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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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戦いの後 2

 突如現れた正体不明の者に対し、緊張感が高まっていく。

 なにせ人間の子どものような姿をしているが、今まさにそうではない無の空間から突然現れたのだ。これが普通の人間であるはずがないと、ここに居る全員が理解していた。


「うむ。怪我人の蘇生と、この地の守りを頼む」

「えー!ぼく、ぼく、でもね、アドナと一緒にいたいよ」


 大きな黒目が潤み少年がその場で跳ねる。

 アデルは突然現れた少年の得体よりも、彼が先ほどから呼んでいるアドナという言葉に興味を引かれていた。


「アドナって、それがあなたの名前なのか?」

「まさか。あれは、この世界でいう所の”主”という意味だ、わたしの名ではない」

「そう、なのか……」


 喜びから一転どこか落胆した様子のアデル、それをさして気にも留めない魔女。

 きょとん、と2人のやりとりに首をかしげる使い魔に対し、魔女は小さく微笑んだ。

 つぶらな瞳の少年の頬がぽっと赤くなる。


「トリトン」

「はいっ!」

「頼んだぞ」

「……はぁい、わかった」


 踵を返し傷だらけのジョブルの前に両ひざをつく。

 ふくふくの頬っぺたが本当に人の子のように見えるが、今あの魔法陣から出てきたばかりの得体の知れない者の接近を許すわけにはいかない。

 再び剣を構えようとしたジョブルの頭にトリトンは両手を翳す。


「うごかないでね、痛くて熱いのは治ってる証拠だから暴れないで」


 不穏な言葉にジョブルよりもまわりの民が身構えてしまう。

 トリトンのてのひらから滑った液体が溢れ出てきた。

 重たい水音を滴らせ、傷だらけの騎士の頭に落ちていく。

 ひんやりとした緑色のぷるぷるをトリトンは両手で傷口の上に伸ばしていった。頭だけではなく腹や脚等、傷を負った部分に厚みを残し塗りたくられる。

 抵抗する力が出ない。それよりも傷口が熱い。

 突然苦しみ始めた騎士を心配し介抱する民たちは、陥没していた頭蓋骨が緑色のぷるぷるの中で再生してく様を目撃する。

 恐らくこれが全身で起こっているのだろう、暴れるなと言う先ほどの言葉は脅しではないのだと理解し、助けられた町の住人たちは傷口がこれ以上広がらないよう、そして暴れて新たな傷が増えないように全員がかりで抑え込み始めた。

 大きな口の端から細い舌が垣間見え、改めて人間ではないのだと理解する。


「治療を終えるまで、何かあればトリトンがそなたたちを守ろう」

「あなたさまは?」

「ではな」


 領主の言葉に返答もせず再び動き出した姿を見てアデルは慌てて声を張り上げた。


「魔女です!彼女は深淵の魔女!」

「君は誰だ?!」

「アドネル騎士団所属訓練生アデルです!!」

「何故一緒に居るんだー!?」

「おれも治療中なのです!!」


 最後の声は届いていたか定かではない。

 嵐の球体が纏っていた雲が分裂し火災の真上へ停止すると雨を降らせ始めた。町の火災が雨粒にうたれ明確に勢いが失われていく。魔女が操っている様子も無いのに雲は勝手に移動し雨を降らせ続け、程なく鎮火し終えると自然にかえっていった。

 再び南下を始めた途端に細い竜巻の威力と本数が増えていく。

 吸い込まれていくのはゴブリンだけではなく、恐らく赤薔薇姫の魔素にあてられて暴走していたのだろう魔物達も際限なく雲の一部に変わっていった。地域の魔物は座学で見聞きしたものから、実際に遠征の際戦ったものまで多種多様で、その全てが本来の魔物の行動から逸脱し普段の姿からはかけ離れた凶暴な姿のまま風に飲まれて消えていった。

 街道沿いをまんべんなく探る風は、時折範囲を広げることはあっても大きくそれることも無く、とうとうブルーリッチ港が見える距離までルートが逸れることは無かった。


「これは……やつらはやはり海から来たのか?」


 魔法が移動する方向が大きく変わらず南であることと、港町のブルーリッチから黒煙が上がっている事から、明らかに厄災の始まりはブルーリッチ港からだと推察することができる。それを聞いた魔女は鼻で笑った。


