戦いの後 1
魔族が人の姿となり難を逃れた頃。
上空では、魔女が吸い上げてきたゴブリンたちの残骸を見て違和感を感じていた。
一番長い竜巻の中で風の力に抵抗出来なかった体は既に原型をとどめておらず確認出来なかったが、嵐の球体の中に入り霧散すると同時魔女がふむ、と呟く。
「……妙な手ごたえ」
「倒したのか!?」
「どうかな。一部はここに吸い込まれたようだが」
「一部とは……?」
「本体に届いているのなら、魔族の膨大な魔素がここで霧散する。だが足りない。体の一部か魔素の一部を何かの媒体に宿して捨てたか……」
「そんなこと出来るのか?」
「魔族とは昔から狡猾なものだ。目的の為ならなんだってする」
冷めた目で魔族が逃げた方を睨みつける。
何事かを言おうとするアデルだったが、下から男たちの叫び声が聞こえてきたため意識を向けた。
守備隊隊長のハガネドが武器を手に叫んでいる。
「魔物を—―――が!貴――――者だ!?」
「――――りて!話を—―――!」
「――――魔道――――か!?あ――――師なのですか!?」
他の騎士も彼に倣い声を張り上げるが、風の音でかき消されてしまっている。魔女は聞こえているのかいないのか見向きもしていない。
もう一度聞き返そうと息を吸い込むが、突然移動がはじまった。
魔物の悲鳴が絶えず足元から聞こえてくる中で、アデルは魔女を見上げる。
「どこへ?」
「他の村や町の状況を知りたい。通ってきているはずだ。それに魔物の種類を確認しなければ。増えたのだろう?」
端的に話す魔女の視線はアデルに向けられることは無い。ただ一点のみをじっと見つめている。
いつのまにか箒の姿は先ほどのカウチソファに戻っており、椅子の端に黒糸が絡まりついていた。
「確かに、町や村は増えている。……全部見に行くつもりか?説明せずに行くのか?」
「王の拘束は長いものだ。留まり話をしている間に被害が広がるやもしれん」
驚いた。あれだけ人間嫌いだと言いながら、人間の心配をしてくれるのかと目を見張る。
そしてじわじわ広がる気持ちのまま、笑みがこぼれた。嬉しくなってしまったのだ。どこかで、やっぱり深淵の魔女はこういう人なのだと思っていたから。
「どうやら南から来たらしい」
上空高く、風がびゅうびゅう吹きすさぶ場所で見渡す景色は絶景だったが、膜の中は相変わらずの無風だ。風に目をやられる事もなく、魔女の言う南へ目を凝らす。
煙が上っているのはペギュールの町の方角だ。更にその向こうからも、アデルの視力が微かに見える黒煙を確認していた。
王都からペギュールの町を繋ぐのは一本の街道だ。王都、ペギュール、ブルーリッチと繋がっており、復興のため一番最初に整備された街道である。
他の魔物を巻き込み粉砕しながらゆっくりと南下していく薄い膜の中、見えてきたペギュールの惨状に息をのんだ。
街道沿いに面した建物は例外なく破壊されていた。
瓦礫の山では未だ炎が燻っており、燃え広がりつつ辺りを焦土に変えている。
中心部から外れた建物は無事なものもあったが、至る所に乱れた衣服と骨と皮が散乱していた。人の骨であることは分かるがミイラのような姿であるのに、腹の皮だけ弾けた様に広がっている。
「これは、一体なにが……?」
「あのゴブリンのほとんどが人の腹から生まれたものだろうな」
「人から?ということは、この骨や皮はすべて、……」
アドネルから王都へ辿り着いた時、既に北側のゴブリンは長い手ですくい上げた後だった。
それ故に、何が起こっていたのかを知らないアデルは言葉を失う。
骨と皮になるほど養分を吸い取られ、腹を破られるなんて恐ろしいことだ。しかしその骨周りにはあるはずの血痕がない。いや、あるにはあるが、破壊された壁や抉れた土の周りに付着している程度で、腹から生まれたと言うには圧倒的に量が少なかった。ここから推察し、アデルは小さく身震いする。ここにあるのは、男も老人も見境なく、文字通り人間の全てを食い物にしていった魔物の痕跡だった。
