戦いの後 4
石造りの通路を進んだ先は大きく開けており思いのほか広々としていた。壁はブロック状の石で補強されており、簡素な作りだが頑丈そうだ。上の保管倉庫同様雪で室内の温度を下げてはいるが、置かれているのは奥の貯蔵部だけで凍えるような寒さではない。
フロアの中心部に人が集まっている。漁港に住む者や卸業者、行商人、旅行者、騎士。彼らの中心には、横たわる人々が今も尚治療を受けていた。
すこし離れた場所で、黒い神官服に身を包んだ若い男が祈りの言葉を口にする。周囲に寝かされていた怪我人の体に光が宿り、少しずつ傷が塞がっていく奇跡の力を目の当たりにし、アデルは感嘆した。
魔女がぽつりと呟く。
「あれがイブリス教神官……」
「ああ。500年前にはなかったのか?この星を創り出した女神イブリスを信仰している教団で、女神の祝福を与えられた神官は治癒の祈りを捧げ傷や病気を癒す奇跡を起こすんだそうだ。おれも生で初めて見た。本当に傷口が塞がっていくんだな」
「……」
「この国では信奉者は少ないが、西の国には沢山いると聞いたことがある。もしかしたら、そっちから来た方なのかもしれないな」
再び黙り込んだ魔女にどうしたのかと問おうとしたが、騎士に急かされたためアデルは足早に中央へと向かう。
背中に布を当てられた漁師の男からハケと液体を器に移し手渡される。薄く青味がかり、だが光加減によっては虹色にも見えるとろみを帯びたそれは独特な匂いで、若干魚臭さはあるものの薬草や生薬の匂いに似ているなと感じた。
隣では布のようなもので湯がいた白く輝く魚を包み屈強な男たちが力いっぱい絞っている。器の中に魚から出た水が溜まっていき、徐々に水と分離し浮いてきた油を掬って、それを万能薬と言っているようだ。布の中で崩れた魚の身を集め粉と共にすり潰して団子にし、炊き出し用の材料として積み上げられていく。
先ほど騎士達に一括を入れたドワーフが物珍しそうに見るアデルに近づいてきた。
「キュアフィッシュと言う。この漁港でとれる魚で、傷や打撲、骨折にもよく効く。この前骨折したじい様もこの魚の油を塗ったおかげで治っただけでなく前よりも頑丈な骨になったと自慢してきてな。効果はお墨付きだ」
「すごい油なんですね」
「ああそうとも。だから一滴たりとも無駄にするなよ、傷口を覆うように、まんべんなく塗ってくれ。少しはみ出る位がいい。傷が深い所は少し厚めにして、この布を当ててくれ」
自由に動ける人の数が少なく、かつ怪我人が非常に多い。恐らく魔物が地上に居た時はまともに治療すら出来なかったのだろう、息をひそめて痛みをこらえていた彼らは疲れ果てていた。横たわる数が多いのも、物音ひとつたてられないような状況だったため、長く緊張状態が続いたせいもあるのだろう。
逆に言えば、ケガを負っていると言うのにこの避難所まで生きて辿り着けているだけでも奇跡に近い。ペギュールの町よりも断然多い生存者の数に、改めてブルーリッチ守備隊隊長だった男の手腕の凄さを理解する。
「私にも是非、手当の仕方を教えてください」
突然声を掛けられ驚くアデルが見た先には、先程まで祈りの言葉を捧げていた神官が座っていた。
見た目が若い。フレデリック達と同じ位の年頃だろうか、優しそうな瞳が印象的な幸薄そうな青年がアデルに微笑みかけている。
「神官様が?」
「重傷者の治癒は終えました。ここの方々はあまりイブリス教の治癒の力をお求めでないようですから、この地のやり方で皆様の傷を癒したいのです。あなたは、安全だと知らせてくれた方ですよね?」
「はい、アドネル騎士団訓練生のアデルです。掃討したのは私ではないのですが……と、手当の仕方でしたね」
「お願いします」
イブリス教の神官はアデルの教えにも素直に従い怪我人の治療にあたった。