「ゴブリンと吸血鬼が海を泳ぐか、滑稽な」

「では、一体どこから?」


 ソファに横たわる体制を変え、魔女は天を仰ぐ。

 薄い膜に覆われ風も何も感じない球体の中から見る空は、渦を巻いていた。

 落ちてくる空と雲という常軌を逸した光景は見る者を不安にさせるが、この魔女はそうではないらしい。


「魔族は魔物を引き寄せる。だが自分の眷属であるなら自分で生み出すことも可能だ」

「眷属?」

「魔族は種族の長たる存在、自らの魔素を使い眷属を生み出す。生み出された眷属は生物を糧とし増え続ける……魔王が作り出した魔族は、そうやって勢力を拡大していく」

「だから、人間の腹に……」

「もし、海を渡り港町からここへやってきたのなら、街の人間は恐らくもういないだろう」


 ぞっとするアデルをよそに、魔女は天を見上げたまま呟く。


「問題は、あの魔族達がどうやって海を渡ってきたか。そこに、今回の襲撃の答えがあるはずだ」


 この国の復興の為開港された歴史ある港の一つは、見るも無残な程に壊滅状態となっていた。

 港も商店街も人っ子一人いやしない。

 長く火の手が上がっていたのだろう街中の居住区はほとんどが灰に変わり、黒ずんだ岩や土台がむき出しになっている。木材は原型をとどめている物が無く、家があった場所は全て更地状態となっていた。

 波の音すら消えてしまったかのような静寂がこの地を包んでいる。

 町の中心までやってくると、先程まで魔物を吸い上げていた細い手が突然消えた。


「細い風が出てないぞ」

「魔物が居ない」

「消えたのか!?」

「というよりも、生死問わず全て取り込みつくしたと言った方がいいだろう」

「ならばもう、この地には魔物は居ない?」

「そういうことになる」


 アデルは暫し考え込むと、改めて魔女に願い出た。


「一度下ろしてはもらえないだろうか」

「なぜ」

「生き残った人がいるかもしれない、生存者を探したい」

「お前、理解していなかったのか?傷はまだ癒えていない」

「動けないほどか?」

「……」


 沈黙が物語っている。


「もし回復出来ているのなら、せめて生存者がいないか確認したい。おれも、ジョブルさんのように騎士として今出来ることをやりたいんだ」

「……」

「どうだろうか」

「……激しい動きはするな。多少血は作れたが傷口は治りかけだ。黒糸は解くな」

「わかった!いいんだな!?ありがとう!!」


 明るくなる声に魔女のため息が重なる。

 程なくして嵐の玉は勢いを失い最後には小さなつむじ風となって消えていった。

 纏っていた雲も風に乗り同じく霧散し空気に溶け込んで消えていく。

 膜がぱちんと小さな音を立て弾け、アデルは地上へと降ろされた。地に足を付けると、黒糸が彼女のドレスへ戻っていく。

 だが首にだけは黒糸は残り、糸の端は彼女のドレスではなく地面から繋がっている。

 引っ張られたり苦しい等の違和感はない。むしろ存在感すらないその黒糸は、ブルーノ森林地区で触れた黒糸そのものだった。目には見えるが触れた感触はない不可思議な存在へ戻っている。

 黒糸の束縛から解放された体はまだまだ疲労もあり多少ふらつきはするものの、声が出なくなるほどの貧血状態は回復しており身動きも比較的スムーズに出来る。この短時間で痛みも無くこれほどまで回復出来たのは彼女のおかげだ。なんとなく、そこにある魔女の優しさに触れた気がしてアデルは胸が熱くなる。しかし今は自分の感情に振り回されている場合ではない。

 改めて、辺りを見渡し「誰か!誰かいないか!」と声を上げた。

 降り立ったのは町の中心広場。歓迎と出立を祝う貝殻と巨大な魚の骨を模したアーチは、港と商店街を隔てる場所でもあったが、中途半端に残った骨組みと破壊された骨の欠片がそこかしこに散乱している。

 焦げ臭さや生臭い海の匂いが充満する中をアデルは港方面へ歩き出した。


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