一見するとただの布切れが散乱しているだけの光景。ただひたすらに煙がくすぶるだけの街並みの静けさが、より一層惨劇を物語っている。
魔女が街の上をゆっくりと通り過ぎる際、一気に細い竜巻が増えたが、獲物を吸収し終えるとその本数は減っていった。建物の隙間を縫うように細い手が隠れていた魔物を全て見つけ出して吸い上げていく中で、どうやら生き残った人間がいることに気付く。
高台の上に置かれた簡素な岩小屋は、恐らく避難場所の1つだったのだろう。
見目のいい甲冑を身にまとった老齢の男が先頭に立ち、震える民を守るように槍を構えている。初めて見る魔女の魔法を前に固まっていた。
さらにその前へ、立ち上がることも出来ない深手の騎士が這いずるようにして出てくると剣を構えた。
頭部からの出血がひどい。恐らく長くはないだろう。騎士の気迫ははるか上空にいる魔女にも伝わったらしい。
「随分騎士が減ったろう」
「え?」
「今は一人でも失いたくはないな?」
「そ、そうだ、その通りだ!どうかあの騎士を助けてほしい!」
急な問いに訳が分からず聞き返してしまったが、すぐに理解したアデルは全力で頷き声を荒げた。
やれやれ、という体を見せながら魔女は降りていく。
彼らからも魔女の姿が視認出来る程近づくと、魔女はソファの真ん中に鎮座した。
細い竜巻は未だ数本動いているが、威力は弱まり探るように辺りを移動している。
突然現れた訳の分からぬものに対し動揺する者の多い中で、騎士だけは剣を構えたまま揺るがない。
「何者だ」
「ここら一体の魔物は掃討した。領主は誰だ」
「私です」
先頭に立っていた老齢の男がゆっくりと一歩前に出る。
騎士がぎょっとした顔で止めに入ろうとするが、傷と出血で体が上手く動かないようだった。立つこともままならない体はそのまま地面へ伏してしまう。
「ギム様!!危険です!!」
「お下がりください領主様!」
震える声で呼びかける領民を手で制し、背筋を伸ばして立つ男の姿は勇ましく、老いた顔の皺すら凛々しく見える程。
気遣うように彼の背を見守り、祈る民たちの姿から、ペギュールの町の領主ギムは民から非常に愛されているのだとわかる。
「ゴブリン達がここへ来たな?」
「はい」
「被害が出始めたのはどこからだ」
「南の街道沿いからです」
「生き残ったのはこれだけか?他に怪我人や生存者は?」
「おりません。街の避難所が破壊されここへ逃げる間に、民も守備隊騎士もゴブリンの餌食となってしまいました。ここへ避難した後は、彼が一人でゴブリンを相手取ってくれていたおかげで、誰もケガを負わずにすみました。彼のおかげです」
「ほう」
鋭い三白眼の瞳が、領主と民に向ける視線だけは暖かい。
この町の為に騎士になったのだと物語っていた。
「名は?」
「ジョブル」
「優秀な騎士ジョブルよ、お前はここで死ぬべき騎士ではない。務めを果たした褒美として、お前の体は私の使い魔が治す」
軽く唇に指を押し当て宙へ放る。いわゆる投げキッスというやつで、アデルはぎょっとした。
だが彼女の指が放たれた方角に、魔法陣が描かれる。空中に突然現れた妖しく光る不思議な模様から、ぎちぎちと聞きなれない音が聞こえてきた。
低い唸り声のような、かたい殻が転がるような地響きの音と共に滑った水が滴り落ちてくる。それと共にゆっくりと姿を現すのは丸い靴。白い靴下から傷一つない膝小僧、短パンときて、粘着質な音を立て水と共に一気に地へ落ちてきた。
大きな金色の瞳が開かれる。黒いサスペンダーと白いブラウスに身を包み、黒と赤が混じる毛を短く刈り込んだ少年がそこに立っていた。
上半身を傾け、魔女に首を垂れる。
「ぼくのアドナ、こんにちは!ご用件は?」