物腰も柔らかく、所作もそつない。怪我人への気遣いや優しい声がけなど、非常に献身的だ。
「申し遅れました、私はヘゼトと申します。イブリス教布教のため、新しく王都ハレに派遣されてきました神官です」
「お若いですよね」
「そうですね、まだまだ新米なんです。ただ神官となった以上、神にお仕えする身として年齢は関係ありません。この身に出来ることがあれば、神の思し召しとして誠心誠意出来ることを全うする心づもりではあります」
「だから手当の手伝いを?」
「祈りを届けるためにはどうやら魔素を使うようなのです。もしも私の魔素が尽きた時、傷を癒す手立てがないようでは救えるものも救えないじゃないですか。こういった土地の知恵はとても貴重ですし、是非知っておきたいのです。スノー王国のイブリス教神官として」
はい、できましたよ。とふくよかな夫人の脚に布を当てたヘゼトが柔らかく微笑む。
馴染みのない神官という立場の相手に対し最初は戸惑っていた人々も、その優しく労わるような触れ方から徐々に心を開いていった。特に今手当されたばかりの夫人は仲の良い者達できゃあきゃあと騒いでいる。元気が戻ってきているようだった。
自分にはなじみのない風習に、こうして寄り添ってくれる人物が悪い奴のわけがない。
アデルは人として、ヘゼトの優しさや大らかな人柄を好ましく思う。
すべての怪我人に手当を終え、キュアフィッシュの団子が入った炊き出しに人々が集まり始める頃、騎士達が外へ移動していくのに気づく。
その集団からマゴリ―が近づいてきた。
「アデル、これから状況報告を聞く。お前も来てくれ」
「よろしいのですか?」
「来てもらわなきゃ困る。そういうわけで神官殿、失礼する」
「はい。アデルさん、ありがとうございました。女神のご加護がありますように」
「ありがとうございます。ヘゼトさんもお話ありがとうございました、失礼します」
深く頭を下げるアデルとは対照的に、マゴリ―は目礼をするのみ。
それに気分を害された様子も無く、ヘゼトは穏やかに2人を見送った。
アデルは礼節を重んじる騎士のそのような行動に疑問を覚えるが、余計な口出しをすることは不和を生むことを重々承知していた。視線を一度送ったものの、口を閉ざし後に続く。
梯子を上ると、先程まで散乱していた巨大な保冷倉庫内は粗方片付いており、遺体は消えていた。どうやら少し離れた場所に移動させたようで、丁寧に寝かされている。
簡易的な野営を作り、焼け残った布や木材を掻き集め、そして集まったカホールタハシュとアドネルの騎士達が状況整理を始めた。
マゴリ―が代理隊長として皆の報告を簡潔にまとめる。
「魔族による襲撃で建物や船は全て破壊され、食料も心もとない。燃料は避難所に備蓄されていたものが全てで、数日もつかどうか。王都と繋がってる子石も、保管されていた建物ごと破壊されて見つからず、と」
「一番最初に破壊されたのが守備隊駐屯地だったため王都に連絡も入れること敵わず」
「こっちはカホールタハシュに繋がる子石を積んでたが、船ごと沈められちまった」
重苦しい沈黙が皆の表情を曇らせる。
「とにかく、石が無くなった以上は人力作戦だ。王都と連絡を取らなければ。安全ならばこの場に留まり補給物資を要請するが、そうでないなら生き残った全員を王都か他の村や町に避難させるしかない」
「俺達もカホールタハシュの本拠点に移動する。魔物が掃討されたと言っていたが、どこまで掃討されてるのか分かるか?えーと……」
「訓練生のアデルです。深淵の魔女が掃討したのは街道周辺……距離的にはアニ村とジュセ村の手前まで位です。魔女の魔法は魔物を探知する能力があり、その範囲内に居た魔物は残らず魔法の風の中で粉砕されました」
魔女、という言葉に騎士達が顔を見合わせた。




