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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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戦いの後 3

「魔物は掃討した!安全だ!生き残っている者はいないか!?アドネル騎士団訓練生アデルだ!騎士はいないか!?」


 非常に穏やかな波の音。耳を澄ませてみても、人の声は聞こえてこない。

 アーチを抜けてすぐは旅客と交易の貨客船を停める区域だったようだ。

 散乱した荷物と燃え尽きた何かの灰、くすんだ宝石の欠片等、元は積み上げられていた貨物たちは原型をとどめておらず、燻る炎が残り少ない木材を黒く染めていく。

 相変わらず血痕などはほとんど見えないが、途方もない数の散乱した衣服や覗く破れた皮が何があったかを伝えてくれていた。

 じっと佇むアデルの後ろを、魔女はただ静かに見守っている。


「本来は、もっと沢山船がある場所なんだろうな」


 漁船や貨客船、造船中のものまでも、海の藻屑となっている。

 木片や折れた帆の数から、元は立派な船だったのだろうことが伺えた。


「港から、ゆっくり町中を一周する。それでも人の声がなければ、一度王都へ戻りたい。ペギュールの町の人々は大丈夫だろうか?」

「私のトリトンが守るのは傷が癒えるまでだ」

「それなら、この町の確認を終えたらペギュールの町に降ろしてほしい。ジョブルさん達に詳しく話を聞いてから現状報告をしに王都へ戻る。それまで、手を貸してもらえるだろうか?」

「……王とは会わないぞ」

「わかっている。無理に会わせたりはしないよ」


 それならいい。と小さく呟き魔女は再びソファに寝そべった。

 アデルは、改めて「誰かいないか!」と声をかけ続け漁港方面へと歩き出した。

 このブルーリッチは漁業も盛んな港だ。特産のブルーフィッシュという青魚は旬の時期によく出回り、今年の王都ではブルーフィッシュサンドも流行していた。時々ファビリオの作る食事にもふっくらと蒸された白身が出されるが、非常に淡白で味わい深く様々な料理に使われている。この港からアドネル騎士団領まで魚が届けられるのも、整備された街道とこの港にある貯蔵庫が非常に優秀であるからだ。

 見えてきた巨大な倉庫は石造りで、アドネル騎士団領にある雪室と似ていた。扉は破壊され中の雪は溶け出し、沢山の魚が散乱しているせいで悪臭が立ち込めている。魚の血合いが所々石造りの床を染めていた。

 本来ならば下処理を済ませた取れたての魚をこの保冷の為の雪と共に保管し氷漬けにして、出荷時の長い移動距離でも鮮度を保てるようにするのだが、魔物の襲撃で全てダメになってしまったようだ。

 ひんやりとした室内を見渡しても、雪が溶け水びだしになった床と、腐りかけている魚、所々焦げている壁、破壊された漁業用の道具などがあるばかりで、生きた人の気配はまったくない。


「アドネル騎士団訓練生アデルだ!魔物は掃討された!誰かいないか!?」


 密閉された空間として作られた室内では音がやたら大きく反響し、アデルの声が四方の壁にぶち当たって外へと逃げて行った。

 暫しその場で立ち止まり音を探っていたが、変化はない。

 建物一つ一つ回るのは非常に大変だが、先程のペギュールの件もある。もしかしたら、避難所として使われていた場所に生きた人間がいるのではないかと言う希望を捨てきれなかった。

 ここがダメなら次へ向かえばいい。1人でも生存者がいてくれたらそれでいい。

 再び外へと歩き始めようと踵を返した途端、背後で物音が聞こえた。


「……?今のは貴女か?」

「わたしではない」


 魔女にも聞こえたようだ。

 奥の暗がりから金属が擦れるようなガタガタとした音がする。

 波の音に混じり人の声を聴いた気がして、もしやと奥へ駆け出した。

 崩れたぐずぐずの雪を掻き分け解凍された魚の山をどかす。凄まじい匂いが鼻をつくが、そんなことを気にしている場合じゃないとアデルは必死に音の鳴るほうへ道を作り始めた。

