますし、拠点へ向かう時に邪魔された魔物達も今はいません。2日…いや、1日半で王都まで必ず辿り着きます。知らせるための狼煙も上げます。どうかご辛抱ください」
誰も、何も言い返せなかった。
氷の絶壁と聞いて、かつての学び舎を思い出した者は多い。あのネズミ返しになっている氷の断崖絶壁を生身で降りただなんて荒唐無稽な話だと、普通なら一笑して終わりだろう。
それでも信じてしまったのは、言葉に嘘や虚栄心などが一切見えなかったからだ。事実のみをこの少年は口にしているのだと理解出来てしまったから。
ばつの悪そうな顔で視線を反らす彼らに変わり、マゴリ―が一つ咳ばらいをする。
「一応念のため書状を書くから待っていてくれ」
「ずっと走り続けるつもりか?」
真正面でアデルを見据える不満顔の騎士の問いに、アデルはにっかりと笑った。
「はい!」
あまりにも含みなく素直に返事をするので驚く騎士達だったが、戸惑いながらもその表情が晴れていく。
「だったら炊き出し食べていけ。話を聞く限り、お前さん朝も食ってないんだろう?」
「体力つけてけよ」
「ありがとうございます!」
他の騎士に連れられて再びアデルは地下へと降りて行った。
残ったカホールタハシュの騎士達がマゴリ―へ歩み寄る。
「マゴリ―隊長代理、俺達もそろそろカホールタハシュに出立する」
「なるべく打診してみるが、雪の時期は流氷砕きや海の魔物討伐に向かっている船が多いからすぐに船を寄こせるか……」
「分かっている、この時期でも西から客人を招くことが出来ているのはカホールタハシュのおかげだ。戦いでの助力も本当に感謝している。むしろ送り届けることが出来ずすまんな」
お互い頑張ろうと挨拶をかわし、マゴリ―はカホールタハシュへの書状と王都ハレに居るハガネドへ向けた書状をしたため終わるころ、アデルの支度も完了したようだった。
持たされたのであろう簡易食料の包みを背負い、短剣を譲り受け腰にかける。
「アデル、行けるか?」
「はい!」
「無理をさせてすまないが、任せたぞ」
書状を渡すとそれを懐にしまい、アデルは深く頭を下げて駆け出した。
崩れた防壁より見送るマゴリ―と騎士たちは少しの間見送り、そして瓦礫の撤去作業を開始する。
先程不満を漏らしていた騎士がマゴリ―の傍に寄ってきた。
「本当に行かせてよかったんですか?」
「なにが」
「あいつでしょ?ブルーノ森林地区で見つかった迷子の子ども。足が強いとかなんとかで今回の任務を任されたみたいですけど、魔女と出会えたのも運ですし魔物を掃討出来たのも魔女のおかげじゃないですか。身元も分からない得体の知れないガキ、やっぱり俺は信用できません」
「信用できないか」
マゴリ―は笑う。
「確かにあいつ自身の功績で今回の任務を任せたわけじゃない」
「だったら何で」
「アデルは運がいい」
「……はぁ?」
思い切り顔を歪める騎士に、どこか楽しそうなマゴリ―は作業する手を止めずに続ける。
「普通に考えてみろ。複数の魔物に追われ命の危機に瀕していたのに生きている。ケガを負ったと言っていたが、動き回れるほどに回復出来ている。それに、500年だぞ?500年、どこに居るのか、生きているのかすら分からなかった魔女を見つけて連れてきただけでなく、魔物まで全て掃討してくれたって言うじゃないか。常人ではこんなこと、起こるはずがないんだ」
「いやでも、不確定要素が多すぎるのに運がいいってだけで採用されるのは……」
「こういうイレギュラーな事が起こってる時は、運のいい奴が生き残るもんだ。……隊長も良く言ってたし」
隊長、と言われ騎士もとうとう折れたようだ。
ブルーリッチの守備隊長は騎士達からの人望が厚く、最後まで守り抜いてくれた彼のことを思うと反対意見を出すことも憚られてしまう。
大きく長いため息をついて、その騎士は作業へと戻っていった。
「……そんじゃ、3日分の資材確保頑張んねーと」
「頼むわ、耐えるぞお前等!」
力強い返事がブルーリッチ港に小さな活気をもたらした。