 知らせの鈴と、それを身に着けたまま骨と皮だけになってしまった惨たらしい遺体が奥に行けば行くほど多くなっていく。見慣れた甲冑のものもあれば、青を基調とした鎧を身に着けた者、漁師や婦人服等、多種多様の衣服がそこにはあった。

 ひと際大きな木箱と樽の前に鎮座するアドネル騎士の鎧に身を包んだドワーフの遺体が揺れていた。

 文字通り胡坐をかいて座り、見るからにドワーフ特有のものではない膨らみかけた腹を、自らの手で切り捌いている。腹に突き立てた短剣を握ったまま、やせ細ることなく原形をとどめたまま絶命していた。壮絶な最期を迎えたのであろう彼の体が、先程からひとりでに揺れて音を立てているようだった。

 いや、そもそも木箱自体が揺れている。


「ここだー!おーい!!いるかー!?」


 明確に聞こえた人の声に、アデルは急いで身をかがめた。

 樽と木箱の影に隠れて床が動いている。

 ガタガタと音を立てていたのは、地下に続く床扉だったようだ。

 妨げていた物をどかし戸を開けると、隠れていた人々が顔をのぞかせる。


「アンタ、人間か!?人間だよな!?」

「おれはアドネル騎士団訓練生のアデルです!魔物は掃討しました、地上は安全です!」

「おい聞いたかよ!」

「鈴は!?」

「鳴ってない!」

「外の奴らはどうなってる!?」


 一気に人が溢れ出てくるのをアデルは後ずさり道を開けながら見守った。

 皆一様にケガを負ってはいるようだが、動きに問題はなさそうだ。

 アドネル騎士を筆頭に、青を基調とした海の騎士カホールタハシュの姿も続き、周囲を確認している。

 アドネル騎士の鎧に身を包んだ垂れた目じりの男が一人アデルの前へやってきた。


「状況説明!」


 掛け声に条件反射で姿勢を正す。

 そして懐にしまっていた秘密の抜け道への鍵を取り出し男に見せながら報告を始めた。


「アドネル騎士団領が魔族による襲撃を受け、ゴルド副団長の命により第3拠点へ応援を呼びに向かいました!その道中深淵の魔女と出会い、アドネル騎士団領、王都ハレ、ペギュールの町を経由し、ここブルーリッチ港まで魔女の魔法が魔物を掃討してくれました!現在ここブルーリッチ港に魔物はおりません!」

「深淵の魔女?」


 男は鍵を確認した後、訝しむように魔女を見る。

 魔女は居直すことなくソファの上から男たちを見下ろしていた。

 浮いたソファに寝そべる女の姿に動揺する騎士達だったが、「おい!」と床下から声を荒げる脂ののったドワーフ男が勢いよく顔を出す。


「負傷者がたくさんいるんだ!!急にいなくなられちゃ困るんだよ!!」

「イブリス教の神官がいる、彼に任せれば……」

「あんな祈ってすぐ傷が癒えるなんてインチキみてーなもんじゃなくて、この万能薬塗るの手伝ってくれ!こっちの方が昔から使ってるから安心する!」

「わかった。アデルよ、手伝ってくれるか」

「もちろんです!貴方様は?」

「俺はブルーリッチ港守備隊代理隊長のマゴリ―、現在隊長不在の為副隊長の俺が務めている」

「代理、ですか」

「……守ってくださった」


 物言わぬ、扉の近くに座っていた遺体をマゴリ―は見つめている。

 想像する事しかできない。それでもマゴリ―等が無事だったのはきっと彼が木箱や樽で扉を隠し、魚を解凍させて人の匂いを消したからだ。自ら切腹し植え付けられたゴブリンもろとも命を絶つという覚悟に、アデルはぐっと唇を引き結ぶ。最大の敬意を持って目に焼き付けた。

 地下に続く梯子は思いのほか簡易なものだったが、岩を直接削っているため非常に頑丈で音も出ない。深めの足掛け部分も上り下りがしやすいように工夫されており、緊急避難用に造られたもののようだ。

 滑るように降りていくアデル。魔女もゆっくりとだか後へ続く。梯子に触れず落ちていく魔女の体の横を箒が先回りし、床に着くころには再び姿を変えて柔らかなソファとして受け止め、再びくつろぎはじめる彼女の姿に騎士達はたじろいだ。



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